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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第四話 騎士見習いの誓い


 レディエールはアニスに頼んで、伝令蜻蛉を出してもらった。

 立派な手長熊(ゴーグリ)なので、ここに捨てるのは勿体ない。村から荷車を持ってこさせ、亡骸を運んだ。

 運んだ後、肉は解体さえしてくれれば好きにしていいと言うと、村人は皆大いに喜んだ。

 その夜は、村に貯蔵してあった貴重な酒を出した酒宴となった。


 手長熊の肉は、硬くて野性味が強い。雑食なこともあって良い味とは言えず、肉目当てで狩られることは殆どない。

 持ち帰っても、大した額にならないのだ。

 それでも貧しい村では肉自体が貴重だ。肉が硬いのなら、煮込んだりスープにすれば良い。

 美味とは言えないが滋養に富み、腹は膨れた。


 狩ったことを示す牙と、毛皮はもらうことにした。しなやかで強靭な毛皮は、皮鎧の素材になるからそこそこの値で売れる。

 ただこれも、矢傷でボロボロであったためそこまで高くは売れないだろう。それでも持ち帰る必要があった。

 矢傷があるということは、誰が別の人間が戦っていたということになる。レディエールは、獲物を横取りしてしまったような負い目を感じていた。

 最終的に倒したのはレディエールであり、そも右腕を斬ったのもレディエールのため気にする必要はないはずなのだが、これは殆ど矜持の問題であった。

 故に毛皮ぐらいは持ち帰って、我ぞというものがいれば渡す心算なのだ。それが協会の冒険者であれば、きっと見つかるはずだ。

 見つからなければ、そのまま協会のものとしてもらえばいい。


 アニスを見れば、村人と楽しげに談笑していた。

 レディエールの剣技の冴えを、あの手この手の言い回しで表現し、沸かせている。

 それをこそばゆく感じている時、酒瓶を片手にゴウドが横に座った。


「やっぱり俺の目に狂いはなかったな。

 姉ちゃんなら、やると思ってたよ」


 ほれ一献、とゴウドが煽るに任せて酒を喉に通した。

 渋みがあるが懐の深い、芳醇な香りの赤ワインだ。思いがけない良酒に目を丸くすると、とっておきなのさとゴウドが豪快に笑った。


「あれは、私が倒す前にだいぶ消耗していました。

 矢傷を見たでしょう、誰かが既に戦っていたのです。

 私は、誰かの獲物を横取りしてしまったのです」


「気にすることないと思うがね」


 その答えが気に入らないとばかりに、ゴウドは杯を傾けた。


「それより。

 アニスちゃんは、どうだった。

 使えたかい」


「驚きましたよ。

 手長熊の跡を追うだけではなく、奇襲まで事前に察知して知らせてくれたのです。

 回復魔法も、今回は効果を出すまでもありませんでしたが、随分便利そうでした。

 伝令蜻蛉の魔法などは私も使いたいぐらいです」


 そう答えると、そうだろそうだろ、とゴウドは我が事を褒められたかのように喜んだ。


「あの子はな。

 こんな村にいていい子じゃあないんだ」


 ぽつりと、ゴウドはアニスがこの村に来た経緯を話した。




 今から七年ほど前、旅の学者一家が村へやってきた。

 学者の名前はルイス。当時四十そこそこの男性で、驚くほど美しい奥方と二人の娘を連れていた。

 その奥方こそ虫の魔女オリヴィエで、アニスは二人のうち妹の方だという。

 姉は、リコリスと言った。


 ルイスは各地に伝わる民間伝承を聞いて回っているらしく、ちょっとした話と引き換えに、食事や薬を提供してくれた。

 年かさ連中のうわ言が如き話まで熱心に聞いては、旨いものを馳走してくれたため、大いに歓迎されたそうだ。

 オリヴィエは魔女であったため畏れ多かったが、話してみると気さくな方で、困りごとを聞いては魔法で解決してくれた。

 アニスとリコリスはとても仲のいい姉妹で、村人は皆自分の娘のようにかわいがったが、二十歳を超えていると聞いて驚いた。

 とは言っても、エルフで言う二十歳は全然子供なのだという。


 一家が村に滞在して一週間が経った日、猟に出ていた村人が命からがらといった様子で帰ってきた。

 大百足(オルドゴア)が出たと言うので、何を大げさな、と人々は笑った。

 大百足は小鳥を食らうような大きな百足で、厄介な毒を持ってはいる。

 それでも人が殺せない虫ではない。

 ぜえはあと大仰に肩で息をする男を誰もが冷やかしたが、続く男の言葉には皆目を剥いた。

 木よりも大きい、と言うのだ。

 気のせいだろう、と村の誰がこぼしそのような雰囲気になったが、オリヴィエは険しい顔つきで大百足の詳細を確認した。

 どこにいたのか、何をしていたのか、角は生えていたか、そして足の色は何色かを聞くと、青ざめた顔で、龍虫(アグラゴア)だ、と呟いた。


 龍虫。

 人の八倍はあるだろう全長を誇り、飛竜(レド・ドルゴ)を食らうという伝説の凶虫である。

 南の温厚な気候に住まうと言われ、出現の報告があれば一国が騎士団を総動員して退治に当たるべき、生きた災害だ。

 村はウェルストード大陸の北西にあり、温暖な土地とは言い難い。

 いるはずのない存在であったし、故に村人は名前を聞いてもよくわかっていない様子であった。

 オリヴィエはそれを単身、討伐に出た。

 そして龍虫を道連れに、死んだのだ。


「これは後から聞いた話なんだが、子供を産んだ魔女ってのは、力が落ちるんだとさ。

 それでもオリヴィエ様は、村のために命を尽くして下すったんだ」


 村人もそうだが、一家は大いに嘆き苦しんだ。

 特にルイスは、まさか魔女でエルフのオリヴィエに先に逝かれるとは夢にも思っておらず、三日三晩激しく慟哭し、ある日書き置きを残し姿を消した。

 

<娘たちを頼みます。僕は龍虫が何故出てきたのか突き止めに行きます>


 五日後、ルイスの死を知らせる手紙が届いた。


「冒険者を雇って調査をしていた最中に、崖から落ちたんだと。

 遺体を探すのも大変なほど深い谷で、結局見つからなかった。

 でも、まあ。

 十中八九……って話さ」


 何たる壮絶な話か。

 突如として両親を亡くし、旅先の村に取り残されたアニスたちの胸中を想像し、思わず涙が滲む。


「あの、リコリスさんは……」


「ああ……リコリスちゃんは、オリヴィエ様の助けになれなかったこと。

 ルイスの旦那を止められなかったことを随分悔やんでてなあ。

 強い冒険者になって、いつかアニスちゃんを迎えに来るって、四年前に出てっちまった」


 運命が、なんらかの力がアニスたち一家を引き裂いたようにしか思えなかった。

 一家離散、それ自体はよくある話である。

 魔獣や山賊らによる襲撃。戦争。流行り病。金銭的なトラブル。

 例を上げれば枚挙にいとまがない。


 それにつけても今聞いた話は、()()()が荒唐無稽に過ぎた。

 龍虫など、レディエールも名をどこかで聞いたことがある程度だ。出れば、何かしらの記録には残るであろう大怪虫である。

 たまたまオリヴィエがいて討伐できたから良かったものの、そうでなければ凄まじい惨禍を残していただろう。


「生きてはいるらしい。

 旅立ちのときにアニスちゃんに送られた髪飾り、ほら、いまもつけてるあの青い宝石さ。

 あれが割れない限り無事なんだとさ。

 でも、命があるからって五体満足とは限らねえ。

 生きてさえいりゃ割れないわけだから、半死半生の可能性だってあるわけだ。

 そんなもん、なんの慰めにもならん」


 そこまで言うと、ゴウドは一つ深呼吸をして、レディエールを真剣な眼差しで見据えた。

 何を言おうとしているのか、なんとなくだが検討はついていた。

 止めることはせず、促すように頷いた。


「頼む。

 アニスちゃんを連れて、リコリスちゃんを探しに行ってはくれねえか。

 もうこれ以上、あの子に寂しい思いをさせたくはねえんだ。

 泣いてんだよ、毎日。

 どうしてあの日、ついていかなかったのかってよ。

 手遅れになる前に、どうか、頼む」


 レディエールの心は既に決まっていた。

 探しに行くに、決まっている。

 この話を聞いて動かぬものは、騎士にはなれぬ。


 しかし考えるべきことはいくつもある。

 特に、足がないのは致命的だ。

 この大地(ローレリア)は、人探しをするには広大すぎる。

 レディエールは悩ましげにこめかみを数度叩いた。

 難しいことを考えるときの癖だ。


 レディエールに馬はない。フェルドランドに置いてきている。

 貴族の馬は国の馬だ、勝手に連れて行くわけにはいかぬ財産である。

 レディエールは殆ど出奔に近い出方をしていたので、最低限のものしか持って行けなかった。

 どれほど長い道程になるかわからぬ旅に、馬なしで挑むのは無謀と言ってよい。


 ここ最近名が売れてきたとは言え、馬を買うほどの金もない。

 馬は高い。長旅を耐えうる強い馬であればなおのことだ。

 アニスの体高を考えると、できれば幌馬車(ほろばしゃ)も欲しい。


  いっそ、ゴウド殿にお願いしてみるのも手か。

  難しい願いを聞こうとしているのだし、それぐらいは融通してくれるかもしれない。

  うん、そうしよう。


 申し訳無さそうに打診してみると、ゴウドは大いに笑った。

 そんなことで難しそうな顔をしていたのかと。

 聞けば、アニスが馬を持っていたのだ。

 カルドイークという名で、オリヴィエの愛馬であり忘れ形見だという。

 ふた月に一度、ゴウドの息子テムガーが跨り、アニスと体力増強剤(ポーション)を馬車に乗せ、テラコッサの街へ卸しに行くらしい。

 お誂え向きと言うか、出来すぎた話だなあとレディエールは唖然とした。


 ともかく、そうであれば問題はない。

 騎士を志す者として、必ずアニスさんをお守りし、そしてリコリス嬢を見つけ出してみせると、約束した。

 ゴウドがおいおいと泣き始めたので、宥めるのに苦労した。


  しかし、飛蝗が如き脚(カルドイーク)か。

  どんな駿馬なのだろう。

  飛び跳ねたりするのかな。


 そう思うと途端に愉快な心地になり、レディエールは相好を崩した。




 明くる日、ゴウドはだらだらと冷や汗を流していた。

 アニスに、それはもう大いに叱られているのだ。


「そんな大事なことを本人に聞かずに、どうして決めちゃうんですかっ。

 わたしはこの村の治癒師です、わたしがいなくなったら誰が怪我や病気を治すのですっ」


 尤もであるが、そもそも村に治癒師のある村がどれほどあるというのか。

 大抵は薬や包帯などを備蓄しておいてそれでなんとかする。

 なんともならなければ医者に来てもらったり、または街に直接患者を連れて行く。

 医療の手厚いこの村が特殊なのだ。


 そんなふうにゴウドが宥めると、くりくりした大きな目を見開いて喝を飛ばした。


「この村とテラコッサがどれだけ離れていると思っているのですっ。

 カルドイークで三日かかるのです、普通の馬なら五日はかかるでしょう。

 その間に容態が悪化したらどうするのですかっ。

 レディエールさんもレディエールさんです、お酒の席で決める話ですかっ。

 冒険者なんでしょう、依頼の内容はちゃんと吟味してください。

 損しかしないでしょうに」


 一方のレディエールはと言えば、アニスの堂々とした叱りっぷりに、すっかり感心していた。

 怒ってはいても品を失っておらず、それでいて侮ることが出来ない程度に厳とした形相である。

 しかもその怒りは自分のための怒りではない。他者を慮ったがための怒りである。

 昨夜の決心は、酒の勢いで言ってしまった過ちではなかったと嬉しくなった。


「それは違います。

 今回の出会い、私はなにがしかの運命に拠ったものだと思っています。

 私はあなたを守り、リコリス嬢へ導くためにこの村を訪れたに違いありません。

 今も私の中の風が、あなたへと強く流れているのを感じます。

 あなたを守りきった時、きっと私は、騎士になるのです。

 それを得と言わず、何を得とするのでしょうか」


 レディエールの勢いにアニスはたじろいだ。

 自分のことを、姫か何かと勘違いしているのではないか。

 レディエールの言は物語の騎士のそれと比べても遜色ない。

 そして美しくも勇壮で中性的な面立ちは、アニスの心臓を高鳴らせるに足る端麗さであった。


「私はまだ騎士ではありません。

 故に剣を捧げることは出来ません。

 なればこそ、私はあなたに、大願の成就を捧げてみせます。

 お姉様との再開を、必ずお約束しましょう」


 アニスの怒りは、すっかり鳴りを潜めてしまった。

 この美しき女丈夫にそこまで言われ、ときめきを抱かぬ者がいるだろうか。

 元より淡く桃色を帯びていた頬を一層紅潮させ、アニスはこくりと一度だけ頷いた。

 それを見たゴウドは、嬉しいような寂しいような、ひどく複雑な笑みを浮かべた。

次回旅立ちに続きます。

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