南高梅の女
-ニシオリマコ-
あたしのひとつ歳上の先輩で、女子バスケ部のエース。憧れの先輩の1人だ。同じ小学校の出身だけど、その頃に話した覚えはない。
ポジションは、シューティングガードを主にしていたけど、センターに行くことも多かった。
身長は、聞いたことないけどたぶん170後半cm、体重不詳。胸…なんて気にしたことない。ただ、恵まれたスポーツ選手体型。スラっとして脚も長く、一見華奢に見えるけれど筋肉質。
本人は怒り肩をコンプレックスにしているみたいで、あたしの斜めにかけたエナメルバッグがズレ落ちるのを見て“……どうやったらそうなる?”とよく聞いていた。
目はたぶん奥二重。いつも何処か眠たそうな、ぼけっとした目をしていて、監督からは“寝てんのか!”と練習中に怒られることもしばしば。
肌や髪が凄く綺麗で、彼女がその気になれば男子から人気が出ていたんじゃないか、と思う。
学校ではあまり目立たないタイプだったのか、先輩の話題は聞いたことがない。とは言え、身長が女子の中では飛び抜けていたので、嫌でも目立つと思うのだけれど。
先輩は寡黙、というか何を考えているか分からない、いわゆる“不思議ちゃん”、もしくは“電波”だった。
好きなバスケット選手は色々聞いた。特に話に挙がっていたのはアイバーソンだった。あたしも、NBAでは低身長ながらテクニックで周りの巨人達をぶち抜く彼のプレイに魅了されていた内の1人だ。とても共感した。先輩は彼が所属していたことのあるチームのユニフォームは全て持っていたそうだ。
趣味はオカルト系のもの、な気がする。“ムー”という雑誌を愛読していた、みたい。というか、そこに書かれていることを軒並み信じていた。あたしが一度、話を合わせる為に“その雑誌面白そうー”と軽々しく口にしたばかりに、彼女は翌日20冊の“ムー”を持ってきた。2、3冊パラパラと読んでみたけど、内容が全く理解できなかった。そもそも掲載されている写真が合成に見えて仕方なくて、それを正直に伝えると“合成な訳ない!”と、少し怒っていた。その20冊は、“いずれその時が来た時の為に持っておくように”、と言い聞かされて預かったままだ。借りた本20冊を自宅に持ち帰ったその日に、兄が目を輝かせてあたしの部屋から全冊借りて行ったのは、本当に意味がわからなかった。
好きな食べ物は知らないけれど、好きなおにぎりの具は“南高梅”、らしい。この間聞いた。
嫌いな食べ物は全く知らない。
血液型、好きな男性のタイプ、そもそも好きな男性がいるのか、付き合っている彼氏はいるのか、そのあたりは何も判らない。たぶん同級生でも計り知れないような、謎の人物だった。
-10169-
中2の6月の日曜日。昨日大会初戦を無事突破したあたし達は、次の試合に向けての練習をしていた。
その日は初戦突破の翌日で、監督は昨日の疲労を考慮して“半日練”と部員に伝えていたのだが、疲れの溜まっているレギュラーの先輩達の練習態度に激怒して午後練を追加した。
とは言うものの、半日練と聞いていたあたし達は、昼用のご飯を用意していなかった。監督は、あたし達下級生に一万円札を渡して“これで全員分の昼飯買ってこい。そんな長いことやらんから、1人二つくらいのおにぎりとスポドリ一本ずつ。あと、練習終わった後の甘いもんも好きに買え。甘いやつは…残ったら全部ワシが食べるから、買い過ぎてもええぞ”と言っていた。監督は意外とスイーツが好きみたいだった。
こういったお遣いをすることは必ずしも珍しいことでは無かった。ごく稀に練習を急遽伸ばす日はあったし、監督はその都度、今回のように自分の財布からお金を出していた。
あたし達は後輩を連れて近くのコンビニへ買い出しに出掛けた。このお遣いは特別感とワクワク感があって、割と楽しかった。
部員分のスポーツドリンクと、シュークリーム等のスイーツを適当に四つのカゴに放り込んでいった。そして、昼ご飯用の部員×2つ分のおにぎりを選んだ。
あたしが頭に浮かんでいたのはマコ先輩の“南高梅”だった。みんなが雑にカゴの中へおにぎりを放り込む中、
「これは、マコ先輩のやつ!」
と言って南高梅のおにぎりを2つカゴに入れた。少しだけ、頭に“飲茶の恨みをぶつけたサイヤ人”の一コマ浮かんだ。
「え…?そうなん?普通みんな海老マヨとか、ツナマヨとか、シャケやと思うけど…」
と、ソラが不安な顔であたしを見ていた。
「ふふふ、大丈夫大丈夫!あの人の好みをあたしは知ってます!」
と言って強行突破した。
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あたし達は足早に体育館に帰った。
「お待たせしました!」
「…おー、来たな!」
ヘトヘトの先輩達があたし達…というよりかはコンビニ袋に入った飲食品を出迎えた。
彼女達は獣のように、パンパンに膨らんでいるコンビニ袋を漁り出した。
「あ、…あの!おにぎりは、ちょっと待って下さい!」
あたしは声を上げて先輩達を止めた。
「………なんよ?好きなやつ取って文句ないやろ?」
キャプテンが狼のような目であたしを睨んでいた。
「…はは……こ、コレ2つはダメです!」
あたしは南高梅のおにぎり2つを手に取った。
「これはあっちにいるマコ先輩のやつです!」
「………ん?」
キャプテンはさっきとは違って、あたしをまるで初めて出会った人かのような目で見ていた。
「これは、マコ先輩好きって言ってたんで。」
「……?…あ!、それは、」
あたしはおにぎり2つを手に置いて、意気揚々とマコ先輩の元へ走った。彼女は他の先輩達と違って、1人で体育館の外で風に当たっていた。
「先輩!お待たせです!これ買ってきました!先輩好きなやつちゃんと選んできましたよ!」
彼女は風に当たりながらあたしの出したおにぎりに手を伸ばした。
「……………あ。」
「………?」
(ダダダダダ…っっ!!)
休憩中とは思えない程の速さで、キャプテンが割り込んできた。
「はぁはぁ……それな、、もうマコ好きちゃうんよ。」
「…え??!!」
物凄く恥ずかしくなった。
他の部員、ソラにも息巻いてマコ先輩のことをさも熟知しているみたいな顔をして…あたしは、先輩の嫌いなものを選んできてしまった。
「この子さぁ、すぐ好きなもの変わるから………この間は梅やったけど、今はシャケみたい…。変な子やろ?」
「………。」
こんなにくだらない会話なのに、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。何も言えなかった。
「…………梅ちゃう。南高梅。」
「はぁ?そんなん一緒やんか。なぁ、私のと交換するかか?これ、マコの好きなシャケと唐揚げマヨやで?」
キャプテンはマコ先輩のことをあたしよりよく知っている。当たり前だ。あたしよりもずっと付き合いが長いんだ。
マコ先輩は何も返事をせずに手渡した南高梅おにぎりを見つめていた。
「なぁーマコぉー。あんたその日のご飯が気に入らんかったらすぐにプレイに“出る”から、ほら、私のと……。」
「…………これで良い。」
キャプテンがマコ先輩に気を遣っているのに、彼女はその言葉を拒否した。マコ先輩はキャプテンに対して少し背中を向けた。
「はぁ?あんたそれ食べてまたプレイが乱れt……」
「わたしは………これ好き。」
「はあー?んーー、、!マコ!アンタ三日前、“梅は酸っぱいくせに変な赤色してるかららもういらん”とかわけわからんこと言ってたやんか!」
「………今はこれが良い。」
「…はぁ?!何こいつ!???ほんっっま分からん!!人がわざわざ気遣ってんのに!午後からの練習、監督から怒られても知らんしな!?……おい!あんた!もう私は知らん!任せた!!!」
「はっ!はい!!!」
「………あのさ、梅じゃなくて、“ナンコウバイ”な……?」
「〜〜〜っ!どっちでもええわボケ!」
キャプテンが怒り散らかして、足で床を大きく鳴らしながら元の場所へ還っていった。
“なんなんあれ?!マジでもうーー!!………”
と、去りながらずっと愚痴を言っていた。心配になってマコ先輩を見ると、何事も無かったようにまだおにぎりをじっと見つめていた。
「あ、おの、マコ先輩…ほんま無理しなくていいですよ?」
「………わたしは無理したことない。」
「…はぁ…そうですか…はは……,.」
「………覚えてて…くれたんや。」
「え?それは、まぁ…。?」
「………。」
「………。」
「………今、」
「っ!?は、はい!」
「……南高梅が好きになった。」
「?、、はい?前も好きって…。」
「………わたしは、昨日好きだったものが今日嫌いになってても、いいと思ってる。」
「??、。はぁ…。」
「…昨日“好き”って言って、今日“嫌い”って言っても、それは嘘じゃない。」
「?…えっと…その時の気分みたいな、感じですか?」
「……少し違うけど、そんな感じ。」
「ぁ、ん。、?」
「………昨日“好き”って言ったからって、今日も好きでいないといけない責任なんて、ない。」
「…まぁ…。」
「……この間は“好き”で、ちょっと別のものの方が好きになって、そのせいで“嫌い”になって、でもまた別の日に“好き”になって……そういうのを繰り返して、、結局どうしても好きになってしまうものが……好きなもの。」
「……??ふ、深い系の話ですが?あたし、あんまり、分かってないかもです…。」
「……そう。でも、あんたは分かってると思う。」
「え?」
「……たぶん。」
ただただおにぎりの好きな具を間違えただけの、平凡な出来事。先輩も特に気にしていないし、あたしもそこまでの罪悪感は生まれていなかった。
なのに何故か、この意味不明な会話が、あたし達を2人きりにしているような気がした。周りの音が無くなって先輩とあたしの声だけが存在している、そんな特別な空間に居るような気がした。
「あー…ぇっと、そろそろあたしもご飯食べてきますね?」
あたしはコンビニ袋の方へ振り返った。バッシュが“キュッ”と音を鳴らした。
「………ねぇ、」
「っ?!はい?!」
走り出そうとした体を止めて、首だけを先輩の方に向けた。
「……今日こそ、一緒に帰ろう。」
彼女はずっとおにぎりを見つめ続けていた。
「あ、え?あはは!最近ほとんど毎日一緒に帰ってるじゃないですか?!了解です!帰りましょう!」
「………あと、」
「はい?!」
少し離れた先輩にさっきよりも声量を上げて返事をした。
「………あんたは、南高梅みたいやね。」
「…ぇっ?はぃ?!あたしそんなシワシワちゃいますよ!失礼な!…ふふ!ご飯食べてきますね!」
あたしはこの不思議な空間から抜け出した。早く食事を済まさないと、もうすぐ午後の練習が始まる。
「…………そっか。」
そうやって先輩が小さく呟いたような気がした。
ソラ達の輪の中に入っておにぎりを2個を食べた。具は、先輩達から選ばれなかったおかかと昆布だった。
マコ先輩は、手にしていたおにぎり2つを食べずに、ずっと眺め続けていた。
お読みいただきありがとうございます!
眼を少々患っておりまして、誤字脱字等注意しているのですが多くなってしまいがちです。読み辛かったら申し訳ありません。気軽にご指摘して頂けると大変助かります。
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これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願いします。




