憧れの先輩に
-10151-
生まれて初めて“交際目的の告白を受けた”翌日、あたしは授業と授業の間に一年生の教室を回った。オカザキさんの名前しか分からなかったので、手当たり次第に各クラスを訪ねるしか手はなかった。四つ目の教室の前、入り口にいた女子生徒に声を掛けた。
「あのー、ごめん、オカザキさんってわかる?」
「え、、オカザキって、どのオカザキですか?一年生にオカザキは3人居て…」
「っ、そう。………あ、陸上部の!」
「あーマーちゃんですね!分かりました!このクラスです!呼びますね?」
彼女はそう言ってオカザキさんを呼びに行った。教室の奥の方で“キャァー”という複数の女子の悲鳴…みたいなものが聞こえた。
オカザキさんは走って入り口まで来た。
「お!お待たせしました!!」
「あ、やっほー、。、」
「わ、わざわざ探してくれたんですね…。」
何故か彼女は嬉しそうな顔をしていた。
「あの、昨日はごめんね?」
「え?!いやいや!私が急に押しかけたので、!」
「せっかく勇気振り絞って、部活終わるの待ってまで来てくれたのに。…あの、ちゃんと返事しようと思うんやけど、次の休み時間、昨日と同じところ来てくれる?」
「……はい!絶対行きます!」
次の休み時間、その場所に行くとオカザキさんと、遠くの物陰から複数の女子がこの光景を見守っているようだった。彼女は友達が多くて、この恋を応援されているみたいだ。
でも、誰が見ていようとあたしは自分の想いを彼女に告げるだけだ。彼女の方へ向かった。
「ごめんね?お待たせ。」
「い、いえ!」
「で、早速返事の話したいんやけど、…」
「ま、待ってください!」
「…どうしたん?」
「わ、私は昨日、先輩に、じ、自分の気持ちを伝えにいっただ、だけなので、その、それ以上は…。」
「……オカザキさんがそれで良いなら良いんやけど、わざわざここに来たのって、返事聞きに来たからじゃないん?」
「…………そ、そうです。」
「あたしも、オカザキさんが真っ直ぐ言ってくれたみたいに伝えるから、ちゃんと聞いてほしい。」
「……分かりました。」
「………。」
あたしは頭を地面に向かって振り下ろした。頭の中で、キャプテン達があたしに頭を下げた時の絵が浮かんでいた。
「ごめんなさい!…あたしは、オカザキさんとは付き合えないです!……これは、オカザキさんが“女やから”とか、そういうんじゃなくて……。あたしは知り合ったばかりの、好きでも嫌いでもない人と付き合うとかできません……!」
“バスケに集中したいから”、“あたしよりも良い人がいるから”、嘘を吐かなくても断る言い訳はいくらでも思い付いていた。けれど、ちゃんと“本当の気持ち”を伝えたかった。それを伝えることが、彼女に対する一番の返事だと思った。
オカザキさんはその場で泣き出してしまった。泣きながら“はい”と言っているように聞こえた。
あたしがそのまま様子を見ていると、彼女が泣きながら口を開いた。
「あ、ありがとうございます…ちゃんと、向き合ってもらえて、すごく、うれじい……。」
その姿を見て、急にこの子が愛おしく思えてきた。勿論それは恋愛感情ではなかったけれど、ほんの少しだけ、優しくしてあげたくなった。
(ぽん…ぽん…)
彼女の頭を二度、軽く触った。
すると、彼女は声を上げて泣きついて来て、あたしは少しだけ彼女を抱きしめた。
昔からハグは好きだったから。
数十秒後、鼻水でズルズルになったあたしのジャージに何度も謝罪した彼女は、“ありがとうございました!最高の時間でした!これからも応援してます!”と笑顔で物陰にいるギャラリーの元へと向かった。
ギャラリー達は大興奮だったようで、あたしがその場所から離れても、暫く黄色い声が聞こえた。
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オカザキさんの告白を正式にお断りしたその日の放課後練前にソラに声を掛けた。
「あのさ、、」
「なに?準備あるから早くしてー。」
「…ちゃんとオカザキさん、断れた。」
「…あ、え、そうなん?!なんやー!知らん間にちゃんとやったんやー!偉いなあんた!早よ言えやー!」
(ゴッ…!)
ソラはあたしの鳩尾に跳び膝蹴りを喰らわせた。
「っっ………!!こ、今回のことは、ソラのおかげやから、こういうのも許したるけど、次こんなんしたらコロスからな!」
(ゴッ……!)
「っっ!いったー!!あんた許す気ないやろ!」
そんな感じで戯れ合いながらあたし達は部活へ向かった。
そしてこの日もバスケ部の練習はいつも通り厳しく行われた。
(パンッ!パンッ!)
監督の手が鳴った。その合図は次の練習への移行の知らせだった。
「タッグパスー!」
キャプテンの声に合わせて全員が“あい!”と大きく返事した。
タッグパスは単純に2人一組のパス練習だ。部員にとっては一番楽な練習だったけど、監督が言うには“タッグ相手のことが分かる一番の練習”だった。あまり意味は分からなかった。
タッグの相手は任意で組まれていく。基本的にはいつも決まったコンビがペアを組んだり、溢れた者同士がペアになっていた。
中1の頃はペアを組むが見つからなくてよく“溢れた者”になることもあったけれど、今はソラとよくペアを組んでいた。
ソラはその日も“タッグパス”の声が掛かると、あたしの方に手を挙げて駆け寄ってきてくれた。あたしもそれに応えようとした。
「ソラー……ぐえっ!!?」
「…あ…えぇ?!」
「………ソラ、今日この子はわたしのんやから。わたしのんやから、それで良い?それで良いよね?」
あたしに容赦なくチョークスクリーパーをかけて軽々と持ち上げていたのはマコ先輩だった。
「……!い、いや!いやいや!マコさん!!この子死にますって!!!」
「………あ、そっか。」
マコ先輩はあたしをすぐに離した。咽込んでいるあたしの背中をソラが摩ってくれた。
「………。」
「あ、あのー、マコさん…?どうしました?」
屈んで背中を摩るソラと介抱されるあたしを、先輩は高い身長から無表情で眺めていた。
「………ソラ。」
「は、はい!」
「…………今日この子はわたしのんやから。他の子と組んで?おーけー?……オゥケィ……?」
じわーっとマコ先輩の顔がソラの顔に近寄っていった。
「は、お、押忍!りょーかいしました!」
ソラはそそくさと介抱していたあたしを手放して、別のタッグを探す旅へ出て行った。
残されたあたしは、マコ先輩にずっと見下ろされていた。
「……………ま、まこせんぱい?」
「………………パス。」
「……あ、パス?」
「……しよ、パス練習。」
「…あ…….はい….。、」
先輩がこんなにもよく分からない人だとは知らなかった。バスケが上手いのは充分知っていたし、練習中、一瞬でも途絶えないように全員で出す大きな掛け声を、一番小さい声量で出していたことも知っていたけれど、あたしはこの先輩のことをまだまた知らなかった。
マコ先輩とタッグパスをするのは入部したての頃以来だった。
(……パシっ!……パシっ!……パシっ!……パシっ!……)
こうしてパス練習をしていると、それだけでこの先輩の上手さが分かった。正確に、殆どブレもなく毎投あたしの胸元にボールが吸い寄せられてくる。
(……パシっ!……パシっ!……パシっ!……パシっ!……)
「……ん、やっぱり、良い……」
「え?何が言いました?」
「……あんたはパスが上手いね。」
「あ、、ありがとうございます…!」
「……あんたは、他人の気持ちがよく分かってるから……相手に合わせたパスを出せる。」
「はぁ……。?」
「………わたしは、中1の頃から県選抜に選ばれて、色んな上手い人とやって来たけど……あんたのパスが一番…好き。」
「っ!ほんとですかっ、、嬉しいです!」
「………もう少し速くしてみて?」
「はいっ!…っ!」
(バシッ……!!)
「………うん、速くても取りやすい。あんたは回転の掛け方と、相手の取りやすいところが分かるんやね。……これからも、これくらい速くパス出してもみんな取ってくれるよ。」
「え?そうですか?」
「………うん……シュートはクソ下手やけど……ぬふ。」
「……?今、なんて言いました?あんまり聞こえなくて。」
「……ううん。なぁ?あんたガードだけ練習しいや。」
「はい?」
「…他のポジションもうやらんで良いから、ガードだけ考え。練習も、ガードに関係あるやつだけ死ぬ気でやり。」
「えー?意味わからないんですけど。そんなんしたら監督に…」
「監督にはわたしが言っとくから。ガードの練習と、…シュート練習もね、…ぬふ。」
「………??」
掛け声を出しながらのこの会話は、あたしは半分くらいしか聞こえなかった。でも、先輩があたしのパスを上手と言ってくれたことは、いつ思い出しても鳥肌が立つくらい嬉しかった。
「………あー、あと。」
「はい?」
「………今日もわたしと帰る?帰りたい?帰るよね?……オゥケィ??」
「あはは…分かりました!帰りましょうー。」
すごく不思議な人だった。
ただ、この人が後々バスケの名門高校に行って、一年生にして県内トップ選手になるのは何ひとつ不思議ではなかった。そして、その後県内で“変な天才”と異名が付いたことも、あたしには容易に納得できた。
その日の帰り道。
マコ先輩はあたしにモンゴリアンデスワームの脅威と、コッペパンの陰謀論をあたしに説き伏せている最中、目の前を横切った狸を追い掛けて、何処かへ行ってしまった。
こんな感じの、自由で訳の分からない先輩と少し仲良くなれているような気がして嬉しかった。
あたしはそのまま帰宅した。
荷物を部屋に置いて洗面所で手を洗っていると、母から変な質問をされた。
「なぁ、あんた、男友達で仲良い人おる?」
「んー?まぁ、いると言えばいるかな。学校で話すくらいやけどー。」
「オカザキって人知ってる?」
「んー、男子の?」
「そう。なんか、“近くの児童公園で遊んでるからあんたにも来て欲しい”って家に電話あったで?あんた部活してるのにねー。」
「ん??わからん。男子でオカザキ…あーオカザキは、、」
なんとなく、嫌な予感がした。
「知ってる人やった?」
「あー、、まぁ、また電話来たらあたしが出るよ。」
母ににあまり心配かけたくはなかったし、あたしの予感も当たっているかわからない以上、あまり大袈裟なことは言えなかった。
その日は、知らない“オカザキ”からの電話は来なかった。
お読みいただきありがとうございます。
彼女の生きた人生をダラダラと見守っていただければと思います。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。




