あたしが守る
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《おー!!!ランちゃんきたんや!!えらい!!》
《ランちゃん!!よく頑張ったねー!!みんな拍手ー!!》
もしこんな歓迎をされていたらランちゃんは泣き出したか、帰ってしまったか、いずれにせよ良い思いはしなかっただろう。
教室に入ると、意外とみんなは普通の対応だった。
“あ、2人で登校?おはよー!”
“ランちゃん、あんたもそろそろモダ来るから急ぎやー”
“聞いてやー、昨日の宿題さー…”
何も変わらない会話があたし達を迎えた。ランちゃんは“おはよ…”とだけ小さく声に出してあたしについて来ていた。
「あんなランちゃん。この前席替えあって、ランちゃんこの席やねん!あたしはその前!プリント配る時顔見れるね!」
「あ、うん。」
ランちゃんは少しリラックスしたようで、ランドセルを下ろして勉強道具の用意をしていた。
「おい…」
(ドン)
あたしの背負っているランドセルを軽く押して来たのはアイツだった。
「お前も早よ準備せな、ランちゃんに負けるぞ。」
「痛たー!わかってるし!やめてや!なーランちゃん♪こいつマジで乱暴やわー♪」
おばさん臭い話の振り方をしていた。なんとなく、自分が母の言葉を喋っているような気分だった。
「う、ううん、全然乱暴ちゃうよ。」
「え?」
あたしは思わず声に出てしまった。
いつもあたしの話に合わせて肯定するか、否定する時も柔らかい言葉を選ぶランちゃんが、しっかりとあたしの言葉を否定した。
「…あ、ごめん、違うねん。優しいところもあるよ。」
「ほ、ほんまー?こいつが?」
「うっさい。早よ準備しろや。……ランちゃん、おはよう。」
「…おはよう。」
アイツもランちゃんも、見たことないような笑顔をしていた。この2人だけの間で繋がっている何かがあるような気がしたけど、それを茶化すようなことも出来ない独特の雰囲気を2人は出していた。
あたしは“ほんまやー準備せなー”と言って2人の顔を視界から外した。
その頃はまだアイツのことが気になっていて、アイツが他の女の子と仲良くするのにヤキモチを焼いたのか、それともランちゃんの1番の味方は自分だと思い込んでいて、彼女が他の人と仲良くするのに嫉妬したのか。
あたしはどちらも含んでいるような気がした。
チャイムが鳴ってモダが現れた。モダはいつも朝はご機嫌なことが多かった。
「はーい♪みんなおはよー!」
(全員)「おはよーございます」
「はい!じゃあ今日も出席取って行くでー?あ!」
モダがランちゃんに気づいた。
「ランやんかー!来れたんやねー先生嬉しいわー♪頑張ったねー?」
すごく苛立った。ランちゃんが“来れなくなった”理由を作ったのはこの男なのに、何故そんなに簡単に「来れたんやね」なんて言葉を使えるんだ。
それに、この賞賛の仕方はランちゃんが1番苦手とするものだ。あたしはやめて欲しかったけど、モダはたぶんランちゃんだからと、ワザとやってはいないようだった。この男は基本的にこういうことを誰にでもしていた。
「…は、は…い。」
震える声を出しながらランちゃんは首を縦に振った。下を向いて顔が見えないようにしていた、と思う。前の席にいても分かった。
「ランー、そんな、せっかく来たのにせんせーにもっと可愛い顔見せてやー?」
複数名がその、人を小馬鹿にしたようなモダの猫撫で声を聞いて笑っていた。
「ランー?一回起立しようかー?」
ニコニコ笑いながらモダは言った。
彼女はそのまま下を向いてゆっくりと立ち上がった。
「はーい!ランが頑張って来れたからみんなで拍手ー♪」
「パチ…パチ…パチパチパチパチ!」
周りのみんなもモダが怒らないように拍手するしか無かった。それでも、これはランちゃんには辛いに決まっている。どうにかしたかったけど、この雰囲気を壊すことのほうがあたしは怖かった。何も言えなかった。拍手をしないことがその時のあたしの唯一の抵抗だった。
彼女は震えていた。
拍手が次第に収まり、彼女が急いで座ろうとした時、モダはそれを止めた。
「あー待って待ってー?結構長いことお休みしてたけどー、何の病気やったんかなー?」
ランちゃんの肩が強張ってグッと上がった。
「自分の口で言ってみよっかー?」
この男は、みんなの前でランちゃんを虐めたいだけだと確信した。
「せんせー!」
「お?なんやお前かー?どしたん?」
「ランちゃんのお父さんから毎日連絡きてたんちゃうんー?せんせーが忘れたらあかんやーん♪あたし知ってるで!風邪やって!毎日プリント届けてたから知ってんねん!」
「…あ!ほんまやわー!先生、おっちょこちょいしちゃったわー!」
クラスの大半が笑い、和んだその場に紛れてあたしとランちゃんは席に座った。
あたしは彼女のためだけではなく、こういうことがあった時自分が負けないように、普段からモダに取り入っていた。この男に反発すれば必ず波風が立つだけなので、機嫌を悪くせずに冗談で済ます術を考えていた。それが今回上手くいった。
ランちゃんはその後もやはり下を向いていることが多かったけど、モダはその日上機嫌だったようで、午前の授業は何事もなく終わった。
モダは毎日怒りをぶつけてきていたわけじゃない。2、3日に1度、長い時は1週間何もない時もあるし、怒る相手も全員じゃないことはあった。後にこの男が謹慎処分を受ける頃には、それはかなりエスカレートして“連帯責任”と称していつも全員を怒鳴りつけていたが、この頃はまだそこまで酷くはなかった。
むしろそのせいで、クラス全員がなかなかモダを嫌いになれずにいたような気がする。
給食、掃除、昼休みを終えて、あと授業が2つ。あたしは今日をまず乗り切ることだけを考えた。その為なら幾らでも奴に媚を売るつもりだった。
5時間目は体育で、みんなでキックベースをした。モダの機嫌も良く、このまま帰りの会まで無事に終えられるような気がしていた。
体育が終わって着替えを済ませた直後に、隣のクラスの子があたしを呼んだ。
「おいー!お前らのクラスのボール運動場置きっ放しやでー。」
「えぇ?うわー!忘れてるー!最後触ったん誰よー。」
あたしがそう教室にいる生徒に聞いていると、
「そういうのどうでもええわ。お前体育委員なんやから行けや!間に合わんぞ!」
アイツがあたしに言った。
「はー?いっつも日直が片付けしてますー。日直あんたやろ?あんたがやるべきや!」
「なんでやねん!体育委員がやらんから変なルールできてるだけやろ!」
あたし達が大声で言い合いしていると、リリが割って入って来た。
「もー!!2人で取ってこい!!誰か遅刻したらモダ先生また機嫌悪くなるやんか!」
「「やば!」」
あたし達は同時に同じ言葉を吐いて、2人で廊下を走ってボールを拾いに行った。みんなの笑い声が遠くなる教室から聞こえた。
「なんで6年って3階なんー?!めんどいわー。」
「いちいちうっさい!早よ行くぞ!」
あたしとは違って、アイツだけが今の危機を察知していた。
ボールを取り上げ、階段を駆け上がった。
2階…3階…
始業のベルが鳴り出した。あたし達の学校、というより生徒が勝手に決めたルールでは、このベルが鳴り止むまでに教室に入ることができればセーフと見なされることになっていた。
あたし達はベルが鳴り止むまでには余裕で入れるスピードで廊下を走っていた。内心ほっとしていた。
教室の後ろのドアを開けた。息を切らしながら“セーフ!”と言おうとしていたら、既にあたし達2人以外が全員着席していて、その中でランちゃんだけが立たされていた。
そして教卓には、モダが立っていた。




