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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
22/62

兄妹の在り方




-10159♭-




中2の5月下旬の土曜日。

休日の女子バスケ部の練習は、朝から行われた。もうすぐ大会が始まる。3年の先輩達にとってはそれが全国大会への最後のチャンスだった。


あたしは練習開始の40分前に着いて後輩と談笑しながらコートの準備をしていた。


練習開始の30分前。3年生にしては早すぎる時間にマコ先輩は現れた。


“おはようございまーす!”


その場にいた全員がマコ先輩に挨拶すると、先輩は足早にあたしの方に向かってきた。


「せ、せんぱい…?おはようごz…」


「なんで昨日急に消えたん?」


先輩はいつもの無表情な顔をあたしにゆっくり近づけてくる。


「え、えぇ?!そ、それは…」


「どうやって消えたん?瞬間移動?イリュージョン?キャトられた?」


「きゃ、きゃと…?す、すいません、言ってる意味が…」


「……わたしはあの後、いなくなったあんたを探して一回ここまで戻ってきたよ。」


「えぇ??!なんで学校?!!そんな、すいません、声掛ければよかったです…。」


「………学校は、一番エナジーがあるらしいから…。ムーに書いてた。」


そう言いながら先輩は体育館の天井を見上げた。


「…へ、へぇー…あの、すいません、本当よく分からないんですけど、昨日は先輩が狸見かけて急にダッシュしたんですよ?走り出す時に“お疲れぃ!”って言ってたから、もう帰って良いものかと…。」


「…………へぇー…ふーん。……そうかもしれない。」


「ふふ!次からはちゃんと声掛けますね!」


「………よろしゅう。」


先輩はそう言って少し離れてストレッチを始めた。





「あ、あの、先輩…、どうやったらマコ先輩とあんなに話せるんですか…?」


後輩の一年が羨ましそうにあたしに尋ねた。


「え?いや、全然マコ先輩は…」


「似た者同士やからなー!ぃしし!」


ソラが割って入ってきた。


「似てる?!先輩とあたしが?!」


「先輩の前では言えんけど、この子とマコさんは『ヘンコ』同士やから、波長合うんやろね!あは!まぁ、先輩の方がバスケは百倍上手いけどな!」


「うっさい!そんなん知ってるわ!」


「あー、なるほどー。」


「オイ!一年!納得するな!」






練習は昼ご飯の休憩を挟んで16時頃まで行われた。


練習が終わって校門を出るとまたマコ先輩が何処からともなく現れて、無言であたしの首根っこを掴んで歩き始めた。側にいたソラ達は“お疲れ様でーす!お手柔らかにー!”と言って笑っていた。


帰り道、先輩はコンクリートのシミだけを軽快に踏み歩きながら、おにぎりの好きな具と羊毛の刈り取り方についての話をしていた。

少しだけ勇気を出して“バスケってどうやったら上手くなりますか?”と訊いたら、“部活中以外でバスケの話はしたくない”、と一蹴された。けれど、“じゃぁ好きなバスケ選手は?”と質問すると、目をキラキラさせながらあたしの知らない選手まで列挙していた。少し、可愛かった。


「今日はちゃんと挨拶しますね!お疲れ様です!失礼します!」


「……お疲れ。」



先輩は特に笑顔を見せることもなく帰って行った。あたしはまた少し先輩と仲良くなれた気がした。






-10159-




帰宅して、またいつものように洗面所で手を洗っていると、怪訝な声をした母がまた昨日と同じような話を始めた。


「なぁ、あんた。さっきまた“オカザキ”って男の子から電話来たよ?“近くの児童公園で遊んでるから来て”って言ってだけど、、なんかあった?」


「………ううん!……あたし、ちょっと公園行ってくるわ!そんなに遅くならんと思うから!」


母は心配そうにあたしを見送った。


空はまだ夕陽手前の昼下がりで、雲が少しずつ覆い始めていた。



なんとなく、思い当たることはあった。


あたしの通う中学は“オカザキ姓”が割と多かった。

そして、その苗字を持つ人達はこの地域内では、誰もがちょっとした親戚らしい。『部落』と言えば聞こえは悪いが、そういった同じ苗字の家が集中する土地柄が、学区の一部に存在していた。

その一部の場所は、偏見ではなく、あまり治安の良い場所とは認識されていなかった。


あたしが先日お断りした“オカザキさん”も、恐らくそれに該当している。彼女はすごく大人しくて優しい、そして友達も多い子なのは見てわかっていたけれど、彼女にもし学生ののお兄さんや中3の従兄弟がいて、その人達が気性の荒い人だったら…。それ以外に男子のオカザキに心当たりはなかった。


家から歩いて3分程のところにその公園はあった。幼稚園の頃からたまに遊んでいる公園だ。

楽しそうにはしゃぐ小さい子どもやそれを見守る母親、サッカーをする小学生達。それらとは明らかに違う雰囲気の、腰にチェーンをぶら下げた背の高い男性の4人組が公園の1番奥いた。


あたしの勘は鋭かったようだ。




あたしがそのグループへ向かって行くと、4人も合わせるように向かってきてあたしを取り囲んだ。その中では一番身長の低い男が顰めっ面をしてこちらを睨みつけていた。



「あの、“オカザキ”さんですか?」


「…おう、そうや?お前何回も電話させんなや。」


「…どこでうちの電話番号知ったか分かりませんけど、もうかけるのやめてもらって良いですか?母が心配するんで。」


「あ?お前が始めっから電話に出ときゃぁええんちゃうんかコラ?」


目の前にいるオカザキは、顎を引いたり出したりしながら、あたしを威嚇するように話していた。


「…話は何ですか?」


「お前、オレの妹のこと酷い振り方したらしいやんけ?」


「そんなことしてませんけど?」


「振ったやろ?!って聞いとんねん。」


「それはまぁ。」


周りの3人が“マーちゃん可哀想になー”とヘラヘラ小声で話している。


「オレの妹泣かせたやろ!?」


この人は、恫喝しているつもりなんだろうけど、あたしには妹想いの優しいお兄さんにしか見えなかった。


「…優しいですね、あたしも兄がいるから、わかります。」


それを聞いて他3人が爆笑していた。

オカザキだけが顔を赤くして怒っていた。


「なんじゃお前!オレの話聞けや!」


「だって、妹さんの為にわざわざ電話番号まで調べたんですよね?」



“そらそーやわ!”

“おもろコイツ!”

“やさしーお兄ちゃんやもんなー”



そんなことを言いながら腹を抱えている3人の方を向いてオカザキは“黙れやしばくぞ!”と怒鳴っていた。


「…お前なぁ、女やからって優しくされると思ってんのか?オレはそういうの関係ないからな?」


「……はい。」


“望むところじゃ”とか、言えたら格好がつくけど、本音を言うとかなり怖かった。弱い顔や態度を見せないようにすることで精一杯だった。


3秒くらい睨み合った。



「…………あークソ!なんやねんお前!……ひとつ答えろ!」


オカザキが先に目を逸らした。何か諦めたみたいだった。


「……はい。」


「なんで、、抱きしめたんじゃ?お前振ったくせにそういうことすんのか?」


「あ、、」


「オレはそういう、好きでもないくせに変な気だけ持たせる奴大っ嫌いやねん。」


返す言葉が無かった。この人の言う通りだった。


「あ、いえ、その時は、目の前で泣かれて、あの子…妹さんも頑張ってあたしに想い言ってくれたんやと思って、それで頭をポンポンしたら、、」


「したら?」


「……あの子が飛びついてきて、突き放すとかは、出来ませんでした。お兄さんの言う通りやと思います…。妹さんを傷つけてすいませんでした!」


あたしは目の前にいる心優しいお兄さんに深く頭を下げた。


「………もうええわ。頭上げろ。もうお前殴る気なんて無くなってしもーた。」


「…はい。」


「まぁ、お前のことはむかつk…ぅわ…。」


オカザキが目をやった先に、こちらに向かって全力で走ってくる女の子がいた。“オカザキさん”だ。

彼女は自身の兄に飛びかかった。


「アニキ!アホ!!こういうの絶対やめて!!って言ったんやんかボケ!!!私の先輩に手出すな!!アホ!!」


兄の各所を蹴ったり叩いたりしながら彼女は大声を上げて泣いていた。


「ちょ、まてって!ちょっと!兄ちゃんは、おまえのためにな?」


「私の為にするなら、何でいうこと聞いてくれへんの!!!?信じられへん!!」


“ぎゃはは!!おもろ!”

“マーちゃんバリ切れてるやん!”

“何コレ?!ひひひっ…!”


もう取り巻き3人は腹を抱えてひたすらに笑っている。

“オカザキさん”はひとしきり兄を罵倒し、シュンとさせた後、あたしの方を向いて頭を下げた。


「先輩!すいません!うちの兄本当アホで、私が昨日のこと話したら怒り出したんです。私は“嬉しかった”って伝えたかったのに、この人聞いてくれんくて…すいません!あの……殴られたりしてませんよね…?」


「…え?あーそれは全然、、。お兄さんもあたしのこと殴る気ないって言ってたし。」


「良かったー。」


「でも、お兄さんの言ってることは合ってるで。断るんやったら、変な優しさなんか見せたらあかんよね。お兄さんはほんまにオカザキさんのことを大切に思ってるんやね。ごめんなさい。」


「そ、そんな!私の方から飛びついただけですし!私は、すごく嬉しかったです。」


「……。」


あたしは何も返せなかった。返す言葉が、全く浮かばなかった。




「ほら、もう帰るでアニキ!笑ってるみんなも!行くで!」


オカザキさんはまるで女ボスのように全員に号令をかけ、あたしに笑顔で挨拶した後、男達をゾロゾロと連れ帰り始めた。男性陣が子ゴリラの群れみたいでちょっと可愛かった。


「…兄ちゃんな、マーがあの女に惚れたんわかるわー…。」


「せやろー?!でも、どーせ好きなってもアニキは振り向いてもらわれへんよ!」


ついさっきまで喧嘩していた兄妹とは思えないくらい楽しそうに会話をしながら、彼女達は帰って行った。







家に帰ると、母が玄関まで駆けつけてあたしに何があったかを尋問し始めたけれど、“楽しく遊んできた”と笑って誤魔化した。

リビングでは漫画を読んでいる兄がいた。


なんとなく、兄にカマをかけたくなった。



「なぁーお兄ちゃん。」


「……なんや?」


「さっきな、あたし男4人に囲まれてん。殴られそうなって、めっちゃ怖かったわ。」


「……そうかー。」


兄はそのまま漫画を読み続けている。


「……あのさ、可愛い妹が危険な目に遭ったのに少しは心配せんの?!」


「…だってお前怪我ないやん。」


「そ、そうやけどさー!もうちょっと兄らしく心配したり焦ったり、相手に怒るとかない?!」


(パタンっ……)


漫画を閉じた兄が、あたしの顔を真顔で見つめた。


「お前、ほんまに嫌なことあったら絶対おれには言わんやろ?おれに言ってきたってことは、まぁ、そんな大したことじゃなかったんやろ。」


「あー………。」


「な?お前は昔からしょーもないことだけ大袈裟に言ってくんねん。……よし、またお前の部屋入るぞ。これの続きの巻借りるわ。」


「…あっ!それあたしの漫画やん!もうー!また勝手にあたしの部屋入ったやろー!お母さん!この人に何か言ったってやー!………………」





あたし達は、まぁ、仲の良い兄妹なんだろう、と思っている。





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