初めてのキスは涙の味がした
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初めてのキスは涙の味がした。
マコ先輩の涙なのか、あたしの涙なのか、分からないし、分からなくていい。
なんでこんな行動を起こしたのかも説明できないけれど、あたしは先輩に吸い寄せられるように背伸びをした。
そして、唇を合わせた。
先輩にどう思われるか、通行人がいたら、そんなことはもうその時のあたしは考えることを放棄していて、今この瞬間、先輩の柔らかい唇とあたしの唇が触れている時間が永遠に続けば良いと願っていた。
たった2秒程の永遠が終わった。
(チュ…)
唇が離れる瞬間に、そんな音が聞こえた。だからキスのことをちゅうと呼ぶんだと、どうでも良いことが頭の中に浮かんだ。
あたしは恥ずかしさが込み上げてきて、急いで下を向いて彼女の胸の中にまた顔を埋めた。
先輩は、何も言わなかった。
心臓が弾けていた。身体が心臓に合わせて小刻みに揺れているようで、自分がどれだけ今ドキドキしているのかが判った。
先輩の鼓動も、埋めた胸の中から容易に感じ取ることができた。その心臓の暴れ方はあたしと同じだった。
そのまま無言の時間が流れた。辺りはもうだいぶ暗くなっていて、街灯の少ないこの道があたし達を隠してくれているみたいだった。
「……ねぇ。」
先輩が永遠ぶりに口を開いた。
「…はい。」
「……後輩にわたしの初キス奪われたんやけど…。」
「……。」
「……顔上げて。」
「…はい。」
あたしはゆっくり顔を上げて先輩と顔を合わせた。彼女は、また花のように微笑んでいた。
「……まだ泣いてるん?」
「え…?あれ、もう止まったと…。」
まだ少しだけあたしの目頭から涙がこぼれ落ちていた。
「……あんたは強いのに、泣き虫やね。」
「……あ…、」
彼女は、あたしの左頬を伝っていた涙を右手の親指で掬い取って、その親指にキスするように涙を舐めた。瞼を閉じながら親指の腹を舐める舌が、微かに開いた口から見えて、その仕草が凄く妖艶で、いやらしく感じた。
あたしはその顔に見惚れていた、と思う。
「……知ってる?」
「…はい?」
「……涙は血液なんやって。」
「…へぇ。…知らなかったです。…トリビア…ですね。」
「……これが、あんたの血の味か…。」
「…恥ずかしいです…。」
「………それなら…」
「……え…?」
彼女は舐めた親指を自身の目頭に当てて、涙を拭い取った。そしてその親指を、あたしの唇にに柔らかく当てた。
「……それなら、あんたも。」
「……ん…。」
あたしは、異様に興奮していた。身体中に熱と電気が走り回って、立てなくなりそうだった。
瞼を落として、優しく唇に当てられた親指の涙を舌で舐め取った。舌に当たる指紋の感触が判る程、あたしの感度は上がっていた。
「……これでわたしも恥ずかしいね。」
「……先輩。」
「……ん?」
「……なんか、、」
「……?」
「…やっぱり良いです。」
「……そっか。」
“すごくいやらしいです”
“すごくえっちです”
“すごく興奮します”
その時言いたかった言葉は、このどれにも該当しなくて、それでも今の行為があたしを酷く変な気持ちにさせたことを伝えようと思ったんだけれど、何を言っても野暮なような気がして伝えることをやめた。
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時間にするとどれくらいの間あたし達は抱きしめ合っていたんだろう。
5分、それとも10分…分からない。別の時間軸にいるような気分だった。短いような長いような、一瞬なのに永遠のような。
あたしはいつまでも先輩の感触を味わっていたかった。
先輩がこの空間にピリオドを打った。
「………わたしはもう充電できたけど、あんたはどう?」
「…んー、、んーー…んーー!」
最後に腕を強く締めた。
「………。」
「んんーーー…はい!もう大丈夫です!」
「……いい子やね。」
「キャプテンですから!」
「……泣き虫キャプテン…ぬふふ。」
「もう!」
笑いながら先輩は抱いていた腕をほどいて、あたしは一歩だけ下がって先輩から離れた。
あたしと先輩の間に吹き抜ける風が、妙に冷たく感じた。
「……受験勉強の気晴らしに、たまに部活顔出すと思うから。」
「はい。先輩が安心して見てられるようにしっかりみんなと強くなります!」
「……うん、まぁ、また顔出した時は、一緒に帰るのも悪くない…でござる。」
「あはは、そうですね。帰りましょう。楽しみにしてます!」
「……ねぇ。」
「はい?」
「……やっぱなんもない。」
「えー?なんですか?」
「……さっきあんたもしたから、これでおあいこ。」
「んー、それは仕方ないです…ふふ。」
「……さらばじゃ。」
そう言って彼女は背中を向けた。
段々とその背中が、遠くなっていく。
「マコ先輩!3年間バスケ部お疲れ様でした!それと、ありがとうございました!」
あたしは彼女の足音が無くなるまで頭を下げ続けた。
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先輩の足音が無くなって7秒お辞儀を続けた。7秒後、顔を上げて自宅へ帰った。
帰宅すると母が元気に出迎えてくれた。夕飯がちょうど出来たようで、そのまま食卓についた。
夕飯を食べながら母に先輩達の引退式の話と、自分がキャプテンに任命されたことを伝えた。きっと驚くだろうと予想していたのに、案外母は“そうかー。なら、これからもっと大変なるなー。頑張れ!”とあっさり受け止められた。少し拍子抜けだった。
お風呂に入った。
浴槽に浸かってマコ先輩とした人生初キスを思い返していた。
何度もぼーっとしてはハッとして、お湯で顔を何度も洗った。
唇と唇が触れた時の柔らかさが忘れられないようで、思い出せないようで、有り体に言えば、“もう一度キスをしたい”と思っていた。
その後、長湯をし過ぎたあたしは母に怒られた。
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翌日からまた放課後練が始まった。
朝練は少しの間やらないらしい。
あたしのキャプテン初日は滞りなく進んだ、と思う。
練習の最後、先輩達が監督に返却したユニフォームを誰が引き継ぐのかという話になった。
あたしはキャプテンナンバーの4番を監督から手渡されたけど、それを返した。
あたしは8番を選んだ。
その番号は、敬愛するNBA選手の背番号“3”が存在しない中学バスケ部で、どうしてもそれを選びたかったあの人が、
“3と3をくっつけたら8になる”
というヘンテコな理由で選んだ数字だった。
-1年前のユニフォーム引き継ぎ会にて-
キャプテン「マコはエースやから、“11”でいいやんな?」
マコ先輩「………嫌。」
キャプテン「え?じゃーどないすんの?」
マコ先輩「……“3”がいい。」
キャプテン「あんなー、知ってるやろ?バスケ部に普通1から3の番号なんてないんやって!あれはNBAやから!」
マコ先輩「……“3”がいい。」
キャプテン「もぉー、ガキちゃうんやからわがまま言わへんの!はい!これ!」
マコ先輩「…………なら、あれがいい。」
キャプテン「え?…“8”?これが良いん?」
マコ先輩「………うん。」
キャプテン「へー。マコって、コービー好きやったっけ?」
マコ先輩「………普通。」
キャプテン「ん?なら、なんでよ?」
マコ先輩「……“3”が2つくっついたら“8”やん。……アイバーソンが2人…ぬふふ…。」
キャプテン「はい?“3”が2つくっついたらって、3+3は“6”やんか?」
マコ先輩「……そういう意味ちゃう……あほ。」
キャプテン「はぁ?!なんやこいつっ!“6”の方が良くない?マコのポジションにも合ってるやろ?!」
マコ先輩「………うるさい。」
キャプテン「〜〜〜!!!勝手にせーやボケーーー!!!」
こうして彼女の背番号は8番になった。
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この物語は何かありそうで何もない、平凡な物語です。そんな物語がもう30話になりました。
先日1人の方に初めての評価をつけていただきました。周りから見ればささやかな事かと思うとお恥ずかしいですが、そんな些細なことがすごく励みになりました。どなたかは存じませんがその方と、いつも読んでくださっている方々に向けてになりますが、ありがとうございます。
この物語が気に入ってくれた方は、ブックマーク、評価に星をつけていただけると幸いです。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。




