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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
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薄荷ドロップ




小さい頃からおじいちゃんっ子だった。おじいちゃんとおばあちゃんに何故か兄妹で1番愛された。

あたしも2人が大好きだった。我が家の近所に2人は住んでいて、あたしは小学校の生活の半分くらいを祖父母の家で過ごした。実家よりも寧ろ祖父母の家にいる方が多かったかも。

よく兄に苛められて泣いたあたしが逃げ込む様に祖父母の家を訪れると、おじいちゃんは笑いながら頭を撫でてくれた。泣き止むまでずっと。

おじいちゃんのヘアトニックと吸っていたハイライトの匂いが大好きだった。寝る時は祖父の頭の匂いのついた枕を愛用した。たまにおばあちゃんが枕カバーを洗ってその匂いがなくなると、おじいちゃんの頭に枕を擦り付けた。

おばあちゃんは料理上手で、おじいちゃんと同じくあたしにだけやけに甘かった。おばあちゃんにはお手玉や歌やあやとりを教わった。おばあちゃんのシワシワの手を繋いで歩くのが大好きだった。


おじいちゃんは何度も禁煙に挑戦していた。缶のドロップキャンディを沢山買って、飴で口の寂しさを補おうとしていた。たまにおじいちゃんはいたずら心で、自分の嫌いな薄荷味のドロップを目隠ししたあたしに食べさせた。あたしが苦い顔を斜めに曲げると、おじいちゃんは笑いながらあたしを目一杯抱き締めた。おじいちゃんの腕の中は温かかった。





-10111-




小学校の頃は兄の影響で、男子がする様な習い事を多くした。

サッカーや空手、水泳。他にも座学系の習い事にも取り組んでいた。途中で辞めたものもあった。


バスケも昔から好んでよくやっていた。子どもの頃は身長が低かったわけでもないし、運動神経も女子の中だと割と良かったので、度々主要プレーヤーとして重宝されていた。ポートボールという、女子専用の謎の競技に関しては、バスケと同じ様な要領なのにすごく苦手だった。男子と戦うことのないスポーツを退屈に感じていた。あたしは「女」という理由で男子に負けたくなかった。


中学で入部したバスケ部は監督が有名で、練習が厳しく入部しても辞めていく生徒が多かった。あたしは、初めは下手くそで監督や先輩から怒られてばかりだった。同級生達からも笑われた。身長も部活内で1番低い組。毎日泣きながら帰って、次の日も朝練に向かう道で泣いていた。

「頑張れ!」

と、あたしを見送って笑いながら手を振る母の顔を思い浮かべると、母が死んだわけでもないのに涙が止まらなかった。



入部して半年くらい。気付いたら段々上手になってきた。部活が少しずつ楽しくなっていた。周りを見渡してみると、意外とあたしはスキルの高い所にいた。入部当時から上手だった同級生達は、何故か自分達より身長の低いあたしのことを見上げていた。少しだけ眩暈がした。


中1の冬に、初めてベンチメンバーの1番手に抜擢された。ベンチから1番コートに近い場所に座ることが出来たんだ。監督の期待に応えたい一心で、メンバーチェンジでコートに入ったあたしは一心不乱に走り回った。


試合後。コートにいた先輩達と監督から初めて褒められた!ただの練習試合だったけれど、その試合の注目選手は間違いなくあたしになっていた。心臓が高鳴って身体中が跳ねるみたいだった。


「オツカレサマデース、スイブンモッテキマシター。」


ベンチメンバーの中の先輩達が棒読みの敬語を使って寄ってきた。顔は笑っていたけど、目の奥は確実にあたしを睨んでいた。レギュラーメンバー以外の先輩達からすれば、一年下の後輩に追い抜かれたことが腹立たしくて仕方なかったんだろう。


「あんたさ、あんま調子乗らんといてな?」


1人の先輩が耳元で小さく囁きながら、誰にも見えない角度であたしの左胸を鷲掴みにした。すごく痛かった。



「ちっさ」



そう言いながら先輩は笑っていた。


あたしは、逃げたくなかった。




「あの、調子乗ってないから今試合出たんですよ。意味わからないですか?レギュラーの先輩達に聞いたらいいじゃないですか?」



比較的大きな、なるべくチームメイト全員に聞こえる様に声を出した。焦ったその先輩は、急いであたしの胸から手を離した。


「ちゃ、ちゃうやんかー!あほやなー!冗談やん?!何本気にしてるんこの子!」


作り笑いを見せながら周りに何か事が起こったか感じ取られない様にあたしから離れた。


あたしの中には絶対に今間違っていない自信があった。同級生であろうと、先輩だろうと、監督であろうと、あたしは間違ってなければ強くいていいと思っていた。

あの時、周りがみんな下を向いて泣いている中で、アイツだけはモダを睨み続けた。あたしは、あの強さが欲しかった。


そして今回の一件を経てあたしは、「アイツみたいになれた」と錯覚してしまった、んだと思う。


あたしの初恋は終わった様で終わってなくて、でも、またこれから強く燃え上がるような燃料もない。ただの憧れに変わっていたのかも。





-10111.9-




中1の初冬あたり、段々寒くなり始めて練習中に長袖の着用が許された。

体育館に工事が入る関係で、少し早めに帰宅したあたしは家に誰か居るのか確認していた。

その頃はすでに祖父母の家には泊まりに行かない様になっていた。朝練もあったし、2人の生活リズムを変えるのが忍びなくて、あたしは小学校卒業と共に“祖父母離れ”と称した“自立”をしていた。思い返すと可愛らしい“自立”。

この時、隠れて何かをしようとしたわけじゃない。ただ、今家に1人かどうかを確認しようとしただけだった。ちょっとした冒険心というか、誰もいない家を探検してるワクワク感があった。


あまり入ったことのない父の部屋を静かに開けた。




父はいなかった。当然、今も勤務中なのだろう。


父の部屋は殺風景で、机の上に、見た感じ古いPCと難しそうな本が本棚に綺麗に並んでいるだけだった。


特に何か勘付いていたわけじゃ無くて、少しの冒険心と大きな悪戯心で父の机の引き出しを引いた。




そこにはハダカの女性が表紙を飾る雑誌と、『桃の味』という名前の、胸の大きな女性の水着姿が厚紙の表紙に施された大判の、写真集みたいなものがあった。


あたしは開けてはいけないものを開けてしまったことを直感した。でも、その引き出しを素直には閉じれなかった。


その本達を少し避けて奥を覗くと、表紙を抜かれた真っ黒のDVDケースが見えた。


あたしはそのケースを引っ張り出して、両手で恐る恐るそれを開けた。




『緊●△女』

『⬜︎出調教』

『▲女凌※』




DVDがひとつのケースに数枚、表面にそんな文字と、母ではない女性のハダカが印刷されていた。

その女性達は、縄で◆られたり身△に落書きされていたり、外で服を◇いだりしていて、泣いたり喚いていたりしている様子だった。あたしは最近見た金曜のロードショーでのホラー映画を思い出した。



文字の意味は2割も分かっていなかった、のに、寒気と恐怖心が身体中を駆け回った。






(ガチャガチャ…ガチャ!)


「ただいまー。誰かもう帰ってきてるー?鍵開いてたよー?」



スーパーの袋の擦れる音と同時に、母の優しい声が耳に届いた。


これを母に見せることが絶対に駄目だと認識していた。無意識のうちに机に引っ張り出した全てを元に戻し始めた。



だけど綺麗に元通りに戻さないと、という気持ちもあった。父に、誰かがこの引き出しを開けた事実を悟られるのも家族の危機だと感じていた。



涙目になりながら、なるべく急いでその引き出しの中にあった物達の初期状態を思い出して、順番に並べていった。意外と順番は記憶していた。すんなりと引き出しは元の状態に戻り、あたしは中で本達が動かない様にゆっくりとその引き出しを押し込んだ。




「あ、やっぱりおるやん。帰ってたん?…お父さんの部屋で何してるん?」




母の声が後ろから聞こえた。少しだけ、さっきの優しい声とは違っていた。



「あ、、、おかえりー。ちょっとお父さんに用事があって…」



あたしは取り繕う様に笑ってそう言った。



「…なんか見た?」



母が困ったような、悲しそうな笑顔であたしを見つめた。



「違うん…そういう、、あの…つもりじゃ、なくて…別に…わるいことしようとは、してなくて…知らんくて…」



涙が止まらなかった。


自分が怒られることよりも、この家の中にある爆弾を、自らの手で着火したような、最もやってはいけないことをしてしまったと自覚していた。涙の原因は間違いなくそれだ。あたしが怒られて何事も無くなるならいくらでも怒って欲しかった。




「…あー……あんたねー。ほら、おいで?お父さんの部屋なんか勝手に覗くからやんかー。」




母は泣きじゃくるあたしの顔を見て、肩を落としながら溜め息をついた。既に母の顔は、優しい笑顔に戻っていた。



「おいで。」



あたしはお母さんの細い腕の中に飛び込んだ。謝っていいのか、どうすればいいのか判らなくて、ずっと泣いていた。



「お父さんはね、毎日頑張ってるの。毎日頑張ってるとね、たまに頑張りたくない時があるの。お父さんはそういう時にその引き出し開けてるだけなんよ。別にお母さんのことも、みんなのことも裏切ってない。だから、あんたも見なかったことに出来る?お父さんは全然変な人じゃない。お母さんはそんなお父さんも大好きやねんよ?

あんたはこれから色んな事を知っていく。色んな人に出会う。その時に、相手のことをすぐ変な目で見る様な子にはならんといてね?」




一言一句間違いなく、お母さんはあたしにそう言った。最後の方は何を言ってるのか正直わからなかったけど、お母さんの心がすごく広い、みたいな感覚。そしてあたしもお母さんみたいな、こんな人になりたい、という気持ちがそこにあった。



あたしはひとしきり泣いて、その日は父の顔を見れなかった。

翌日からは普通に出来ていた、と思う。








=======




あの時、玄関の靴を見てあの子がいることは知っていました。いっもならトイレにいてもすぐ大声で返事するような子なのに、返事が無かったので違和感を感じていました。

あの子が旦那の部屋に入っているのを見た時、年頃になって親の財布でも探してるのかなと、少し不安な気持ちがありました。

でもあの子の顔を見てすぐに分かりました。あの子は昔から好奇心が強かったから。

性教育が難しいことは理解していました。でも、本当に、なんて言えばあの子の父親を見る目が変わらないように出来るのか、必死で。これは誰も悪くない話だから、誰にも怒っちゃ駄目だと思いました。だから私はあの子を抱き締める選択をしました。

あの時言ったことは今でも後悔はありません。あの子の心の中にちゃんとあの時の言葉が根付いてくれていたのは、あぁ、良かったって思っています。




=======




お読み頂き有難うございます。

少しだけ性的な一面もありますが、これはあくまで彼女が成長していく為に出会った、必要なことです。

気分を悪くされた方がいらっしゃいましたら、深くお詫び申し上げます。

もし良ければ、ブックマーク、広告下の評価に星をつけていただけると幸いです。

とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。

これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。

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