熱でもあるのかな
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別にソラと喧嘩した訳でも無い。あたしがフラれた訳でも無いのに、落ち込みながら家に帰っていた。
別れ際にソラが不思議そうな顔で放った言葉が、どうにも心に引っ掛かって取れなかった。
考えている間に家に到着してしまった。あたしは一度それををそのまま置いておくことにした。
母は相変わらず元気にあたしを出迎えた。ただ、なんとなく少しだけ寂しそうだった。
寂しそうにしている原因はすぐに判った。父は出張、兄は遅くまで高校で勉強、そして弟は祖父母の家にお泊まりになったそうで、あたししか相手をする人間が居ないらしい。母はウキウキであたしに夜ご飯を振る舞い、食べているあたしの顔をホクホク顔で見ていた。
「…なに?ちょっとお母さん、こっち見過ぎ。」
「んー?だって珍しいやん♪女子2人♪」
「…女子って…お母さんそんなねんれi…」
「ん〜???」
ハッキリと、母の後ろに社会の教科書で見た金剛力士像が見えた。
「あー、、、ご、ご飯美味しいわー!」
「ふふーん♪そりゃお母さんが作ったんやから当たり前や!…それで、今日は何があったん?」
母は笑顔であたしに尋ねた。
「え?なんもないよー。普通に部活疲れた。」
「へー。普通か?」
母は“普通”という言葉があまり好きでは無かった。母自身も使うことはあった言葉だけれど、真剣な話の時に限ってはあたしや兄がその言葉を使うと、“普通って何?”とよく聞き返された。
「…んー、いつも通り、ってこと。、」
あたしは食事を進めながら会話をした。
「いつも通りかー。へー?じゃぁお母さんの勘違いかぁー。」
「ん?」
「なーんかね、いつもと違うかった気がしたから、聞いてみただけ♪」
「…んー。」
母はあたしの何を見てそれを判断しているのだろうか。思い返すと、いつもあたしの微妙な心の変化に気付いていた気がする。
ご飯を食べ終わり、食器をシンクに入れて部屋に戻ろうとすると、母は予め用意していた紅茶と洋菓子を食卓に並べた。
「はい!これ食べとき!お母さん洗い物片付けるから!待ってて!」
母は、あたしを逃す気はなかった。
「〜♪〜〜♫」
懐かしい洋楽の曲を鼻歌で口ずさみながら母は洗い物をしていた。あれは父も大好きな、アメリカの兄妹デュオの曲だ。
あたしはクッキーを頬張りながら紅茶に手を掛けた。
「……なぁ、お母さんは昔…っていうか、あたしと同じくらいの時って、モテてた?」
「んー?そうやなー。…お父さんには秘密やで?」
母は楽しそうに蛇口の水を止めた。洗い物が終わったようだ。
「お母さんはねー、あんまりモテてなかったかなー。チビで太ってたし。」
「そうなん?!今そんな痩せてるやん!」
「そうねー。でも、あんたの歳くらいから急に背が伸びて痩せたかな。あんたもこの間急に伸びたやんか?」
「あー、うん。」
「背が伸びだ時は、モテたというか、手のひら返したみたいにお母さんに言い寄ってくる男子は多かったかなー?ふふ♪」
母はエプロンで手を拭きながら食卓に小走りで向かってきた。
「へ、へぇー…。すごいねー…。」
母は嬉しそうな顔をしながら、待ちに待ったと言わんばかりに着席してクッキーに手を伸ばした。
「ただ、お母さんの若い時はねー、今とは違って、直接告白なんてあんまり無かったからねー。その頃好きやった人からは告白されへんかったなー。」
母は紅茶を啜りながらクッキーを細かく食べていた。
「ふーん。じゃぁ、結局“付き合う”みたいなんは無かったん?」
「そーやねー。無かったなー。あんまりそういうのもその頃は分かってなかったからぁ……ん?あんた、もしかして誰かから告白された?」
「……っ!!…っゴホっ!」
あたしは母の質問に肯定するように咽返してしまった。
「ゴホっ…!…コホっ!な、何でそういうこと聞くん!?」
「えー?そうかなって♪大丈夫?」
母は背中を摩りながら、やっぱり楽しそうだ。
「…んー、うん。今日、急になんか…。」
「へー!物好きな人もおるもんやわ!誰誰?お母さん知ってる子?」
「……知らんと思う。」
「へぇー?でもあんた小学校の頃、なんでかクラスの男の子から人気あったやんか?」
「あれは!…あれはなんか言い逃げみたいな、別に“好き”って言われただけで…」
「じゃぁ今日は“付き合って”って言われたん!?はぁー、明日雪降るんちゃう?」
「……お母さんテンション上がり過ぎ…。」
母は楽しげにガールズトークを繰り広げようとしていた。というか、今思えば娘とこんな話を出来るのが嬉しかったんだ、と思う。
「で、どんな子に言われたん?クラスの子?」
「…違う。」
「先輩とか?」
「ぶー。」
「えー、後輩?!」
「……うん、後輩っていうか、知らん一年生…」
「イヤーこの子!知らん間にそんなにお姉さんなって!」
母はあたしの肩を軽くポンと叩いた。お酒を飲んでいるみたいにテンションンが高かった。その目は、ついさっきの更衣室のソラみたいにキラキラしていた。
続けて質問を投げかけてきた。
「て?どうしたん?」
「……。なんかな?あたしが“友達になりたい?”みたいなこと言ったら泣いて帰って行った。」
「えー?何でそんなこと言ったん?」
「それはもうソラに怒られたー。」
「あー。あはは!ソラちゃんの方があんたよりお姉さんやわ!」
母は笑っていた。
「……お母さんはさー、男子だけ?」
「え?何言うてんの?」
「例えば、その、相手が女の子とか……」
あたしは紅茶のカップを少し強く握りしめていた。
「…………あー。女の子の一年生に告白されたん?」
さっきまでの顔とは少し変わって、母は落ち着いてあたしに訊いた。
「…んー、うん。なんかいきなり呼び出されて、急に“好き”とか言われて……」
「………そうかー。それで焦って“友達になりたい?”とか聞いたんや?」
「……ん。」
「あーそっかー……。うんうん。……お母さん、その子の気持ち分かるなー。」
「分かるん?!」
「お母さんはそういう経験ないんやけどね。なんやろ、“憧れの先輩”みたいな人って、おるやん?それって同性の人にも居て、それが恋愛対象になるーみたいな。」
母は懐かしそうに両手でカップを持ちながら天井を見上げていた。
「…あたしもバスケ部に憧れてる先輩はおる……けど、そんな気持ちにはならへん。」
「それはあんたがならんだけやろー?そういう気持ちになる子もいっぱいおるってこと。自分がそうじゃないから周りもそうじゃないなんて考えるのは、お母さんは良くないと思うなー。」
あたしはこの言葉を聞きながら、“普通って何?”と尋ねる母の顔を思い出していた。
「お母さんもね、そういう憧れの女の先輩はいたよ?…でも、告白なんか出来へんかったなー。告白したらその人に“変態”やと思われるかも知れんし、もしかしたら噂が拡がってみんなから変な目で見られるかも知れんし…。」
母は紅茶を一口啜って言葉を続けた。
「そうかー。その子は、めっちゃ勇気振り絞ってあんたに告白したんやろうねー。」
母がソラと同じことを言った。あたしがソラに甘えている理由が、少しだけ判った気がした。
「…それ、ソラも言ってた…。」
「…そうか。ソラちゃんは大人やね。……あんたはどうするん?このまま無かったことにする?」
母は優しい顔をしながらあたしに尋ねた。
「……ん。頑張って考える。」
「せやね。お母さんはあんたのことを、“そういう目で見る”子に育てたつもりはないよ?」
また母がソラと似たようなことを言った。
「…“そういうの”って何なん?あたし分からん。」
「分からんの?あんたなら分かるよ。お父さんとお母さんの子やもん。」
「……女が女好きとかを変に思わないってこと?」
「ふふ、そうやね。今はそれで良いと思うよ。」
母はひとしきりクッキーを食べて笑った後、“早よ宿題しぃやー”と言ってあたしを部屋へ戻した。
宿題を済ませてベッドに飛び込んだ。
仰向けになって、オカザキさんへの返事を考えていた。
その答えを探しながら、あたしの頭の片隅にソラと母が言った“そういう”の言葉がチラついた。
もしかしたら、あたしも“そういう”人なのかも知れない。
ソラに“好きな男子おらんの?”と聞かれた時、オカザキさんに“先輩は好きな人居ないと聞きました”と言われた時、あたしの頭に反射的に浮かんだのは、リリやキャプテンやマコ先輩、そしてソラの顔だったんだ。
変な気持ちになったあたしは、熱でもあるのかな、と手の甲を額に当てながら、そのままお風呂にも入らずに眠りについた。




