逃亡成功、そして…
イヤーいやいや…
「どうなることかと思ったぜ…」
一人暮らしのやっすいアパートへたどり着き照明をオンにした俺は、やけに長く感じるキッチン脇を通ってベッドへ倒れ込みながら呟いた。
その移動ルートから解るワンルームな独身貴族の城は、俺が初手で入っちまったブラック企業に勤めてから、つまり一人暮らしを始めてから一度も変わっていなかった。はじめは金を貯めてからもっとましなとこへ移ろうと考えていたから糞みたいにボロいところ選んじまって、かといって今引っ越しても大して変わんねぇよなぁと無我の境地でバカにしていたこのオンボロ部屋に、今ものすごく安心している。
「ぁーーー…生きてるー………」
あれから、そう、あれからだ。よりによって怪人どもに担がれ洗脳コースまっしぐらだった俺だが、何とか逃げ出すことができた。
他でもない、聖魔法の力によって。
っと、その前にまず『改造ベルター』について話しとかねぇといけねぇだろう。
改造ベルター___それは、俺の前世で大人気だった絡繰ものの金字塔にして、伝声小説の一大シリーズだった。
絡繰もの、というのはいわゆるSFのようなジャンルを指す言葉だった。ただ…元々の現実世界に魔法が存在していた異世界のSFは、こっちのそれとは少々雰囲気が違う。“魔法がない、使えないこと“がファンタジーだったからな。それがよく強調されていた。
そして、“伝声小説”というのはその名の通り、魔法による読み上げ機能がついた小説のことである。とある天才魔導師様のとんでもない尽力により部分的な技術革新が起きていた俺の世界では、音付きの小説は学がなくても読める、そこそこに安い娯楽だった。
そして、大抵がジャンルを問わず低俗な子供騙しであるというあらぬレッテルもまた貼られていた。
………まあ、字が本当に読める奴はきたねぇ音声なんざ要らねぇし、魔導書なんかは読み上げられたら困るだろうから当然音なんかつけられねぇ。つまり、音のない本が高尚なもんで、音がついてるのを好むような奴は単純明快な話の好きなガキかガキと同じくらい無学な奴と思われてたっつう訳だ。
俺は音声消し切った上でベルター作品読み漁ってたがなァ!!!
話を戻そう。そんなベルターシリーズの内容は…基本的には伝声小説らしく単純明快。はるか昔の魔王軍に似た秘密結社とそのボスを、勇者っぽい主人公__改造ベルターとなった○○が倒す、というのがお決まりだった。
まあまあまあ?実際の筋をじっくり追うとそれだけじゃとても足らねぇがなぁ?
…いやよそう。これを言い出したらマジで沼だ。終わらん。基本的な説明に戻ろう。
そんなベルターは一応シリーズものだったが、主人公や物語はしょっちゅう変わっていた。大体1年から2年で完結して、新しいベルターの物語が始まるのがそのシリーズのお決まりだった。
そうそう、そのせいか時代によって傾向が大きく変わるのも改造ベルターの特徴だった。
傾向は大きく分けて3つ!【高襟ベルター】と【平時ベルター】、そんでもって【梅花ベルター】だ!!
まず初期の高襟ベルターは………ってそれぞれの傾向を語り出したらマジでキリがねーから省略するが、前世の通なベルターオタクにはそんな3つのベルター系を越えて存在する『ベルターあるある』って奴があった。
そこには現代オタクが言うところの準公式な設定解釈ネタもあれば、いわゆるちょっとしたメタネタもあった。
例えば、そう………『ベルター世界に魔法がないのは、そんなもんがあったら秘密結社のひとつや二つくらい勇者様が何とかしちゃうからだよね』的なやつである。
何せ神託や神の加護って話とマジカルな魔法が“常識レベル”で結び付いていた世界だ。それこそ魔法なんてもんがあったら=神託もある=世界の危機に出てくるのは創作した主人公なんぞじゃなくて勇者様、っていうのが当然だったからな文化的に。………とはいえ、ベルターはあくまで勇者=光ではなく、むしろ闇側の存在、っていうのはシリーズ絶対の掟だったのもあって、そこの要素の構築はほぼ全シリーズが四苦八苦していた。
特に聖魔法の扱いは顕著だった。いかんせんリアル『聖なる』魔法だったからいくら創作の世界といえども全無視するわけにはいけない(それこそ聖魔法が“ない”世界を書いたら消される、異端者として)という、今にして思えばたぶんに異世界的な大人の事情が絡んでいたせいで、『本当は聖魔法があればなんとかなるような連中だって言うのにこの世界にはそれを扱えない事情があるんだよ!そのせいで神託も勇者様もうまく機能しないんだ!』なんて言い訳染みたご都合をいかに説得力をもった世界観へ落とし込めるかっていうのがベルターシリーズを作る作家たちの腕の見せ所とさえ言われていた。
ともかく、そのシリーズ知識に賭けた俺は、一か八かでその【聖魔法】を放出して逃げ出そうと試みた。俺を担いでいた兵士が蒸発した。
…………………いや、いくらなんでも効きすぎだろッ!?
俺が使ったのは聖魔法は聖魔法でも【放散】___要は聖魔力を辺りへ撒き散らすだけのド基礎1レベ魔法だぞっ!?
いやー……全シリーズで聖魔法が出禁喰らってる理由を垣間見ちまった気がするぜぇ………聖魔力自体は強化アイテムとして度々使われていたが、そうだよな。大体が最終強化扱いだったし、扱う連中も魔法にまではとても昇華できてないようなお粗末な操作でアレだったもんな。
あそこまで徹底してるとなるとやっぱ舞台裏で共有されていたという『裏ベルター設定』(通称:裏ベル伝説)が現実味を帯びてくるってもんだぁ…
まあガチレスすると宗教と利権の問題だろうが。向こうにも色々あるんです。
とはいえ、消せたのはあくまで一般兵。例の熊男のような怪人の方は正直かなりギリギリ…だった………施設の方にまで魔法が効かなかったら、正直詰んでいただろう…建物壊せてよかった。それでいて潰れなくてよかった………しっかしマジで疲れたな…聖魔法に精神持ってかれたし………ねみぃ。腹へった気がする………
あーあーあーあー………ダメだ久々の運動だったせいで全身ダリィ………
(あーでも、最後はなんか妙にバカバカ壊れてたような………それに、煙の中で見た、あの、高襟は___)
俺はもう少し思い返そうと思ったが、結局なにも考えきれずにそのままの格好で爆睡した。結果。
「うっ…寝違えた。ッてぇやべ!?スーツがああああッ」
ただでさえヨレヨレだった一張羅が思いっきり裂けてやがる…いやこれ熊男(仮)にやられた奴か?どっちにせよもう着れねぇな…
あー…買い直す金ならさすがにある、んだが…
「行きたくねー」
何処にって?会社にだよ決まってんだろ。
あんな糞ブラックもう行きたくねえ…大体無断欠勤した時点で罰則というなのサビ徹&ドリンク補充決定じゃねぇか……もう徹夜用ドリンクで自腹切んの嫌だわ…大体なんでサビ徹で飲んでいいのはコッ○スだけなんだ??なんなんだあの糞決まりは。あれクソみてぇに高ぇんだぞ解ってんのかあのクソ上司ッ!!
「クソッ…自称健康オタクなんぞ滅べばいい…」
寝違えた首を軽く押さえながらごろりとベッドで転がった。寝違えた時ってどうすりゃ良かったんだか…マッサージ、は駄目だったよな。天井をボーッと眺めている内に頭にポヤリと案が浮かんだ。
「そうだ、魔法でいいじゃねぇか」
まだ聖魔力は“残ってる”。出血系に使うにはカスだが寝違えなら一番得意だろう。試しに軽く魔力を当てればあっという間に痛みは引いた。ひえーっ。
「分かっちゃいたが…この手の治療は現代医学越えてるよな聖魔法…」
それこそガチで治すなら整体師なんかが必須な怪我…腰痛だの痺れだのは教会行きゃ一発だったからな。まあ失神や疫病には意味なかったし、毒とか大怪我治せる奴はまじで一握りの神官だけだったが。
いわゆる生活習慣病に対する効き目が強かったんだよな…
で、生活習慣病ってことはその生活が悪いやつは結局まーた悪くしちまって、定期的に教会の世話になるっつーのがお決まりのパターンだったけどな。
その度にいくらか布施もらってたし、ぜってぇウハウハだったよなぁ、アレ。
「____ハッ!!」
そのときだ。脳裏にとんでもねぇ閃きが走った。
「そうだよこれで食ってけばいいじゃねぇかッ!!」
それこそ現代の治療士みたいなんでネットに………いや、胡散臭すぎて誰も来ねぇなこりゃ…
ソレによしんば客が集まったとして、マジで魔法使ってるなんてバレちまったらヤベェカルトみてぇな奴に狙われねぇか?
そうでなくともなんかの法に引っ掛かりそう…医療行為って免許がいるもんな?
いや、いやでもヤベェ薬使うとかでもねぇし…それこそ整体やらマッサージみてぇなもんと同じ(ただし絶対に効く)施術みたいなもんっつーか………まあただ手ぇかざすだけだけど。そんで魔力流すだけだけど。
………整体師って免許いるのか?
俺はすぐさま起き上がり、ネットで調べた。イーグルって便利だよなー!
結果、別に免許はいらなかった。いわゆる民間の免許はあったが、あくまで箔付けみてぇなもんで、『整体師になる』には要らなさそうだ。
「これは…いけんじゃねぇか………!?」
___なってやる。俺は、この異世界チート魔法で、ヒール整体師になってやる!!




