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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
15/62

あたしが買います




-10139#-




その日の練習が終わり、一度更衣室で制服に着替えた後、周りのみんなと校門を出たところで“更衣室に忘れ物をしたから取りに戻る”と言って踵を返した。

そこにいた子達は“待ってる”と言ってくれたけど、柔らかく断った。ソラとクミが何かを察してくれたみたいでその場にいた後輩達も全員連れて帰ってくれた。




(ガラガラっ…!)


「お、お待たせしました!」


「あー来た!めんやで?急に。他の子はみんな帰った?」



キャプテンがいつもの口調であたしに話し掛けた。

更衣室にはレギュラーの中でも権力のある先輩が3人。キャプテンと副キャプテン、そしてマコ先輩がいた。

マコ先輩は我がバスケ部のエースで、バスケが物凄く上手で身長も恵まれていてた。あたしの憧れの先輩の1人だった。これは先輩方の引退後の話だけれど、彼女は監督から“目指せ日本代表”と寄せ書きに書かれるレベルの、歴代のバスケ部員の中でもトップクラスの才能の持ち主だだった。

その割にマコ先輩は学校生活では寡黙なタイプであまり考えていることがわからない人だったけど、ユーモアのセンスも高くて練習中にボソッとおかしなことを言ってみんなを笑わせたりする、プレーヤーとしても人間としても周りからの信頼が厚い人だった。


3人は、この更衣室にパイプ椅子が多数あるにも関わらず立っていた。



「大丈夫だと思います。みんなには“忘れ物した”って戻ってきたので。」


「嘘までついたん?そこまでせんでも『私に呼ばれた』って言って良かったのに。」



キャプテンが少し笑いながらあたしにそう言った。キャプテンは男勝りな性格で学校の中でも特に発言力の強い人だった。あたしはこの人にも憧れていた。今回のこの場も、話の進行はキャプテンを中心に行われた。



「あんたはすぐ気遣うからなー。」


「いえ、そんな、何か嫌な予感がしたので…」


「ほらー!この子やっぱり怖がってるでしょ?キャプテンがあんな誘い方するからやよー。ごめんね?怖い話じゃないからね?」



副キャプテンがまるで子どもを叱りつけるようにキャプテンをいなして、あたしに謝罪した。彼女はキャプテンの幼馴染で、バスケ部の縁の下の力持ちのようなポジションだった。すごく優しい先輩で、学校内では男子から人気トップクラスの美貌と性格を兼ね揃えていた。彼女には憧れという言葉は浮かばなかった。同じ性別なのに違う種族のような、そんな感覚を持っていた。



「あーごめんごめん。なんか私がこういう誘いするといっつも変な勘違いんされるんよ。」



そうやってキャプテンはあたしに笑いながら謝罪した。どうやら、この空間の議題はあたしが予感していたものとは違うらしい。



「それでな、あんたに聞きたいことがあるんやけど。まぁ、聞きたいというかなんというか…。」


「聞きたいこと?」


「んー、そう。私達も気付いてなかったわけじゃないんやけどさ……あんた“あの3人”から結構イジメ受けてるやんね?」



あたしは“あの3人”と言われて、“誰ですか?”なんて聞き返す程馬鹿じゃ無かった。あの“補欠メンバー”の3人のことだ。話の内容を少しずつ理解した。



「……イジメ、って言うほど酷くはないです。嫌がらせみたいな、そういうのは、まぁ。」


「あーやっぱりそうやんなー。うん。…ごめんな?私達全員気付いてたんやけど、なかなかあの3人もコソコソしててさ。私達的には、あの子らから受けてる嫌な分を少しは消したくてあんたに色々良くしてたつもりが、、余計にあの子らムカつかせたみたいやねんよ。」


「あ、いえ!元々先輩達にこんなことで頼るつもりはなかったので。それに、キャプテン達が色々教えてくれるのは、すごく嬉しいですし…。」


「あ、あのね、キャプテンだけじゃなくて、他の3年にも責任あるのよ。実際見て見ぬ振りしてたわけだし。辛かったよね?ごめんね?」



副キャプテンが後輩のあたしに頭を下げていた。



「や、やめてください!そんなことまでしなくても…」


「違う。これは私達のけじめや。他のレギュラーの子達も同じ気持ちなんやけど、全員であんた囲んだら余計に怖がらせると思って、今回私達が代表して話してるねん。助けてあげれなくて…ごめん。」



キャプテンもあたしに頭を下げた。




「…ほら!マコ!お前も頭下げろ!」


「………わたしはほんまに知らんかったから。」


「もう!あほ!知らなくても同罪って言うたでしょ?!早よ頭下げなさい!」



2人のバスケ部トップが無理やりマコ先輩の頭を掴もうとするけれど、彼女は背伸びをして頭に手を掛けられないようにしていた。頑なに謝ろうとしないその姿が滑稽で、あたしは吹き出してしまった。



「ぷっ!ふふふ……あははっ!なんなんですか!じゃ…じゃぁなんでマコ先輩は今ここにいるんですか?!あはは!」


「せやねん!あんたもそう思うやろ?!なんか知らんけど、“私達2人が話す”って言ってたらこの子もぬるぅっと付いてきてん。全然意味わからんこいつ!来たんやったら頭下げろやー!」


「………今日は暇やったから。それと…あたしは謝らないけど、なんか、あんたが可哀想やったから。」



すごく新鮮な言葉だった。あたしはマコ先輩のことが大好きで、否定したくはなかったけど、口が勝手に開いた。



「可哀想じゃないです。」


「……??」


「あたしは“可哀想”じゃないです。」



あたしの心は意外と穏やかで、顔はちゃんと笑えていた、と思う。



「嫌がらせは……始めはずっと独りぼっちで、めちゃ辛い時もありましたけど、途中から同期のみんなが助けてくれるようになりました。人に助けられるのって、恥ずかしくて情けないことやと思ってたんで、あんまり嬉しくなかったんですけど……少しくらい甘えていいんかなって。それで、みんなに甘えたら、喜んで助けてくれて、もっと仲良くなれた気がします。…それに今も、先輩達が心配してくれてます。だから…辛かったけど、“可哀想”じゃないです。」


「………ふーん。じゃぁわたしも謝るわ。ごめん。」



突然あっさりと、そして表情を変えずにマコ先輩は頭を下げた。必死に彼女の高い頭に手を伸ばしていた2人は呆気に取られていた。勿論、あたしも。



「えぇ?!なんでそうなるんですか?!謝る意味がわかりませんよ!!」


「…あんたは可哀想じゃないのに、そんな目で見ちゃってたから。あんたは可哀想じゃないし、強いね。」



心に陽が刺し込んだような気がした。

あたしがマコ先輩を大好きな理由は、バスケが上手いとか、ユニークだからじゃなくて、こういう嘘の無い、純粋な人だからだ。




目の前で3人の先輩達があたしに頭を下げている姿は、言葉にするのは難しい感情にさせた。恥ずかしいのと気持ち悪いのと、むず痒い感じ、そして高揚する感じが全て入り混じったような、そんな感覚だった。


「もういいですから!謝るのやめてください!」


あたしはその空気が耐えきれなくて先輩達に少し声を大きくした。先輩達はゆっくりと頭を上げた。



「じゃあ、帰りますか?先輩達も更衣室出ますよね?あたし鍵かけて職員室まで持って行くんd…」


「あー、違うねん。ごめん、もうちょっと。」



キャプテンが右手を出してあたしを止めた。



「あんな、、次の大会終わったら私達も引退やんか?」


「…はい、まぁ…。」


「んー…まぁ、“あの子ら”も試合には出たいと思うんよ。」


嫌な察し方をした。


「………それであたしが何かした方がいいんですか?仮病とか……」


「あー、違う違う!あんま先回りして聞かんといて。私達としては当然試合に勝ちたいし、思い出の為にあの子らがコートに出るのは間違ってると思ってる。どうせ試合に出すんやったらあんたとかソラの方がこれからの為にもなるしね。監督もきっとそう思ってるわ。」


「そうですか…。」


あたしは胸を撫で下ろすように大きく息をついた。


「…ただね、あの子らが、今のあんたに何かを言ってくると思う。思うっていうか、うん、たぶん確実になんかあるはず…きっと。」



国語の文法としては破茶滅茶な、憶測と確定が混合した表現だったけれど、つまりはそういうことなのだろう。“補欠メンバー”があたしに何かを仕掛けようとしているのだ。



「んでな?もしあの子らが何があんたに言ってきたら、私達が守ろうってなってさ。やから、なんか嫌なことされたら言ってな?そしたら私達があんな奴らバシーってやったるから!」


「……すいません。それは出来ないかもです。」



思わず口から出てしまった。

あたしのこの言葉に1番早く反応したのは副キャプテンだった。



「な、なんでよ?!絶対に守るよ?!信用して!同い年から言ったらあの子達も絶対何も言わんようになるからさ!」





「…….すいません。これはあたしが売られた喧嘩なんで、、あたしが買います。」





「ほんとに…なんであんたはそんなに強がr…」


副キャプテンの反論を手で塞ぐように止めたのはマコ先輩だった。


「………あんたがそうしたいんやね?」


「…はい。」


「……そっか。あんたは本当に強いわ。」



褒められたのかどうかも分からないけれど、マコ先輩のこの言葉で全てが収束したような気がした。



「…よし、わかった!あんたの気持ちはよく分かった。私達もこれ以上手は出さんよ。……でもな、私達はあんたの味方や。それだけは分かっといて欲しい。もし、しんどかったらいつでも私達に言っておいで?その時は全力で力になる。」


「あのねー、この子にそうやって我慢させたらもっと可哀想なことに…」


「モネ、黙り。この子は可哀想ちゃう。可哀想にもならんから。」


マコ先輩が副キャプテンの名前を呼んで、口を止めた。



「……そうやんな?」


「…はい。任せてください!あんな奴ら全然です!ありがとうございます!」



あたしは先輩達に笑顔を振り巻いた。


先輩達は笑いながら“なら帰ろー”と言って更衣室を出ていった。あたしは部屋の鍵を閉めて職員室に向かおうとした。その時、急にぬるぅとマコ先輩が横に現れて“…………わたしと帰る?帰りたいよね?”と聞いてきた。じーーっと無表情にあたしの顔を見つめていて、あたしはぎこちない笑顔で深く頷いた。

帰り道、先輩はその辺に生えていた猫じゃらしを毟り取って振り回しながら、自分の好きな音楽と最近ハマっている占いの話ばかりしていた。あたしはそれを聞いて、なんとなくさっきまでの緊迫感がなくなっいくように思えた。






翌日から普段通りの練習が続いて数日後、例の3人の後片付けの日が来た。あたしはいつも通りヤツらに呼び出された。





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