愉快な空間
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それぞれパイプ椅子に跨っている3人と、それを見下ろしながら無表情なあたし。それは、会話の中の立場をそのまま絵にしたようだった。
「こ、心当たりなんかないわ!でも…監督はウチらのことあんま好きちゃうのはわかるからさ…。」
「…だから、その“好きじゃない”って感じるのは、何か後ろめたいことがあるからじゃないんですか?
「そ、そんなん無いってば!あんた何も知らんのにちょっと色々言い過ぎ。」
「…塾って、本当ですか?」
「え…」
3人が目を少しだけ丸めた。ヤマネはあたしと話している手前目を合わせていたけど、残りの2人は下を向いていた。それでも判った。
「…塾って、他の子も通ってたりしますけど、普通早くても17時くらいからって聞きますよ?そんな学校終わってすぐ帰らないといけないものなんですか?」
「そ、そーや?あんたは行ったことないから知らんやろうけど、そういう塾もあるの!」
「帰りにジュース買ってのんびりお話しする時間はあるのにですか?」
「な、何なんそれ?!知らんよそんなん。」
「先輩達休む日って走り込み多い日ばっかりなんで知らないかも知れないんですけど、最近走り込みのコース、たまに外走ったりするんですよ。あたし、その時たまたま電柱にもたれてジュース飲んでる先輩達見かけたことあるんです。他の子が見てたかは知りませんけど。」
「あんた!それ、誰かに言っt…」
「言いませんよ。そんなどうでもいいこと。だから、他の子が知ってるか分からないって言ってるじゃないですか。」
「そ、そうなん?それやったら……」
「でも、あたしの後ろに監督も一緒に走ってましたよ。監督なら、見えてるかも…。」
「はぁ?!…ってか、証拠ないし、ウチらがやってたかも分からんし、たまたまその日だけ余裕あったんかも知れへんやんか。」
「…余裕ある時は、ああいうことしてるんですね。」
「………たまの息抜きやんか。塾も大変やねんって。」
「それだけ週に何度も塾行くのに、成績あんまり良くないですよね、3人とも。」
「…あんた、ちょっと言い過ぎちゃう?」
「いえ、別に。ただ本当のことを言ってるだけです。だって、補習受けてるの3人だけじゃないですか。キャプテンは“補習ギリギリセーフ”ってよく言ってますけど。」
「……だ、だから、頭悪いから塾行くんやんか!ちゃんと勉強してるんやって!」
「へー…。」
(ガタガタっ…!)
「あんた、ほんまにちょっとイキリ過ぎな?」
さっき怒ったのとは別の金魚のフンの片割れが立ち上がってあたしに近づいてきた。
「…さっき手荒なことしないって言いませんでしか?」
「それ言ったんはヤマネじゃ!アホ女!!」
ドっ!!!!
突き飛ばされたのは、相手の女だ。正確に言うと、あたしが突き飛ばした。
この女がビンタをしようとして腕を振り上げたので、あたしは相手の胸に勢いをつけて肩をぶつけた。こういった狭いスペースで殴られる時、後ろに下がるより間合いを縮めることが有効的なことは、小学校時代空手教室で教わっていた。
その片割れは自分が座っていた椅子に傾れ込むように綺麗に着席した。
あたしはそれを見て、少し笑ってしまった、と思う。
「痛ぁーっ!!こいつ何なん?!信じられへんのやけど!先輩殴った!」
「殴ってませんよ。あたしは先輩に近づこうとしただけです。そしたら先輩が思いっきり振りかぶるから、コワくて少し突き飛ばしちゃったんですよ。」
「コイツ、マジで腹立つ!ヤマネ!もう良くない!?最っ悪なんやけど!」
「やめときって!アンタの方から先に手出そうとしたんやろ?!悪いのはアンタの方!」
「でも、、」
「…ごめんな?この子ら気短くてさ。でも、やっぱりちょっと態度悪いんちゃう?なぁ。」
「……ひとつ、あたしが知ってること教えましょうか?」
ヤマネがこちらを睨んだと同時にあたしは切り出した。
「…なに?」
「……たぶん、監督気付いてますよ?先輩達がサボってること。それと、あたしに色々してること。」
「なんで?誰かチクったん?」
「チクったかどうかは知りませんけど、見てれば分かるんじゃないんですかね。先輩達の休みをあたしが伝えに行った時、溜息ついてました。」
「それだけ?それじゃー…」
「それだけじゃないですよ。あの、分からないですか?」
「…何がよ?」
「先輩達はあたしによく片付けを押し付けて帰ってましたよね?」
「押し付けるって言うか、あれはウチらがその後予定あるから頼んだだけやんか。」
「…そうですね、悪い言い方をしました。すいません。…あたしは誰にも言う気はありませんでしたよ。本当に。自分から誰かに言ったら負けって思ってたんで。でも、何度も1人で片付けしてて、誰かがそこを通りかかることくらいあると思いませんか?」
「……監督?」
「…はい。でも監督は、なんとなく気付いてるのか知りませんけど、あんまり何も聞かれなかったです。あたしも、聞かれても言うつもりはなかったですし。」
「そ、そう?なんや…」
ヤマネ達は少し安堵していた。
「でも“またお前1人か?”とかは聞かれましたよ?“はい”って答えたら、監督は手伝ってくれましたけど。」
「何それ?やっぱりあんた“お気に入り”やんか。」
「………あんまりあたしの言ってること理解できてないみたいですね。あたしの話し方が下手なのかも知れません。」
あたしは自分の中の“バケモノ”がもう喉の近くまで来ているような気がした。
「何その言い方。ムカつく。」
ヤマネはそう言って笑っていた。監督にサボっていることや後輩に嫌がらせをしていることを気付かれているのかという恐怖よりも、あたしが監督に気に入られてることをよっぽど妬んでいたんだろう。
「あと、あたしの同期の子は知ってます。みんなあたしが1人で片付けしてるの手伝ってくれてるんで、たぶん知ってます。あと、すいません、ソラにだけは、あたしの口から言いました。」
「別にそんなんはええよー。あんたらの評価とか要らんし。」
「それと、キャプテン達…というか、3年の人達もみんな知ってますよ。それは聞きました。」
「うそ?!…え、まじ…?やばくない?」
さっきあたしにビンタをしようとした女があたしの顔を見ながらそう言った。
「あ、あんた!3年の子らにチクったんやね?!」
ヤマネの表情も急に強張った。
「だから、あたしは言ってないですって。ただこの間…本当ちょっと前にキャプテン達から呼び出されて、聞かれたんで、答えました。」
「あんた!やっぱりチクってるやんか。」
「ヤマネ、ヤバイって!どうしよ、、。」
3人が急に慌て始めた。すごく、愉快だった。
「言っておきますけど、あたしは自分から言ってません。先輩達は“もうみんな気付いてる”って言ってましたし、あたしに確認を取っただけだと思います。それに、あたしは“だから助けて欲しい”とも言ってません。」
「あんたの言葉なんか信じられへんわ、!もうほんまに最悪。、。」
「そうですか?でも、あたしが助け求めてたら、もう先輩達から呼び出し掛かってるはずですよね?それが無いんですから。言ってること、信用できませんか?」
「……ま、まぁ、確かに。あんたの言うとおりかも…。」
「あたしが頼んで止めてもらったんです。」
「は?え?」
「“自分で解決するから手を出さないでください”って言いました。キャプテンと副キャプテンはすごく協力したそうでしたけど。」
「そ、そうなん??ほんま?良かった…そっか。」
3人が息を揃えたように慌てたり安堵したりする姿が、どうにも愉快で堪らなかった。身体が熱くなる感じがした。
「……ただ、あたしが頼ればいつでも力を貸してくれるそうです。キャプテンはそう言ってました。」
「せんって!今日も片付けとか一緒にやったやんか!な!?な?!」
3人が同じようなことをピーチクパーチク囀っていた。あたしは笑いが我慢できなかった。
「ふふ、ふふふ…!」
「ちょ、あんた何笑ってんの!?ふざけんといてや!」
「…すいません、、そうですね、今日は一緒に仲良く片付けましたね。」
「…何なんこの子、、あの子らが味方について気が大きくなってない?」
「もういいってヤマネ!やめよ?な?今日は帰ろや!」
金魚のフンの言う通りだ。あたしは今日はもう“ご機嫌”なのだから、このまま帰ればいいんだ。
「そうですね。もし、まだこれ以上何か言ったらキャプテン達に相談されるかも知れないですしね?ふふ…!」
あたしはもう笑った顔を隠す気はなかった。この場の空気が、この3人の顔が楽しくて仕方なかった。
「あんたな、ほんまに…」
ヤマネだけがまだあたしを睨みつけていた。椅子に座ってあたしを見上げて悔しそうに睨みつけているその顔が、可愛い子犬に見えた。
「何ですか?あたしは逃げませんし、言いたいことあるなら言ってくださいよ。先輩達ともっと仲良くなりたいですし…ふふ…っ!」
「あんた!!!」
ヤマネが大きめの声を上げた。取り巻き達は驚いていたけれど、それでもあたしには子犬が急に吠えたくらいにしか感じなかった。
可哀想なので笑わずに子犬の話を聞いてあげることにした。
「…何ですか?」
「こっちの弱み握ったからって、偉そうな態度取って…。」
「偉そうではないですけど、笑ってしまったのはごめんなさい。馬鹿にしたつもりじゃないんです。」
「……っんやねんこいつ…。」
「…あー言いたいことはそれだけですか?もう着替えて帰っていいですか?」
「………。」
この子犬は吠えるのが得意なだけで、言語化するのは苦手みたいだ。
3人はあたしの着替えが終わるまでずっと変わらずに椅子にしがみついていて、下を向いて何も話さなかった。そしてまだ練習服のままだった。
着替えを終えたあたしはロッカーから荷物をまとめて取り出していた。
「あの、先輩達のことはキャプテン達には言わないんで、安心してくださいね。だから、これからも一緒にバスケ出来たら良いかなって、思ってます。」
そんな気なんてサラサラなかったのだけれど、この一件で彼女達が部を辞めることになったとすれば、なんとなく後味が悪くなりそうだったので、辞めるという選択肢を無くしたかった。
「…知らんわ。…もういい。今までのことは全部水に流したるわ。」
ヤマネが捨て台詞のようにその言葉を吐いた。
「………は?」
あたしは目を大きく開けて、表情が固まった。目の光は、そこから消えていた、と思う。
ッッバダンっーーー……!!!!
あたしは、力一杯にロッカーの扉を閉めた。
3人の肩が上がるのを確認した。
あたしの中から顔を出していたバケモノが、暴れ出した。
お読みいただきありがとうございます。
目覚めなのか、芽生えなのか。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。




