あたしだけがいない街
-10211-
キャプテン就任初日から1週間が経った。
キャプテンの役目は連携プレイを教えられる度にプレッシャーがかかっていた。けれど、前キャプテンよりもあたしが頼りないことを感じてか、ソラやクミ達が積極的に手を差し伸べてくれた。前キャプテンは練習に顔を出していだけれど、あたしが助けを求めようとするとヤンキーみたいにあたしを睨んで自分で解決しろと言わんばかりに離れて行った。なぜか楽しそうだった。
“あたしはあたしらしく”とマコ先輩からもらった言葉を心の中で何度も唱えて、1人で部活を作るのではなくて、全員で部活を作っていくキャプテンでいようと決意していた。
後輩達は落ち着きのない子が多かったけど、根はいい子達が多くてあたしを信頼してくれていた。
中でもマイは飛び切り従順で、あたしが1年に言ったことを率先して行っていた。彼女はプレイヤーとしてはまだ秀でたものはなかったものの、1年の中ではリーダー的なポジションを確立していて、彼女が率先してあたしに従うことで周りもついていっているように見えた。
その日は割と遅くまで練習が行われ、片付け当番の日だったあたしとクミは体育館で話しながらコートにモップをかけていた。
「クミ、上手くなったよねー。」
「え?ほんまー?でも、あんたの方がどんどん上達するやん。身長も知らん間にめっちゃ差ついてるし、悔しいわー。」
そう言ってクミは笑っていた。
彼女は以前に比べて身長が少し伸び、何より性格が明るくなった。臆病だった性格が嘘みたいに、今ではソラと肩を並べてチームのムードメーカーになっていた。
そして笑顔が増えたクミは、元々端正な顔立ちだったことも相まって男子から人気があった。
「あたしは、パスとかドリブルは頑張ったら上達したけど、なんでかシュート全然下手くそのままやわ。クミはシュートめっちゃ上手いやん?点取る人の方がいいやんかー。」
「あー、ふふ!そうやね。でも、うちがシュート決めれるのはあんたがちゃんと敵引きつけてパス出してくれるからやで?リョーチンみたいでかっこいいやん!」
「リョーチン?あー、あの漫画のー。うーん、リョータもかっこいいけどさー。あたしはやっぱり牧かなー。それかセンドー。」
「うわ、あんた老け顔好きなん?趣味悪っ。」
「今顔の話してましたか?」
そんな話をして、ボール磨きへ移行した。
「そういえばさー、クミ。」
「んー?」
あたし達はボールを見つめながら話していた。
「また今日もクラスの男子からクミのこと聞かれたで?」
「へー。何聞かれたん?」
「彼氏は、好きな人はおるんかーみたいな。めっちゃモテるよね、最近よく聞かれるわ。」
「そっかー。なんて言うたん?」
「知らんって言うよ。だってほんまに知らんし。」
「……。」
「あれー?もしかしてクミって彼氏とかおるんー?」
あたしは冗談めかしに尋ねた。
「……うん。」
「えっ!!??」
たぶん、凄い勢いで組の顔に目をやった。彼女は少しだけ恥ずかしそうにしてボール磨きを続けていた。
「まじ??!」
「…まじ。」
「だれ?!いつから!??どうやって??!手繋いだりしたん??!!」
クミの顔にどんどん近づいた。
「聞きすぎ聞きすぎ!!あはは。」
「だって、彼氏おる友達とか初めてやもん!噂とかで誰誰が付き合ってるみたいなのは聞いたことあるけど、、」
「そうなん?…たぶん、あんたが知らんだけで結構付き合ってる子多いで?」
「うっそ!!??」
「…あんた、そういう色恋沙汰興味なさすぎん?」
「……あ、あたしのことはどうでもええやん!今はクミの話!」
「あはは。せやね。…そうやなー、2ヶ月前くらい、2年なってすぐくらいかな。1年の時にうちのクラスにいた〇〇って知ってる?その子。今は、あんたともうちとも違うクラス。」
「えーっと、〇〇…あー、ジャンプ派のやつね!へー!やるなーあの男!」
「そういう覚え方…はは。漫画は知らんけど、陸上部の。……あんたから見て…どう?」
「…え?どうって、話したのも数回しかないし、あたしは最近サンデーの方が好きやかr…」
「そうじゃなくて!…顔とか。」
「……え?普通じゃない?全然、悪くないと思う。」
「はぁ〜、あんたに聞いて損したー。結構イケメンとか言われてるんやで?ちょっと自慢したかったのにー。」
「…あー、でもかっこいいと思うで!シュッとしてて!」
「オカンみたいな褒め方やめてー。はは!」
「それよりさ、どうやって付き合ったん?」
「…1年の時、一緒に保健委員してたんよ。その時結構話してて、2年なってクラス離れたから、もう話す機会ないと思ってて。そしたら、休み時間に呼び出されて…。」
「告白されたん?」
「…ん。」
彼女は更に恥ずかしがりながら軽く頷いた。
「えー、すご……遅くなったけど、おめでとー。」
「なんでそんな棒読みなんよ!?あはは。ありがとう。」
「へー、、みんなが大人になっていくみたいやわ。」
「アホやなー。あんたも一緒に大人なってるやん。」
「……手繋いだりとかは?」
「…あんた、小学生みたいやな!ふふふ!…あの人が部活終わるの待っててくれた時は、うん、繋いだりしてるよ。」
この時、自分が男子に対して何の意識もしていないことに、ほんの少し恥ずかしさが生まれた。
みんな誰かに恋をして、振られたり、付き合ったりしてる。
あたしだけが取り残されて誰も居なくなっていくような気がした。
「へ、へー!手繋ぐんやー。すごいやん!」
「別にすごくないよ。誰か別の生徒とか見たら離すし。」
「ふーん。でも、手繋ぐのすごくないなら、もっとすごいことしてるん、、?」
「えー?そんなん聞くー?」
「いいやんかー?クミー。秘密にするやん?」
「あはは。っていうか、今までのあたしの話全部秘密やけどね。」
「あ、そうなん?」
「仲良い子には言うけど、秘密やで?」
「わかった!じゃー教えてやー?」
「あはは!近づくなってー!わかったからー……んーとね…前、別れ際に…抱きしめられたー!!恥ずーー!」
彼女は、目の前で悶絶して両手で顔を隠しながら、首を何度も左右に振り回していた。見てるこっちが恥ずかしくなりそうだった。
「あ、あの、クミさん?」
「やーーん!もう!初めて抱きしめられたー!!」
「あは、は、…、あ、でも、抱きしめたのはあたしのほうが先やん。クミのこと。」
「…。」
ピタッと彼女の動きが止まって、こちらを少しだけ睨んだ。
「あ、んた、のやつが数に入ってるわけないやろー!」
「えぇ?!うそー!?だってあれも一回やんか!」
「あんなんと一緒にせんといてください!あれは、女同士の、友達との、仲直りの、“ただの”ハグです。あの人ととしたのとはまっっったく違いますぅ!」
「へー…そういうものなんだ…。」
「そういうものなの!好きな人とするのが初めてなの!」
「じゃーあたしのことはすきじy」
「はい!絶対言うと思った!それとこれとは別!あんたのことは友達として好きやけど、恋愛対象として好きなのはあの人なの、わかりますか?」
「は、はいー…あはは。」
クミの気迫はすごかった。それだけ彼氏とのハグはいい思い出なんだろう。それと比べられるあたしとの思い出が少し可哀想だったけど、クミの意見を聞く限り、比べること自体が間違っているんだろう。
「……次はあんたの番!」
片付けが滞り始めたことに気付いて、クミは手を早く動かしながらあたしに聞いた。
「あたし?」
「そう!あんた、うちにあれだけ聞いて自分は聞かれへんと思ってたん?」
「あー、でもあたしは特に」
「何もないわけないやろ?聞くから答えて。」
「はいー…。」
「手は動かしてー。」
「はい!」
「……ふふ。キャプテンのこんな姿1年に見せられへんわ。」
「ふふ…。」
「…で、あんたは、、たぶん、その感じやと彼氏はおらんよね…。好きな子とかおらんの?」
「んー、…なんか、男子のことあんまりそういう目で見れないんよね。」
「どういうこと?」
「なんか…男子ってさ、しょうもないやん。」
「ふふ…!そうなんかもね!あはは!」
彼女がどう受け取ったかは分からないけれど、何故か笑われた。
「まぁ、友達として遊んだり話すのは楽しいんやけどねー。」
「じゃーさ、女子はしょうもなくないん?」
「え?」
「あんたの言い方やと、そう言ってるみたいやと思ったんやけど、ちゃうかった?」
「あー……ちゃ、ちゃうよ!あはは!」
「そうかー。あんた、男子より女子にモテてるからそういうのもあるかと思ったけどなー。」
「ないない!しかも、モテるとか、この間1年の子に一回告白されたくらいでモテるとかないよ!」
「……。」
「なんでそんな顔してこっち見るん?なんか嫌なこと言った?」
「……ふふ。あんたはほんまに恋愛とか興味ないんやね。知らんならいいや。じゃー、手を繋いだりしたことも、ないよね?」
「あ、ん?あるわけないやん。」
「そりゃそうやんなー。じゃあそれ以上もあるわけないかー!あはは!」
あたし達は笑いながらボールを磨きの半分を終えていた。
この時クミに、“付き合ったことはないけどキスはしたことあるよ”と言ったら、どんな顔をされただろう。
でも、あたしはこの会話中自分の経験を全く無かったものにしていた。正確に言えば、ソラとのハグ、マコ先輩とのハグやキスを恋愛感情とは全く別の感情だと、思い込んでいた。
もっとはっきり言えば、時々あたしの頭の中を横切ったりはしていたのだが、さっきのクミが言った『女同士の、友達との、仲直りの、“ただの”ハグ』の話を聞いて、あたしはクミに伝える必要性を感じなくなった。
「まぁ、また何かあったらクミにはちゃんと教えるよー。」
「ふふ…。何年後の話?」
「そんな時間かからんってー!あはは!」
クミとこうしてゆっくり話すのが久しぶりで、心が満たされていた。
そして、誰かとこんなに恋愛話をしたのは初めてで、あたしも少しだけみんなに近づけたような気がした。
「あ、そういえばさー…」
(ギィーっ…!)
クミが次の会話へ移行したのと同時に、体育館の扉が開く音がした。
「あー!まだ全然片付いてないじゃないですかー!何してるんですかー?」
そこにいたのは帰り支度を済ませているマイだった。
「マイ?どうしたん?早よ帰りやー。」
「センパイのこと待ってたのに遅いから見に来たら、まだ片付いてないし、楽しそうな笑い声聞こえるし…むー!羨ましいー!むー!!」
マイはまたぶりっ子を始めた。声色が変わるから分かりやすかった。
「あはは!マイちゃんもこっち来て話す?今このk…」
「クミさん、彼氏さん待たせてるんじゃないんですかー?」
「あれ?……あ!ほんまや!急がな!!」
「そうですよー!マイも手伝うので早く終わらせましょ!」
「あーありがとうー!こんな子とダラダラしょーもない話してる場合じゃなかったわー!」
「おーい、クミ、聞こえてますけどー…。」
マイの手助けもあって片付けは5分もかからず終わり、あたしとクミは着替えを済ませて急いで校舎を出た。
クミはあたしに手を振って陸上部の部室の方へ小走りで向かって行った。
クミの向かう先に人影があって、それが彼氏だとすぐに分かった。
クミの笑い声が聞こえた。無事で良かった。
あたしは2人が並ぶ姿を見て、またあの感情が湧き上がってきていた。
それは嫉妬や羨望ではなく、孤独感と寂寞だった、と思う。
お読みいただきありがとうございます。
今回はただの女子同士の何気ない会話の回になってしまいました。
本タイトルは、私の好きな漫画のタイトルを拝借させて頂きました。素敵な作品ですのでそちらも読んでみてください。
この物語を気に入って頂けたら、ブックマーク、評価に星をつけていただけると幸いです。
とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。




