第九話 戦神の末路(1)
例の守護神像は、眉間に斧が突き刺さったままで、すでに深いひびが胸元まで達し、頭部がいまにも崩れて落ちそうなのに、人々は荒ぶる神の性質を知っていたがため恐れて、誰も斧を取り除くことができないでいた。沈黙の館と言われていた集団も隠遁賢者のローエでさえも恐れたのだ。
鷲門奇襲を受けたのである。
まさにいま、国は斧の持ち主である蛮族との戦いの最中にあった。
聖地でである樹海を穢した部外者に(彼らは、森の中で誘拐した子供たちを使って生贄の儀式を行っていた。)当然のごとく報いたわけだったが、諍いは血で血を洗う争いに発展し、ついには報復の報復となり、銃を持っていた大公は初めから圧倒的に優勢だった砦の国ではあったが、生き残った蛮族どもは少数ながら皆人間離れした屈強ですばしっこい戦士ばかりで銃がきかない。最後の最後には剣での戦いになっていった。
いっきに追い詰めるため、いよいよ大公殿下みずからが先頭にたち、実質最後の戦場へと向かっていったのである。
一太刀浴びせた日の夜に、野営テントの中には壊れた武器の数々が使い物にならなくなった武器たちが、山のように積み上がっていた。兵士の数では圧倒的な筈が、武器の威力に負けていてこれではと、指揮官たちは険しい表情で大公殿下の高御座のあるテントへやってきた。
「いくらなんでも、奴らの武器は、いったいどういう作りをしているんだ!」
指揮官が隣の将校に、将校は後ろの部下に、目で、あれを持ってこいと言った。
本陣の作戦用の天蓋には、大公殿下、ベネット侯爵、宿敵だったはずのコロゾンの伯爵が待っていた。
兵が持ってきた斧は、大机の上にのせられた。戦いの最中、回収した武器は、祈祷した布に厳重に包まれていた。一つの斧と、(例の守護神を汚したものと同じもの)、もう一つは長い槍だった。
いったい誰が直接触るかという話しになって、コロゾンの伯爵が「そこのお前!」と若い兵に言おうと顔を向けると、引きつった顔の兵に気づいた大公殿下が、全く気にしない素振りで包みごと握って自分の所に引き寄せた。
みなは戸惑った。だが彼は平気でまいてある麻布を外そうと手を伸ばし、すると、真後ろから勇敢な青年将校が、素早く手をのばした。騎士団の団長だ。彼はみながじっと見入っているところで、包みを外し、机上に斧がごろんと転がりでると、大公殿下とこの将校以外は、全員怯えたような眼をした。いやもちろん大公殿下の前ということもあり身体は動じていない。
約80センチはある鉄の塊は相当の重さで、よくこんなものを、軽々と持ち上げて、振り下ろすことができるものだと、コロゾンの伯爵もベネット侯爵も関心した。
「素材はなんだ?」と、大公殿下が誰かに言った。
「鉄だろうと思いますが」将校が答えた。大公殿下は眉間に皺をよせ、止めようとした部下を腕で遮って自分で握って持ち上げた。
「確かに、重いな」
冷静な顔で呟いた。
「大丈夫だ。呪いなどない」
彼がはっきりそう断言すると、みなはほっとした様子になって、指揮官が今度は槍をと、槍のほうを包みから外しだし、机の上に置いた。よく見ると斧にも槍にも同じ赤い紐がくくりつけてあった。
「なんだこれは?」
「ただの装飾でしょうか」と、
侯爵は、「いや」と、その紐を外してみた。捻れていたので、指でぐるぐると広げてみると、布の端切れだった。四角形の赤い布だ。
「血液かもしれない」と、大公殿下が驚くわけもなく呟くと、触っていた侯爵は、それを気持ち悪そうにして床にほおりなげた。
「敵の様子をはっきりみたか?」と大公殿下。
「やりあいましたので」大尉が答えた。
「私もだ」と大公殿下はうなずいた。
前方にいた指揮官が、口をゆがませてほかの二人にじろり同意を求めた。実のところ大公殿下は本来なら一番奥に座っていなくてはならない立場でありながら、知らないうちに最前列にいて、直接蛮族と刃をまじえていたのだ。護衛のものたちは、後で叱責され降格となっていたがそれは大公殿下があずかり知らないことである。
大公殿下たちが話し合っている間 他の兵士たちは、やられてしまった仲間を外や中で介抱したり、水を飲んだりして過ごしていた。その一角で、たき火をかこって腰をおろして円を作っている集団があった。
「体格が恐ろしくでかいな」
「腕が三倍はあった」
「首を一度ではね飛ばすなんて」
彼らは、敵を侮っていた自分たちを恥じていた。蛮族たちの力を恐れもした。
「しかしな、こちらとしては数はとにかく圧倒的なんだから」と、中にいた集団をまとめている人物が呻いた。
「もう、半分はやったんだ」
「なぜそうとわかる」
「だいたい相手がいったいどのくらいいるって?」
「残りは集落に三百ほどだ」
「やはり、残りは、やく半数だ。女子供をいれれば、そうだ、たいしたことはない」
「女子供はどうするつもりですかね?」
「いや、放置しろと殿は仰せになられた」
「うん、彼は伯爵とは違うからな」
「がっくりした奴もいたな」
「ふん、まったく獣だ。俺はやらんぞ何があってもな」
「伯爵ならどうかね?」
「おまえ鞍替えするか?」
「冗談はよせ」
「おい、声が大きいぞ。聞かれたらどうする?!」
「いや大丈夫さ、そら、俺たちの場所から、離れた場所に陣取ってるじゃないか。何だあの派手な作りは。まるで一国の主きどりだ」
ははははと声をあげて笑った。「おい、笑い事じゃないぞ」と誰かが言った。その一言で皆無言になってしまった。
それから山になった折れた剣と折れ曲がったものの前にぞろぞろやってきてみると、本当に大丈夫なんだろうなと誰かが弱音をはいた。数人が不安を押し隠す気も失せて、引きつった顔を見合わせた。
それからまた、たき火に戻って、そのうちに大公殿下のあれは凄いという話にすり替わった。
「振り払っていたぞ、簡単にな。さすがは戦いの神の子孫だ」
「まさに鬼神だった」
冷静沈着で大人しい印象の大公殿下は、戦いの場では燃え上がる炎の男になる。まったく別人だった。馬を操るのはまったくもって一流の腕前で、自分の手足のように使い、恐れ知らず。敵の懐につっこでいき、大男たちをばたばたと倒していったのだ。
「彼のやった数はたぶん俺たちの十人ぶんだな」
「いや、二十人だ」
「いや三十だ」
「おいおい、それはいいすぎだ」
「しかし君の兄貴も凄かったな」
「兄ではない従兄弟だ」
「だけど、なぜこんなことになった?」
「なんだって?」
「コロゾンだよ。昔は仲が良かったんだろう?」
「仲がいいって子供かお前!」
「なんだお前、そんなことも知らないのか?確執の理由を。そもそも、同じ民族が二手に分かれた理由は知っているのか?」
いいや、と彼は首をひねった。尋ねた男は落胆した。
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