あたしのお願い事
人生で、本気で怒ったのはいつなんだろう。そもそも本気で怒ったことなんてないのかも知れない。それくらい、自分の本気が解らない。
でも、たぶん大人になって“本気で怒ったのはいつ?”と誰かに聞かれたら、答えるのかは分からないけれど、あたしはこの時のことを頭に甦らせるんだろう。
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3人はあたしの閉めたロッカーの音のせいか、少し怯えた顔をしていた。
「な、なんなん…?」
「………は?」
「だ、だかr…」
「は?」
あたしは何度も聞き返しながらヤマネのすぐ側まで詰め寄った。あたしは床を見るようにこの女を見下していた。
「何て言いましたか?聞き間違いかも知れないのでもう一度お願いします。」
「……え?だから…」
「もう一度お願いします。何て言いましたか?」
「だか…」
「早く答えてください。」
「待って…」
「早く!!!」
ダンっ!!!!!
あたしは強く足を床に落として、床に当てた衝撃の音を3人に伝えた。やつらの表情なんて覚えていないけれど、特に金魚の糞2人に関しては、もう反抗する気が無いのは充分見て取れた。
ヤマネも少し震えるようにあたしを見ていた。
「あの、“水に流す”…って…。」
「違う。」
「え?」
「違いますよ?」
「……え…?」
「ついさっき自分で言った言葉すら覚えてないんですか?何を考えて話してるんですか?」
「……そんなk、」
「良いですか?あなたは今さっき、“水に流したる”って言いました。流し“たる”って。…これ、“流してあげる”って意味で合ってますよね?答えてください。」
「……え?あ、、」
「遅い」
ダンっ!!!!!
あたしはまた床を鳴らした。それが合図のようにヤマネは思考を巡らせた。
「あ、そ、そう…でも、それは…」
「ですよね?分かりました。先輩は、その前の話の中で、そのふざけた格好であたしに“はんせーしてる”って言いましたよね?答えてください。」
「そ、それはあんたg…」
「これはイエスかノーで答えられる質問です。あたしはそれ以上の答えを聞いていません。答えてください。コタエテクダサイ。」
ダンっ!!!!!
「ひっ、、わわかった!そう!言ったよ!」
「そうでよね?そんなふざけた格好でもあなたは反省しているんです。これは謝罪なんですよ、あたしに対する。なのに、そんな人が“水に流してあげる”??なんですかそれ?矛盾しています。反省してないのに嘘ついて反省してるふりしたのか、反省してたけど頭脳が致命的なのか、教えてくれますか?」
「…….え?えっと、、」
「あーあたしの質問が長くて理解できないですよね。あたしが代わりに答えましょうか?たぶん答えは“両方”ですよね?」
「………。、」
「ちなみにっ!あなた達がさっきまでビビりまくっていた他の先輩達、、キャプテン、副キャプテン、マコ先輩はこの場所で…後輩のあたしに対して、“助けてあげれなくてごめん”、“見て見ぬ振りしてごめん”と、そんな椅子に座りもせずに、あたしが“やめて”というまで頭を下げ続けました。
今の先輩達とキャプテン達の差って、理解出来ますか?」
「………。」
「返事も出来ませんか?悔しいですよね。後輩にここまで言われるのは。」
ヤマネ以外のどちらかが口を開いた。
「な、なぁ、うちからも謝るからさ、もう今日はこのへんにしようや?話ならまたあしt、」
「は?………」
ダンっ!!!!!
「………っ!!」
彼女達の頭にはもう、この床を鳴らす音が刻み込まれていた。
魚糞が言った“このへん”で済ますつもりは、もうこの時のあたしには無くなっていて、自分の頭よりも先に言葉が口から出ていくような、不思議な感覚だった。
「……ハッキリさせましょう。今回、反省して謝っているのは誰ですか?」
「う、ウチら!」
「早い返事ですね。助かります。じゃぁ、水に流すのは誰ですか?」
「あ、あんた….のほう。」
「そうですね?解ってもらえて良かったです。」
3人は答えられ者が即座に反応していて、すごく、昂揚した。誰が答えているかはもう覚えていない。
「それじゃ、あたしが水に流して“あげる”条件が2つあります。条件というか、お願いですね。」
「……h、」
ダンっ!!!!!
「っ……!」
「ひとつ目。あたしは、先輩達に部活を辞めて欲しくありません。逃げないでください。『バスケ部を引退するまで辞めないこと』、これがひとつです。」
あたしは自分でも解らないくらいに流暢に話していた、と思う、たぶん。
「や、辞めないよ。辞めない。」
「…安心しました。簡単ですよね?別に今まで通り“塾”には勝手に行ってください。もうひとつは…」
「も、もうやめて…」
ダンっ!!!!!
魚糞が弱音を吐き出したので、あたしはまた床を鳴らした。やつらは黙った。
「『あたしの前では必ず笑顔でいること』これが二つ目です。」
「……え?」
「簡単ですよね?あたしは先輩達と仲直りして、誰から見ても仲良しの関係になるんです。」
「は?」
「あたしは、先輩達とも仲良くなりたいんですよ。分かりますか?仲良くなりたいのに、先輩達があたしのこと睨んでたらおかしいでしょ?仲良くなるんです。キャプテン達の前でも、部活以外の校舎の中でも。」
「……そ、それだけ?」
「はい。あたしの前では常に笑顔で、校舎で見かけた時は手を振ってくれても良いです。あたしはちゃんと振り返します…。」
イカれた条件なのは把握していた。でも、これがあたしのその時の答え、いや、あたしの中のバケモノが出した答えだった。あたしは、確実に笑っていた。
「わ、わかった。わかったから、今日はこのくらいにしよ?な?」
「は?誰に決める権利あるんですか?この虐めっ子。」
ダンっ!!!!!
「ご、ごめんって!わかったから、わかったから!」
「ふふ、そうですか。なら先輩達も着替えてください。一緒に帰りましょう?あと、一応理解力の無い先輩達には言っておきますけど、キャプテン達、監督、親にも言うことは禁止ですからね?あたし達だけの秘密です。言ったことが判ったら、あたしはすぐに先輩や監督に全て話します。あなた達がしてきたこと全部。分かりましたか?」
「……わk」
「遅いって」
ダンっ!!!!!
「わわかった!わかりました!もう今日は帰らせてください!」
「あはは!後輩に何で敬語使ってるんですか!面白い先輩達!あは!」
あたしは先輩達の荷物を待って、鍵を閉めて職員室に届け、校門へ向かった。
「先輩達は、あっちが帰る方向ですよね?あたしはあっちやからー、途中まで一緒ですね?楽しく帰りましょー?」
「………。」
「……笑顔は?」
「あ、はい。………あはは、えへへ。」
「そうそう!仲直りしたんですから!ふふ!じゃー校門のところで写真撮ってあげますね!」
「え?写真?」
「…いちいち聞き返す時、真顔になるのやめてくれませんか?“常に笑ってろ”、そういう約束です。」
「ご、ごめんなさい、……へへへ、しゃ、写真なんて、何でかなー?って!ハハ…」
「ただの仲直りの記念ですよー。ヤマネ先輩、携帯持ってきてますよね?貸してください!で、写真の撮り方教えてください!あたしが3人の笑顔の写真撮ってあげます!」
「………。」
「…おーい、」
ダンっ!!!!!
「は、はい…!」
あたしはヤマネの携帯を借りて写真の撮り方を教わった。
「はーい!じゃー笑顔でー!どーせならピースしてくださいよ!あはは!…撮りますよー?はい、チーズ!」
(カシゃ!)
これであたし達の仲直り記念撮影が終わった。
分岐点まであたし達は“笑顔で”で帰り、さよならをしてそれぞれの帰路についた。
ヤマネがその後すぐに写真を削除しようと構わなかった。そんなことより、3人があたしに笑顔を作らされて写真を撮られたことが何より大事だった。
1人で自宅に帰る途中、あたしの中のバケモノは何処かへ行ってしまったようで、姿は見えなかった。けれど、身体の中に確かに残る胸の高鳴りと、気持ちいいくらいの疼きは、あたしが眠りに着くまでずっと全身に纏わり続けた。
お読みいただきありがとうございます!
彼女の反撃編は、これで殆どが終了です。あとは後日談程度です。学校生活でのやり取りはまだまだあるのですが、それを細かく描いてしまうと他のものが手に付かないのと、あと内容が少し残酷になっていきます。もしこの話の続きを待つ声が聞こえたら、いつか描いてみたいと思います。
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とは言え、読んでいただけるだけで幸せです。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願いします。




