もしもグレーテルに「中の人」がいたら
むかしむかしあるところにヘンゼルとグレーテルという兄妹がおりました。
木こりの子として貧しいながらもすくすく育っていた二人でしたが、ある年大飢饉が国を襲い、日々の食べる物にも困る状況になってしまいました。
このままでは一家全員共倒れ不可避。
そんな現状に危機感を強めた母親は木こりを説き伏せ、子を捨てるという決断を下してしまいました。
場所は子供を食べる悪しき魔女が棲むと噂の森。しかし一度目に置き去りにされた際は兄の機転で難を逃れました。
しかし母親が謎の勘の良さを発揮した上に傾向と対策もバッチリだったため、なけなしの食料を犠牲にする兄の決死のパンくず作戦も功を奏さず、二度目の置き去りでついに二人は森の奥深くで帰り道を見失ってしまうのでした。
「ごめん、グレーテル。目印に撒いたパンくずが見当たらないや……」
「小鳥さんたちがついばんでしまったのかしら。しょうがないわ。小鳥さんも私たちと同じようにお腹ぺこぺこなんですもの」
「そうだね……本当にごめんね」
「ううん、平気よ。小鳥さんがお腹いっぱいになれたなら良かったわ」
「(グレーテルは優しい子だ。絶対に守ってあげなきゃ)」
みなさんこんにちは。絶賛迷子中の私ことグレーテルです。
実は私、俗に言う転生者です。少し前に名前を呼ばれた瞬間に前世の記憶を一気に思い出しました。もちろん「この物語」の顛末も。
いやー……それから辛かったですね。
どう考えても一桁年齢の子供がロクに食べ物も与えられず、日が昇ってから落ちるまで小枝集めや食料集めなど過酷な労働に従事させられましたからね。
この時代背景だと当たり前のことなんでしょうけど、現代育ちには堪えるものでした。
そんな私がここまで頑張って来られた理由。それは兄ヘンゼルの可愛さ!
童話補正|(?)が入っているのか、凄まじいまでの美ショタなんですよ。しかも冒頭のやり取りを見てもらえば分かる通り、優しさと賢明さを兼ね備えた将来有望過ぎる逸材。
あのムサい親父と冴えない母親からよくこの至宝が生まれた物だと感心します。鳶が鷹どころかグリフォン産んじゃってますよ。
ちなみに自賛ですが私ことグレーテルも相当可愛いです。
別に美形があふれてる世界という訳でもなさそうなのでぶっちゃけ捨てるより人身売買した方が金になりそうですが、
直接手にかける(即効性〇、苦痛大、期間短) < 売り払う(即効性×、苦痛小~大、期間長) < 森に捨てる(即効性△、苦痛中~大、期間長)
みたいな感じでいくつかの候補から多少手段を選んだ感はあるというか、親なりに良心の呵責はあったんでしょうかね。結果的に余計に苦しむハメになってる気もしますが。
「(もし仮に家に帰れてもまた同じことの繰り返し。一体どうしたら……)」
「お兄さま?」
「ん? あ、ああ、何だい?」
「なんだか怖い顔をしているから、どこか痛いのかなって思って」
「大丈夫だよ。どっちが帰り道だろうって考えてただけだよ」
「きっと大丈夫よ。……あっ、あそこに草いちごの実があるわ! あそこで少し休みましょう」
「そうだね(怖いだろうに僕を心配して……なんて優しくて賢い子なんだ)」
一見絶望的状況ですが、今の状態が例の物語準拠のものであれば既に私たちは勝ち確ルートに入っているはずなので余裕のよっちゃんです。またしても何も知らないお兄さまの好感度を稼ぎつつ、食料や水で森の奥へと誘導して行っちゃうってものですよ。
大人だった記憶を持つ奴が幼女ロールプレイするのはキツい? それVRchatでも同じこと言えんの? あと某少年名探偵。
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すんなりおかしの家が見つかるかと思いきやその後三日ほど森を彷徨うという計算違いはあったものの、ついにおかしの家を発見した私たち。
あとは魔女を処してなんやかんやあって家に帰って、某コピペのように脈絡無く亡くなっている母親に一切触れぬままハッピーエンドで終了!
……と思いきやちょっと様子がおかしい。だってこの家……。
「食べ物? で出来た家? でもこれ……」
「……」
壁を構成する竹のような節ばった何かを無言でむしり取って口に運ぶ。間違いない。
「うま〇棒だコレ!」
「グ、グレーテル!?」
あまりの事態にキャラ作りを忘れ絶叫してしまった。クッキーとかじゃないんかい。
よく見ると他の部分もおかしい。
扉はせんべいだし、屋根はふ菓子だし、このカラフルな窓は……フルーツ餅だっけ? あのプラスチックの容器に格子状に収められててつまようじで刺して食べるやつ。アレだし。
おかしの家じゃなくて和菓子の家……いや駄菓子の家だわコレ。
「う、う〇い棒? ……って何だい? グレーテル」
「い、いえ、あまりに美味し過ぎてよく分からないこと叫んじゃったみたい?」
「そ、そう。どれどれ……うわ、本当においしい! 何これ!」
数日ロクに食べていなかったこともあり、人の家であることも構わずお腹いっぱいになるまで食べ続けた私たち。
ちなみに喉が渇いたから近くにあった水がめの水を飲んだら、水じゃなくてチェ〇オだったわ。徹底してるわね。
そうして人心地ついたところで、お兄さまがハッと気づいたように話し出す。
「ああ、なんてことだ。人の家の物を勝手に食べてしまうなんて。これじゃ神様に顔向け出来ない」
「仕方ないですわ、生きるためですもの、きっと神様だって許してくれますわ」
「そうかな……」
「ええ。でもお家の人には謝らないと。一緒に謝りに行きましょう(一体誰が作ったのか気になるしね)」
「うん、そうだね(本当に出来た子だ。僕が全ての責を背負ってこの子だけでも許してもらわなきゃ)」
世界観が盛大にズレていることに引っ掛かりを覚えつつ扉をノックするが返事が無い。
仕方がないので扉を開け中に入る。てかせんべい扉叩くと手が痛いわ。
「誰かいませんかー?」
お兄さまが呼びかけると同時に隣の部屋の扉が開き———
「……ひっ!? だ、誰ですか!?」
———私たちと同年代と思しき可愛い女の子が姿を現した。
「え、えっと、この家の方ですか?」
「そ、そうですけど何ですか?」
「僕はヘンゼル、この子はグレーテルと言います。実はさっき、お腹が空いてこの家を食べちゃったんです。それで謝らせてもらおうと思って」
「……そうなんですか。それなら大丈夫ですよ。そういう方のためにこういう家にしているそうですから」
「そうなんですか? というかあなたが作ったんじゃないんですか?」
「私はまだお手伝いだけですね。
……あ、とりあえずこちらへどうぞ」
部屋の中央にあるテーブルに案内され、お茶を淹れてもらう。
温かさに一息ついたところで彼女が話し始めた。
「あなた達もこの森に捨てられたんですか?」
「え……」
「私、この家の主———お師匠様に拾われたんです。
貧しくてこの森に捨てられて、疲れてお腹も空いてもうダメって時にこの家に辿り着いて、お二人と同じようにこの家を食べて。
なんとか命は繋げたものの行き場の無い私を、お師匠様は魔女見習いとしてここに置いて下さってるんです」
「……」
穏やかな表情で語る彼女に言葉を失っていると。
「……僕たちもここでお世話になる訳にはいきませんか?」
「お兄さま!?」
「二度に渡って捨てられた以上、僕らも帰る場所はありません。仮に帰ったところでまた捨てられるか、ひょっとしたら今度はもっと直接的な手段で来るかもしれません。お願いします、何でもします。せめてグレーテルだけでも!」
「お兄さま……」
「……私にはそれを決めることは出来ません」
「そうですか……」
「でも私も一緒にお師匠様にお願いすることは出来ます。お師匠様が戻ってくるまでここに居て下さい」
「! ありがとう……ありがとうございます……!」
涙を流すお兄さまを見ながら、私は内心恥ずかしくて堪らなかった。
こんなに必死に私のためにお願いしてくれるお兄さまを、物語の中の登場人物の一人としてしか見ていなかったんだと気付かされたようで。
お兄さまだけじゃない。目の前の女の子もそうだし、きっと両親もそうだった。みんな苦しんでいるんだ。例え物語に沿った世界であったとしてもみんな生きているし心もあるんだ。
「ありがとうございます。でもお兄さま、私のためにお兄さまだけが苦労するなんて嫌よ。私も一緒に頑張るから」
「グレーテル……!」
私は今ようやくこの世界で生きている実感を、生きていかなきゃいけないんだという実感を持てたのかもしれない。
「ふふ。お師匠様は優しいからきっと大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「ずっと森の中に居たようですし、今お風呂を沸かすのでゆっくり浸かってベッドで休んで、明日からやれることを手伝ってもらいますね」
「はい、頑張ります。ところであなたのお名前は何というんですか?」
「あ、そういえば名乗ってなかったですね。あまり人と会う機会が無かったのでうっかりしてました。ふふ」
少し照れくさそうに微笑みつつ。彼女は
「私はグリンダ。これからよろしくね」
そう答えたのだった。
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こうして魔女の弟子|(暫定)となった私たち。
この後戻ってきた魔女に頼み込んで無事弟子入りに成功したり。
案の定転生者だった魔女と前世話で盛り上がって、二人に怪訝な目で見られることになったり。
その二人は二人で気付くと甘酸っぱい関係になってたり。
前世知識を活かして駄菓子のバリエーションを増やした結果、何故か駄菓子の数々がとある国の若き女王に気に入られ大口取引相手になったり。
少し先の未来、立派な魔女となったグリンダが巻き込まれる数々のトラブルに一緒に巻き込まれることになったり。
当初想定していたものとは大きく異なる出来事の数々に翻弄されつつ、なんだかんだ充実した日々を過ごしていくことになるのだけれども。
それはまた、別の話。