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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第七話 テラコッサ



 心地よい圧迫感に、目が覚めた。

 柔らかな何かが頭に押し当てられている。暖かく、どことなく草原を思わせる香りである。

 ひどく安らぎを覚える温もりに、アニスは赤く腫れた瞼を再び閉じようとした。


  そういえば昨日って……?

  あれ、じゃあこれ……。


 むにり、と押し当てられる双丘に心当たりがある。

 背中には両腕を回されしっかりと抱き締められているようで、離れようとしてもびくともしなかった。


「お、おき、起きて、起きてくださいレディさんっ」


 アニスを包み込むように抱き締め眠っていたレディエールが目を覚ましたのは、それから数分後であった。


「いやあ、あんまり抱き心地がよかったので思いっきり熟睡してしまいました。

 申し訳ありません」


 妙に肌は艶めき大して悪びれもしていない。心なしか表情も緩んでいた。


「人を抱き枕みたいに言ってっ。

 全然起きなくてびっくりしちゃいましたよ、もう」


 まだレディエールの柔らかな感触が肌に残っているように思えて、そっと頬に指を添えてみる。


  ほっぺたと同じぐらいだったなあ。


 そう思うと変に胸が高鳴るので、ふるると頭を振って雑念を払い除けた。

 少しだけ、羨ましさだけが残った。


 身支度を整えて、食堂へ朝食を取りに降りる。

 昨日のスープがまだ残っていたらしく、温め直して硬いパンと一緒に出してくれた。

 浸して食べると頑固なパンもいくらか食べやすくなり、腹に溜まって丁度よい。

 その様子を見た奥方が、朝にはいいかもね、とスープのメニュー入りを検討してくれたらしく、マルサが喜んだ。

 然るべき料金より少し色を付けて支払い、二人は村を後にした。





 昨日の健脚ぶりから、今日にはテラコッサに着くかもしれないとレディエールは冗談半分で考えていたが、なんということなのか、本当に着いてしまった。

 恐るべき速さである。普通の馬なら五日かかるところを三日で着くという話は聞いていたが、二日で着いてしまった。これはどうしたことか。


「普段より荷物が軽いのと、多分レディさんが上手なんですよ」


 そういう問題なのだろうか。

 呆気にとられた顔でカルドイークを見ていると、実に得意げな流し目を送ってきた。

 とても二十一の老馬には見えぬ精悍さである。

 レディエールは、これも魔法の内なのだろうと驚くのをやめた。魔女の力だと考えれば、全てが腑に落ちた気がした。


 レディエールもアニスも、テラコッサの衛兵にとっては顔馴染である。

 事情を話すと幌馬車の中を軽く見られただけで、ほとんど止められることなく受け入れられた。

 アニスの作る体力増強薬(ポーション)は、効果が高いと評判なのだそうだ。

 効果の程を身に持って体感しているレディエールは、衛兵の話を聞いて大いに頷いた。


 すぐにでも協会に行きたいところであったが、流石に時間も遅いため、その日は備蓄のパンと干し肉で食事を済ませ、レディエールが普段借りている宿に泊まった。

 一人用の部屋であったので、またも共寝である。

 流石に二回目ともなると特に羞恥もなく、寄り添うように寝た。

 二人共、なんとなく今後もこうやって眠るのだろうと漠然と予感していた。一緒に寝ると、不思議とよく眠れるのだ。


 明くる朝、またもやぎゅうと抱き締められたアニスがレディエールを起こす。

 レディエール自身は普段早起きな方なのだが、二人で寝ると心地よいためかどうしても寝すぎてしまう。

 その代わり気力体力ともに十全以上に回復するため、


「アニス様ご自身が私にとって最良のポーションなんですよ」


 と軽口を飛ばして大いに笑った。

 アニスは流石に恥ずかしそうにして、もう、レディさんは、もう、と牛のように繰り返した。


 朝も早いが、冒険者協会(バステア)は賑わいを見せている。

 地域住民の悩みを一手に引き受ける協会はいつ来ても人がおり、高額な依頼や歯ごたえのある討伐依頼が貼られないか、冒険者たちが虎視眈々と狙っていた。

 とは言っても、そこまでガラが悪いというわけではない。そういうのは面接で弾かれる。

 求めるもの全てが冒険者になれるというわけではない。適正を協会に見られ、合格したものだけが冒険者を名乗れる。

 国を行き来する際の身分証にもなるため、それ相応の人格が求められるということである。


 アニスは少し気分悪そうに耳を抑えた。人が多い場所は鋭敏なアニスの耳に毒なのだ。

 家族と旅をしていた頃は母オリヴィエの魔法で切り抜けていたが、今後はなにか手立てを考えねばならないだろう。

 アニスの異変に気づいたレディエールはしまったと慌て、しゃがんで背中を擦ってやった。


「申し訳ありませんアニス様、そういえば人混みが苦手と仰っていましたね。

 もう少しだけ、我慢できますか?」


「大丈夫です、すいません。

 旅をするんですもの、これからは慣れないといけませんね」


 不安そうなレディエールに微笑んで頷き、冒険者登録受付へ赴く。

 にこにこと優しそうな笑みを浮かべた受付嬢から申請用紙と羽ペンを渡され、書いて提出するよう言われた。

 名前・性別・種族・出身地・特技・志願理由を聞かれており、この内の出身地以外を埋めると、アニスは受付嬢を見上げ問うた。


「すみません、出身がわたしよくわからないのですが。

 小さな頃に旅に出たので覚えてなくって」


 この言に驚いたのは受付嬢ではなくレディエールであった。

 覚えてないほど小さな頃に出て、村に着いたとき二十を超えているということは、少なくとも十年以上は旅ぐらしだったということだ。

 民間伝承を聞いて回る旅だとゴウドは言っていた。民俗学の研究をしていたということだろう。

 そんな小さな子供を連れて旅立つ必要があるほど、大切な研究だったのだろうか。


「ふぅん?

 そうですかぁ、じゃあ、同じことをこれに向かって言ってください~」


やけにおっとりとした声で、なにやら細い鎖を取り出した。

 鎖の先端には赤く、先を研磨して尖った宝石が銀の装飾とともに付いていた。

 アガナンの振り子という魔術具である。罪の神アガナンに仕える死神たちの作る振り子で、真実と嘘を見分けることができる。

 この振り子の前で嘘をつけば、左右に揺れるのだ。

 アニスが出身を覚えてないと繰り返すが、振り子は揺れない。つまりこの言は真実ということになる。


「なるほどぉ、間違いないみたいですねぇ。

 それじゃあ、一番滞在時間の長かった場所で構いませんよぉ」


 因みに、レディエールが登録するときは嘘が見つかったため、少し大変であった。

 よい国の出方ではないため、伏せたくて適当な国を書いたら見事にバレてしまいこっぴどく叱られたのだ。

 その時もこの受付嬢が相手だったが、この笑みと口調のまま鬼のように詰められ、半泣きで謝罪したのを思い出しレディエールは冷や汗を浮かべた。


  あの時は、魔獣なんかよりずっと怖かった……。


 視線に気づいてか、受付嬢がニコリとレディエールに笑みを向けてきたので、思わず背筋をピンと張ってしまった。

 その様子を見てアニスは不思議そうに首を傾げるのであった。


 書類は提出したが、登録には面接も必要になる。書面では見えない人格などを測るためのものだ。

 近年冒険者の志願が増えているらしく、アニスの面接は明後日に決まった。

 それから、賊の討伐依頼達成と手長熊の討伐報告をした。

 馴染みの受付嬢からレディエールにしては帰りが遅いと心配されていたようで、もう少し遅ければ捜索隊を派遣するところだったという。

 事情を説明して手長熊の牙と毛皮を渡した。手長熊の件でなにか言ってくる人がいれば渡してほしいと告げると、心当たりがあるとのことだった。

 テラコッサへ行く道中ですれ違った金髪の女である。名をフォリントというらしい。

 なんでも野草採取中に襲われたらしく、なんとか逃げ出したはいいものの矢を随分と使わされ、絶対殺すと息巻いていたそうだ。


「あっそうか。

 あの人を見た時なにか忘れてるようなと思ったんですよね。

 これだったんですね……」


 そういえばアニスが何か腑に落ちないような顔をしていたことを思い出し、レディエールは眉根を顰めた。

 これは、きっと一波乱起きる。

 出来れば装備を揃え早々に街を去りたかったが、面接が明後日にあるためそうすることもできない。

 胸騒ぎを覚えずにはいられないレディエールであった。


 気分を変えようと、ひとまず二人は街に出て消耗品や雑貨の類を見て回ることにした。

 賊の討伐報酬で多少懐が暖かったのもあり、朝食も兼ねた少し早めの昼には、食堂でメルリマックの香草焼きを注文した。

 香草のお陰で川魚特有の嫌な匂いを殆どせず、逆に食欲のそそる香りへと見事に昇華されていた。

 大ぶりのメルリマックは信じられないほど脂が乗っており、一口噛みしめるごとに魚の旨味が鮮烈に弾け、フォークが止まらない。

 ほくほくと柔らかな身はしかし強かで、掬う時は軽いのに噛むとどっしりと食べごたえがある。

 そしてこの魚の脂でギトギトに汚れた喉をエールで洗い流す快感!

 先程の気苦労など一気に吹き飛ぶ、まさに夢見心地である。


「久々に食べましたけど、やっぱりすんごくおいしいですねっ」


 小さな口で懸命に咀嚼し、もごもごと頬を膨らませているアニスは小動物的な愛らしさがあり、ついその頬を指で押してしまう。


「えっ、なに、なんですかっ」


「いや、その。

 可愛いな、って思って」


「~~っ、もう、レディさんは、っもうっ」


 もしかして、こんな幸せな時間がこれから何度もあるのだろうか。

 そう思うと頬が緩むのを止められない。

 今後も行く先々で、できるだけ美味しいものを食べさせてあげよう。

 そう決意するレディエールであった。





 午後はレディエールが贔屓にしている防具屋を訪れた。

 街の目抜き通りから離れているため目立たないが、腕は確かで融通の効く知る人ぞ知る名店である。

 レディエールが今つけている革鎧も、この店の特注品だ。

 幸いなことに赤猪(ロッソブロア)の胸当てが残っていたので、明日までにアニスのサイズに調整してくれるらしい。

 店主に旅立つことを告げると、上得意だったためか随分名残惜しまれた。

 最後の調整ということで、レディエールの鎧も見てくれることになった。

 その上代金をかなり安く見積もってくれたため、レディエールは大いに感謝した。


 アニスが上に羽織るローブに関しては、掘り出し物が見つかった。

 防具屋の店主から勧められた魔術具店で、気配遮断の魔術が込められたローブを見つけたのだ。

 朱色の染色になにやら達者な刺繍が施されておりぱっと見は目立つが、着込むとなぜか気にならない。そういう作りなのだそうだ。

 流石に少し値は張ったが、予算の範囲内だったため喜んで購入した。


 また、アニスの人酔いに効く耳飾りも売っていたので、これも買った。

 こちらに関しては旅するエルフにとって必需品らしく、見た目ほどは高くなかった。

 金属製で、耳の先端に被せるように装着する。嵌められた魔石にマナを込めると、一時的に感覚が鈍るらしい。

 込めると言っても意識する程度でいいらしく、むしろ今まで何故持っていなかったのかと疑問視されるほどであった。


 買い物を終えた後は、厩でカルドイークの世話をしたり、露天で買い食いをしたりして、ゆったりとした時間を過ごした。

 本屋にも寄った。冒険者の心得という本があり、アニスが読みたがったので買ってやった。

 アニスは大いに喜び、寝る寸前まで熱心に読み込んでいた。

 本を読んで疑問に思ったことは、何でもレディエールに尋ねた。答えられる範囲で教えてやると、その度になるほどなるほどと頷く。

 それが健気でいじらしく、たまらなく愛しかった。


 レディエールはまだ知らなかった。

 この穏やかな夜は、嵐の前触れであるということを。

フォリントがでてくるまで書きたかったのですが流石に文量が多いのでいったんここで締めです

次回、フォリント登場

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