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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
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家族の風景




-10139♭-




思い返せば母はいつも元気だった。


いつも明るくてよく笑っていた。家族でどこかに出かけた時も、電車の中でも車の中でも、何かの話題をあたし達子どもと父に提供していた。


「あー、うん」


みたいな返事を誰かがすると、


「なんなんその返事!?それは会話ちゃう!会話は返事したら良いんじゃないで!そんなんトーキョーの人がすることや!」


こんな感じの言葉をいつもあたし達に投げかけた。

何か恨みでもあるのかってくらい、母は関東方面を“いけすかない”“つまらない”“トーキョーの人は冷たい”と言っていた。話を聞いている限り、これに関しては母の完全な偏見だ。昔の彼氏が東京の人だったのかも。


母がいないと、少しだけ家が寂しくなった。特に豪快な母でもないのだが、どうしてか母がいないと会話が上手く弾まない様な気がした。





-10139-




父の部屋を覗いてしまった一件から、あたしは家の中を好奇心で探索することを辞めた。


今までそんな事を多くしてきたわけじゃないんだけれど、詮索して何か見つけても見つからなくても自分にとって良いことがないと理解した。

それでもたまに、父の部屋のあの引き出しを思い出してしまった。優しい父が、あんなものを本当に見るのだろうか?

画数が多くて暴力的な文字が羅列していたような記憶だったけど、習ったことのない漢字ばっかりで、上手く覚えていなかった。確かに覚えていた言葉は“調教”の2文字だった。この文字を見た記憶があった。以前サワコの飼い犬に「お手」を教える時に、本に書いてあった。そして、もうひとつ、サワコが貸してくれていた“あの漫画”にもその文字が載っていた。



ずっと頭の中がまとまらなかった。解決していなかった。でも父のあの話は誰にも出来ない。あたしは兄に少し相談することにした。父の話さえしなければ問題ないだろう。兄も男だし、あたしよりも大人だし、何か知っているかもしれない。



兄の部屋はドアの隙間から光が確認出来て、光が付いていたらとりあえず部屋にいるという合図だとあたしの中でルール付けしていた。隙間から光が漏れる兄の部屋をノックすると、椅子から立ち上がる様な物音が聞こえて、ドアが開いた。


「なんや、お前か。」


「…ごめん。入って良い?」


兄は高校に行って思春期を迎えたのか、家庭の色々を煙たがっていた。いつもどこかユーモアがあり、話し相手の気持ちを害さない様な最低限の気配りはできた。ただ、それが家族となると、少しキツくなる印象もあった。兄が勉強机の椅子にドカッと座り、あたしはベットの横に腰を下ろした。



「なに?」


「あのさー…」


「早よ言え」


「あのー…お兄ちゃんって…え、エ◾️本とか持ってるんかなー?とか。あははー。」


「は?!何お前」


「いやいや!年頃の男子ってそういうの持ってるんかなって!興味本位!」


「…お前もしかして、彼氏とか出来t…」


「出来てへんよ」


「そんな食い気味に言わんでも…まぁ、なんでも良いけど、そんなん言われて答えられるわけないやろ。YESなんか無い。“NO”か“どっちでも無い”か。」


「ふーん。じゃぁ“NO”って言わんかったら“持ってる”ってこと?」


「…それ知ってお前は何をしたいん?」


「……うーん、」


「何も無いんかい。ほんまに興味本位なんやったらやめろや。そんな質問されて喜ぶやつおらんぞ、ぼけ。分かったら早よ出てけ。」


「ごめん…」




部屋を出た。

あたしは何を知りたかったんだろう。もう判らなくなっていた。兄が“アダルト雑誌を所持している”という少し面白い情報しか入手出来なかった。相談相手を間違えたか。

だけどなんとなく、母には相談するのがやけに心苦しかった。夫婦関係にあたしが刃物を突き立てる様な感覚だった。親である前に2人はひとつのカップルだ。そんなことするつもりはなかった。



夕飯を食べに自室からリビングに行った。料理途中の母は、


「もうちょっと待ってなー?テレビでも見といてー」


と言いながらフライパンを振っている。


リビングには誰の姿もなかった。テレビの前に足を運ぼうとした時、母に声を掛けられた。



「なー、見なかったことにするって約束したやんね?守られへんの?人の秘密面白がるような子なん?あんたは。」



フライパンを見つめながら表情の見えない声を出す母がとてつもなく怖く感じた。


どうやって知ったか分からない。兄が言ったとは思えないけど、あたしは今回の一件を面白がる意図なんて持っていないことを母に伝えたかった。が、何を言っても今の母には通用しない気がして「ごめんなさい。」の一言しか言えなかった。


料理を振る舞う時、母はいつも通りの笑顔で何も無かったような元気な声を出してあたしの前に料理を運んだ。

そんなお母さんが少し不気味で、恐ろしく感じた。







--1-




小4の頃、たぶん小5になる手前の春休みだったはず。すごく天気のいい日だった。温かくも寒くもなくて、ベランダにいる雀の声が気持ち良く聞こえた。


その日は休日で家族揃ってお昼ご飯時を迎えようとしていた。母と弟は別として、兄や父はよく部活や仕事があったりして休日の昼間に家にいないことも多々あったので、家族が休日に揃っているのは少し珍しく感じた。


家族でテレビ画面を見つめていた。若手芸人さん達がひな壇に座っている情報番組がやっていて、もう少ししたら関西でお馴染みの喜劇が始まる。毎週、あまり変わり映えのしないいつも通りの展開と、いつも通りのギャグ。でもそれが安心できて良い。

我が家では毎週欠かさず録画して、家の誰かが一度は観ていた。あたしも何も考えずに観れるその喜劇が好きだった。


「お昼ご飯何にしよっかー?」


母が誰に訊ねるでもなく言葉を漏らした。


「ん?今日は何か用意してないの?」


テレビ画面から母の方に顔を移したのは父だった。

母は基本的に出前やテイクアウトなどは好まず、自分の手料理を振る舞うように心掛けていた。と、言っても“関西+休日+お昼=焼きそば”だ。休日の昼間は、よく母は焼きそばを作ってくれた。次点でチャンポン、ラーメン、胡椒の効いた焼き飯、夏はそうめんも多い。とりあえず麺類中心だった。


「そやねんー、あとで夕飯の買い物行くから、今は家にあるもんで何がしようと思ったんやけどねー。」


「ハンバーガーにするか」


「!!?」


あたしと兄が、テレビ画面から顔を父の方へ物凄いスピードで移した。弟もそれに合わせて父を見た。母も少し驚いていた。

我が家ではインスタント食品、カップ麺などはもってのほかで、ファストフードもそのうちのひとつとして、滅多なことがない限りハンバーガーは食べられなかった。年に一度あるかないか、。

以前、兄が誕生日前日に当日の晩御飯メニューを母に尋ねられた時、悪魔みたいな笑顔で「テリヤキバーガー」と言って親2人が唖然としていたのは、鮮明に覚えてる。あたしはその時兄とハイタッチを交わしたんだ。


それだけ我が家ではファストフードを食べることが、一種のお祭りみたいになっていた。あのあまり感情を顔に出さない兄が目をキラキラさせて笑っていた。無理もない。今回は父から提案された“我が家の大黒柱公認のハンバーガー祭”なのだ。あたしと兄はまたハイタッチした。


「お母さんの料理もそれくらい喜んでくれたらいいのにね〜?」


あたし達の喜びを抑えようとするみたいに、母が満面の笑みであたし達兄妹を睨んでいた。


「よ、よし!誰が買いに行くか決めよう!」


そんな母の顔を遮るように、父があたし達をテーブルの中心に注目させた。

まずは全員の食べたいメニューを書いていった。父、兄、弟の3人がテリヤキバーガー、あたしと母はチーズバーガー、そして1人ひとつずつポテトのMサイズ。

セットメニューにすればいいのにしないのは、我が家でジュース、特に炭酸飲料を飲めるのは誰かの誕生日とクリスマスやお正月などの大きなイベントの時だけと限定されていたからだ。それに、これからあたし達子どもが買いに行く場合の荷物の重量を考えて、今回はドリンクを抜いたのかもしれない。そう思っていたら父が、


「バーガー係とドリンク係に分けるからな!ドリンク係はそこの自販機ででっかいコーラ買って来い!」


楽しそうにそう言いながら父は、適当に取り出したチラシの裏にあみだくじを制作していた。

兄とあたしは父の顔を見つめた。今日は地球最後の日なのだろうか。弟は素直に喜んでいたが、あたし達は我が家に何かあったのか、と不安になっていた。

“お父さんがね!決めたルールやのに、お父さんが破るのはあかんでしょ!?ほんとにあなたは…”

母が小言を父に投げ掛けていた。それを見てあたしは安心した。たぶん今日は父の機嫌が良かっただけなのだ。それならば余計に嬉しくなった。兄も同じことを考えているようで、ほっとしていた。

小言を母から豆鉄砲のように喰らう父は“まーまー、たまには…”と笑顔で母を宥めながら、せっせとボールペンを走らせている。あたしの好きな両親のやり取りだった。


「よし!出来た!」


あみだくじは4本で構成されていた。

さすがに弟は1人で買い物に行けない。

1人ずつスタート地点を選択し、父が全員のゴール地点を辿った。

折り曲げた部分には「バーガー」「コーラ」「空白2つ」があるそうだ。父は上手にゆっくりと紙を開いていった。








「あたしチカラ弱いし結構大変やと思うんやけど!」


「あほか。お前のチカラはおれとそんな変わらんわ。この間腕相撲した時負けそうやったもん。今更文句言うな。」


「あれはあんたが手ぇ抜いてただけやろ!」


バーガー係はあたしになった。

母がコーラ係になり、弟が母について行くと言っていた。なんと愛らしい弟…。自分がくじを引かなかった分何かお手伝いしようとしているのだ。ちゃんと、遠いバーガー屋ではなく、近い自販機を選択していたのは、なかなかのずる賢さを感じた。



あたしは親からお金を預かり、1人で自転車に乗って駅前のバーガーショップに向かった。



お読みくださり有難うございます!

この物語は、強い起伏もなければ何か報われるような事が決まった話でもありません。ただ、彼女の生きた道を紹介している物語です。あまり気張らず、ダラダラとこれからも読んでいただければと思います。

今回のタイトルはハナレグミさんの楽曲から拝借させていただいております。素晴らしい曲ですのでそちらも是非。

もし気に入っていただけたら、ブックマーク、広告下の評価に星をつけていただけると幸いです。

とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。

これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。

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