第十話 戦神の末路(2)
落胆した男の代わりに私が説明するとする。
まず発端にコロゾンの辺境伯が、西の海の向こうにある二重三重の防壁の役目をしていた植民地から労働のために大勢の奴隷をつれてきたことにはじまる。
その後、ティアラティル鉱山で輝石を規約以上の量、採掘させていたことが露見した。ティエリナは深い樹海に囲まれていた。唯一の玄関口は、西の港。つまりコロゾンの土地である。砦の王は、力のある豪族に統治させ、しかるべき権限を彼に与えていた。コロゾンは代々、それを引き継いでいた家柄で、辺境伯であり軍事長官でもある。
だが彼の台頭ぶりはあからさまで、権勢する大公殿下の父は、植民地としていた島国をコロゾンに予告なく返還した。結果、老齢の王が床にふしたあと、王族に敵対する革新派ができあがった。
輝石はこの国の主な産業であり、その他の産業、織物、金属の加工と輸出、農業全般の総利益の半分を、まかなっていた。多大な財力を手に入れていたコロゾンだが、しかし他国の宗教を徹底的に追いだした過去のあるこの国には自然精霊崇拝が土台にあるために、人々の心が欲望と利益を追求しすぎることを懸念した大公殿下の血筋のみが(シャンティの魔女の血が入っていると噂されている。)国の統治者であるべきという世間の風潮があった。
その力で聖なる山ティアラティルを封鎖したのだ。この時の出来事は、伯爵にとっては寝ても覚めても忘れられない出来事で、館でも酒に酔うと必ず愚痴るようになった。
『おい、理由はなんだと思う!なんだっっけ?いや、おれは覚えてるぞ!自然と人間の力のバランスを保つためだと!わからん!奴の考えてることは!納得できるか!』
偶然、伯爵邸を訪れていたベネット侯爵がドア越しに、その聞き捨てならない言葉を耳にしたという。
「貴公、いまなんといった?」とすぐさまベネットが血圧を上げて抗議した。
「おい、そんな顔をするな。お前もあの男の考えていることがわからんのだろ?顔に書いてあるぞ!ははは」
「コロゾンの伯爵、大公殿下は、山脈の向こうの砂漠のト族に所有権を譲渡した。その過程で彼らと強い絆を持つことに成功したのだ。記憶に新しいだろう!」
「ああ、そうだ、こっちも商業協定を結んだというもの、ありがたいことだ」と、手をひらひらさせた。コロゾンの伯爵は両手に指輪だらけだ。
「言葉に気をつけた方がいいですぞ。革新派と勘違いされたくなければな!」
ベネットは鼻息を荒くしてコロゾンの屋敷を後にした。以後、コロゾンはすみやかに対抗する軍力を増やしていくことに余念はなかった。
さて、彼らは翌朝の攻撃にそなえて、半数は眠っていた。もう夜も深い。見渡すと残った焚き火はひとつだった。その焚き火のなかに、大公殿下と大尉が二人やってきて加わった。そしてどしんと、あぐらをかいて座った。兵士たちはそわそわと落ち着かず緊張した。砦の王はまったく昼間のあの姿を想像できないほど、氷のような顔つきだ。別人か?いやと、ひそひそしていると、大尉が視線で注意を促した。他の物が気遣ってほかのことを話しだすと、大尉は隣のものがなんとか聞き取れるほどの小声で大公殿下に話しかけた。
「どうするのです」
「いやまだわからん」
俯いた大公殿下は、瞼を少し下げて虚ろだった。(ああ、まただ。)と彼は心の中で呟いた。(こうして何かあるたびに、憂鬱に支配されてしまう。もうなにもかもどうでもよくなって、この場から消え去りたいとさえ本気で考えてしまう。なにもかも投げ出したい。)大公殿下は立ち上がり、挨拶しようと腰をあげた者たちを腕で制止し、自分のテントのほうへ歩いて行った。
大公殿下が、自分のテントの入り口をあげようとすると、別陣からおたおた歩いてくる伯爵の姿が見えた。
「あ、ちょと、ちょっと待ってください!」
とコロゾンの伯爵。突き出た腹をゆらし、途中から走ってきた。含みのあるそら笑いを浮かべながら、「少しお話をしませんか」と言った。
あからさまに嫌な顔をした青年だったが、伯爵のほうはどうとも思わない素振り。
「武器のことで妙案がございます」と、いかにも狡猾な目だ。
「え?」
「ええ」
「ふむ、いいだろう」
コロゾンを守る辺境伯は、噂に聞こえるほどの贅沢好き派手好きな男であった。彼の陣も鮮やかな色のついたものだった。そのテントにも錦糸で伯爵のトレードマークの雄牛が縫い込んであった。わざわざこういうことをするのを彼は喜ぶ。
伯爵には、幼い少年だったころ大公殿下をてなづけようとして品をかえ物をかえ、といった過去がある。まだなにもしらない純情な少年を、自分の私有地や邸宅へよんで、また、輝石の発掘現場へと社会科見学としょうし、連れてまわったこともある。人を疑うことを知らなかった貴公子は、周りが止めるのも耳をかさず、すぐに彼になついてしまった。
伯爵は途中まで自分のことを叔父上とよばせるところまで成功していた。がしかし大公殿下に鋭い直感が働いて、伯爵の目の奥に自分に対するどん欲な支配欲がうずまいていることに気がついた。それからというものの大公殿下は伯爵を敬遠するようになり二人の関係は疎遠になっていった。
「おみせしたいものが、あるんです」と、自分のテントまで彼を連れてきて、伯爵はあるものを大きな木箱から取り出した。大公殿下は眼をみはった。例の斧には大きさは劣るが特殊な太い剣だった。どうぞと手に渡された受け取った。大公殿下はそれに聖なる呪文が刻印されていることにすぐに気がついて、烈火なごとく怒りを感じ、振り捨てた。古代文字で掘られた炎の印。製造するのには誰の許可がいるのかは明らかである。この自分だ。聖なる呪文は聖句とされてこれを使う者は王族にかぎられていた。それを伯爵が、なにも悪気のない顔つきで彼に見せたのだ。
大公は怒りを全身に醸し出しながら、無言でその強固な作りの剣を下に眺め、辺境伯と視線をあわそうとはしなかった。伯爵は嬉しそうに商人のように手もみして「沢山ありますよ」と言い出した。「物はここにはないので、大公殿下のお許しさえあれば、今からすぐにでも取りに行かせます」
さらに簡単ななことではないが、ただし、交換条件があると卑怯にもいいだした。
「交換条件?」と、大公殿下は気分を害し、鋭く睨んだ。威圧すると、伯爵の目に怯えがまじった、だがどこか血走った興奮の色を増していた。そして、そっと彼に近寄って、
「以前のようにおつきあいをさせてください」
嫌らしい言い方でテントの中で、意味のこもった指輪だらけの手を、腰掛けている彼の手の上にのせた。だが大公殿下は手を払おうとしなかった。目を細めて思考し、立っている伯爵を上目遣いに、
「どれほどかかるか?」と低い安定した声で尋ねた。
「それは!」
伯爵はさも嬉しそうに後ろにとんでいき、棚にはさまっている地図をとりだしてそれを顔の前に広げて、「一日もかかりませんな」と自慢げに答えた。この時実は、二人の会話を盗み聞いていた者が一人いた。彼は外で耳をすませて、事の成り行きを見守り、主要な会話は終わったところで、走った。途中、陰険な眼で伯爵の部下に怪しまれひやひやとしながらも、本陣のほうへ戻っていった。そして彼はベネット侯爵のいる場所へ、大尉と一緒に早足で歩いていった。
「なるほど、色々と方法はある。所有地のきりわけ、婚姻、鉱山の解放その他は」
「まるで身体を売れといってるも同然だ」と、将校は怒鳴って吐き捨てた。
大公殿下は自分のテントで、すぐに灯りも消し寝具の上に寝そべって、例のごとく今度は憂鬱を相手にしていた。ため息を何度ももらした。戦いの場へいけば、かなり解消されることは知っていた。その時は自分ではない自分が現れて誰かに操られているような感覚がする。どこからか燃え上がる情熱がわいてくる。
翌朝、再び戦いが始まった。あちらは、百かいや、二百いや三百か、と数え、いいやこちらの戦力はその倍はある、そして立ち向かう勇気も十分あると、大公殿下に伯爵たちが、残る本陣へ戻るようにうながした。しかし彼はもう戦闘の姿勢でかまえていて、殺気だっていた。眼は炎のように燃えている。誰もとめることなどできない。大尉は、金色の旗を縦にしてかかげ炎の剣たちに合図をした。四方に散らばっていた仲間がいっきにあつまり、もう突進していく君主の後ろに、自らも走りながら続き、敵が逃げて入った森の中へ飲み込まれるようにして入っていった。
がしかし、がしかしである。たまたま本陣に残った者以外、大公殿下を含めた全ての兵が、森の中へ入ったきり戻ってこなかったのだ。全滅させた敵の無数の残骸がころがっているのにも関わらず。敵とともに理解不能の消息を経った。それから一週間して、都へ戻ったのはベネット侯爵たちとコロゾンの伯爵、他数十名のみであった。
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