【あんなこと】
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気付けばもうすっかり夏に入っていた。暗くなっても冷めない空気と、何処からか聴こえる鈴虫の演奏が、あたしの心を微かに揺らしていた。
目の前にいる後輩はエナメルバッグを斜め掛けして、後ろで手を組んであっけらかんと笑っていた。
「一緒に帰りましょ?♪」
「…なんや、マイか。後ろから急に声かけんといてってー。」
「ウフフ♪びっくりするセンパイ可愛いですよね!」
「…マイー、あんま先輩のこと揶揄わん方がいいで?」
あたしは出来るだけいつも通りに、頬の筋肉を使って笑顔を作った。
「ゴメンナサイー!キャハハ♪」
「で?帰る?でも、もうすぐそこやで?分かれ道。」
「全然そこまででいいです!やったー♪」
彼女は両手の拳を顎に当てて喜んでいた。可愛いポーズ、なんだと思う。
「でも、どうせなら早めに声かけてくれたら良かったのに、走ってきたん?」
「あ、いえいえ!確かにセンパイ達が先に出ていって、マイは片付けとかあったんで少しは急ぎましたけど、副キャプテンと2人で話してたんで邪魔したら悪いかなって。センパイが1人なるの待ってました♪」
「えー?そんなストーカーみたいなんやめときやー?あはは。じゃあ、ずっと後ろいたんや?」
「むー。マイはストーカーじゃありませんよー。センパイ達の話も盗み聞きとかしてないですし、少し離れたところで歩くスピード合わせてただけですー。マイ、存在感薄いのか昔から誰かの後ろ歩いててもなかなか気付かれないんですよね♪前世忍者かもです!ニンニン♪」
「…マイちゃん?話聞いてなくてもそれはストーカーにならんかなー?」
「ちゃ、ちゃいますもん!マイの帰り道もこっちやから、別に悪いことしてないもん!」
「ふふ…。そっかー。はいはい。」
彼女は低学年の小学生みたいなふくれっ面をしてあたしを困った子猫みたいな目で見つめていた。そのわざとらしい態度を、やっぱりあたしは好きになれなかった。
そのまま2人で帰り道を歩いた。
「センパーイ。」
「はーいー?」
「センパーーーイ。」
「はーーいーー?」
「ウフフ♪やっぱりセンパイと話すと楽しい♪だから、マコさんもセンパイだけ特別にしてたんですかねー?」
「特別って…。あ、そういえば、ごめんね?ユニフォーム、8番狙ってたとか聞いたけど…。」
「あー、センパイは謝らなくていいです!そもそも1年が8番なんて着れるわけないんですから。それに、センパイなら…マイは諦めるしありません!今回はこの間までセンパイが着てた13番ゲットできましたし!来年は8番取ってみせます!」
「早い早い…来年のこととか話さんといてー。引退のこととか今から考えたくないわ。」
「ウフフ♪すいませーん♪」
「うーん、でも8番って、やっぱりマコ先輩やから?それともコービー?」
「こーびー?何ですかそれ?」
「あ、、ごめん、大丈夫。」
「ウフフ♪マコさんやからです♪」
あたしは内心驚いて、少し安心した。彼女はあたしのことよりも結局マコ先輩に憧れを抱いていたんだ。ソラの見立ては案外的中していたようだ。肩の荷が下ろせるような気がした。
「マコ先輩、上手かったもんなー。背高いし、憧れる子多いのもわかるわー。」
「…え?なに言ってるんですか?」
「ん?」
「マイの憧れはセンパイですよ?」
「あれ?そうなん?」
「はい!あ、なんか告白みたいになっちゃったー!ハズカシー。」
マイは両手を頬に押し当てて、また可愛いらしい仕草を取っていた。
「あの、じゃぁ、なんで8番?」
「……?そんなの決まってるじゃないですかー。8番着たらセンパイがマイのこと意識してくれると思って♪だって、8番のユニフォーム見たら絶対センパイはマコさんのこと思い出すでしょ?そうやって思い出しながらマイのこと見てたら、段々マコさんからマイに変わるかなって♪ウフフ♪あ、ほら“マイ”と“マコ”って一文字違いですしー♪」
一切の躊躇いもなく、彼女は笑顔であたしにそれを伝えた。その淡々とした様子で発するあたしの知らない考え方が、酷く怖かった。
「…そんな理由で、番号選ばん方がええよ。」
「……そうですか?じゃーセンパイはなんで8番を選んだんですか?」
マイにその質問を投げかけられた時、あたし達は分岐点に到着して、立ち止まった。
その分岐点は、人通りも街灯も少なくて、まるでこの場所があたし達のやり取りを暗闇に取り込もうとしているみたいだった。
「……そうやね、マイの理由と大して変わらんかもね。」
「そーですよー?…まぁ、でも、センパイとマコさんは…特別やから仕方ないですよねー。」
「さっきから、特別ってなんなん?」
彼女の可愛こぶる態度に苛々していた。
「だってー、……2人って、付き合ってたりするでしょ?」
「…はぁ?!…ふふ、あはは!なに言うてんのー!?もー!おもろー!」
予想外の馬鹿げた質問に思わず笑いが込み上げて来てしまった。否定する以前に、そんなあり得ないことを真面目に質問するマイが可笑しかった。
「あれ?じゃ、じゃぁ、2人って付き合ってないんですか?!」
「そんなわけないやんかー!アホやなー!あはは!お腹いたー。」
「……へー。」
急にマイが少し冷めた顔をした。
さっきまでのぶりっ子とのギャップと辺りの暗さが、不気味な雰囲気を演出していた。
そんなことを気にもせずに、あたしはまだ笑い続けていた。
「あははー…あれ?どうしたん?」
「センパイ♪」
彼女はニコッとまた笑った。
「…ん?」
「…センパイは付き合ってもない人と、外で【あんなこと】するんですね?♪へー♪」
「っ?!」
「どうしました?そんなに目をまん丸にして。」
「…あんなことって、なに?」
「心当たりないですか?♪ウフフ♪」
「……。」
「…フフ、…キャハハハハ!」
「な、なによ?」
「ごめんなさい!少し揶揄っただけですよ!この間の、センパイ達のぎゅーのこと話しただけやのに、そんなに怖い顔しなくてもいいじゃないですかー♪」
「あ、…。」
内心、胸を撫で下ろしていた。
「…あ、あんまり先輩のこと揶揄うなって言ったやろー?」
「はい♪そうでしたねーすいません♪あー楽しかった!では、そろそろ帰りますね?」
「あ、、うん。お疲れ様。また明日ね?」
あたしは顔を隠すみたいにマイに背中を向けて歩き出した。
「あー、そういえば!」
遠くからマイの声が聞こえて、立ち止まった。
「“用事”はちゃんと済ませましたか?」
「…え?」
「昨日、用事あるからって逆の道行ったじゃないですか?」
「あ、うん。普通にすぐ済んだよ?」
「ふーん……なら良かったです♪ウフフ♪では、失礼しまーす♪」
彼女はそう言い残し、背中を向けて帰っていった。
闇に溶けていくマイの後ろ姿を見つめながら、ずっと彼女の無邪気な笑い声と、ある言葉が頭の中を駆け回っていた。
“マイ、存在感薄いのか昔から誰がの後ろ歩いててもなかなか気付かれないんですよね♪”
あたしが立ち呆けていたその分岐点は、人通りも街灯も少なくて、まるでこの場所が暗闇であたしだけをこの世界から隔離するみたいだった。
お読みいただきありがとうございます。
これは何かありそうで何もない、どこにでもある物語です。安心して彼女の人生を見て頂ければと思います。
この物語を気に入った際には、ブックマーク、評価に星をつけていただけると幸いです。
とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。




