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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第二十六話 明くる日



 懐が温かいというのはよいものだ。

 その日の目覚めは、随分清々しいものであった。

 モルデオンでも一等位の高い宿屋に泊まれた三人は、たっぷりと張られた湯に体を浸して疲れを癒した後、肌触りの良い繻子織りのシーツをかぶせられた柔らかいベッドで寝た。

 大仕事を終えた後の熟睡に勝る快楽はあるまい。貪るように寝て、起きたのは昼前であった。

 キングサイズのベッドで三人並んで寝たのだが、アニスとレディエールが抱き合っているのを見て、フォリントはちょっとだけ寂しく思ったりもした。

 "そんなに抱き心地いいの”と思わずレディエールに聞いてしまったのはその所為だ。因みにこの問いにレディエールはあげませんよ、とだけ返した。


 高級宿というのはお抱えのシェフがいるものだ。宿屋の奥方が食事を提供している、というわけではない。

 すなわち、昼も平時ではあり得ぬ豪華なものにありつけた。牛である。

 昨夜バゲニーゼの邸宅でも馳走された牛が昼に宿でも出てきて三人は大いに驚いた。牛が名産と言うのは確かなようである。

 もう二度と食べられぬかもしれないと思っていたので三人は喜んでこれにありついた――が、一口食んだところで三人は同時に疑問符を浮かべた。

 明らかに昨日のものと味わいが違うのだ。 絹のような脂に蕩ける赤身といったまさに極上の肉と打って変わって、少々野趣香り歯ごたえのある肉質である。

 部位による違いというレベルではない。美味いは美味いが、昨日のものを期待していた三人にとっては些か物足りないものであった。

 聞けば、恐らく昨夜出されたのは皇室など尊い身分にのみ供される通称“四本角”だろうと返された。

 牛は角の数で肉の等級が変わり、その最たる存在が四本角の牛なのだという。

 今回出されたのは三本角で、市井に出回る牛肉に比べれば位は上だそうだ。

 皇室御用達ともなればいくら高級店とはいえそう出せるものではない。昨日それを食せたのが異様だったのだ。そう三人は割り切った。


「……ってそんな簡単に割り切れない〜……。

 ううっ、もうあのお肉は一生食べられないんだわ……恨むわよバゲニーゼェ……」


 食事を済ませ宿を出てから、フォリントがやっと三人の意見を代弁してくれた。

 一度覚えた美食は二度と忘れられない。そして今まで美味しく味わっていた食事が色褪せて見えるものなのだ。

 分不相応な贅沢は身を滅ぼしかねない。欲の恐ろしさを三人は思い知るところとなっ た。


 昼食後は装備の修繕や新調に赴いた。レディエールの装備は特に損耗がひどい。自身との戦いはなかなか堪えるものがあったようだ。

 バゲニーゼが呼び寄せた高級店の中にも武器屋があったが、バゲニーゼ好みの装飾過多な装備ばかりが見えたため昔からあるという鍛治屋を訪れた。

 激しい剣戦の跡が残る刀身は元々よく使い込んでいたのもあって刃毀れが多く、鍛冶屋に見せると鍛え直すより買い換えた方が安くつくと言われてしまった。


「気に入っていたのですが……仕方ありませんね」


 幸いよい鋼が使われているという事でそこそこの値で買い取ってもらえたので、買い替えの金を心配する必要はなかった。

 今回の騒動で得た賃金も合わせればちょっとしたものが買えそうである。

 予算を伝え、その中で出来のいいものをいくつか見繕ってもらった。


「せっかくこんなさびれた鍛冶屋に来てくれたんだ、少しおまけして……これなんてどうだい。

 刀身はハルオライト鉱とジオフィア鉱を混ぜて鍛えてある。そのせいで大分重いが、お客さんなら振れるはずだぜ。

 しかも魔界に行くんだろう? ならこれぐらいは頑丈な方がいいと思うよ」


 蓮の花が如き柄を持つ一振りである。柄の流麗さに反して、刃は肉厚で如何にも重厚感を漂わせている。

 柄尻に目を合わせて刀身を確認する。揺らぎも反りもない良い拵えである。

 レディエールが持ってみると、確かに今までのものより一回り半ほど重い。

 アニスが持ってみたいというので剣を横にしてから持ち上げてみるよう促すと、剣を立たせるのがやっとで持ち上げることはついぞできなかった。


「えっ、え?

 これ、ちょっと重いとかそういうレベルじゃなくないですか?

 こんなの振り回せるんですか?」


 率直な感想にレディエールと鍛冶屋が大笑いした。

 因みにフォリントも試してみたが、両手なら何とか構えられる、といった様子であった。


「すこし試し切りをしてもいいですか?」


「勿論。裏に木偶を用意してあるから斬ってみな」


 裏口を抜け、レディエールは事も無げに重厚な刃を木偶に向けた。

 片手で構えているが、姿勢に些かの力みもない。静まり返った水面のようであるとアニスは内心評した。

 まず左下から右上に切り上げる。よく研がれた刃が木偶を斜め掛けに分断し、宙に浮かんだ半身を横薙ぎに一閃。

 瞬く間に三つの木片と化した木偶を見下ろし、レディエールは満足げに鼻から息を吐いた。


「よい剣ですね。重さも丁度いいし振りやすい。

 これをいただきます」


 剣と同時に矢と投げナイフも補充した。 矢は質の良い鉄を用いたものもいくらか購入し、とっておきの時に使うのだとフォリントが得意げに語った。

 レディエールが防具も見たいというので防具屋に赴くと、道中で見知った顔に出会った。

 バゲニーゼの屋敷で働いていたメイドのミーシャである。三人を見つけるや否や目をうるうると滲ませアニスに飛びついてきた。


「わぁーん! 姫様、姫様! ご無事でなによりですう~!」


「ちょっ、ミーシャさん!?」


 せっかく姫と言う肩書を払拭してもらったばかりだというのに往来で姫呼ばわりは不味い。

 何とか落ち着くよう説得して、近くの食堂に飛び込んだ。

 お昼は過ぎていたため人もまばらで、話し合うにはうってつけである。


「うう、お騒がせ してもうしわけありませんでした……。

 姫様のお姿を見たらいてもたってもいられなくって……」


「ミーシャさん、その。姫様っていう呼び方なんですけど聞いてませんか?

 わたし、姫でもなんでもなくって……」


「聞いています、聞いていますけど……でも、私の中で姫様は姫様なのです。

 今更下のお名前でお呼びすることなどできません!」


 レディエールには彼女の気持ちが痛いほどわかった。強い敬愛の気持ちは時に人を頑固にさせる。

 しかし、だからと言ってそのままにしておくことはできない。


「ミーシャ。アニス様を慕う気持ちは分かりますが、それではアニス様が困ってしまいます。

 私だって姫様と呼びたいのを我慢しているのです。従者たるもの、主人の希望には沿わなければ。

 あなたもアニス様とお呼びするべきです」


  レディさんも姫様って呼びたいの……?


 目をぎょっとさせるアニスを他所にレディエールがミーシャに従者の心得をこんこんと教え始めたので、呆れたフォリントが豆のスープとバケットを注文した。


「こうなったら長いからほっときましょ。

 ……そういや領主がいなくなったらここ、どーなるのかしらね」


「普通なら国から新しい領主が派遣されてくると思うんですけど……人身売買してたり、目抜き通りから奥はスラム化が進んでたりして誰もやりたくないと思うんですよね。

 よっぽど優秀な人がこないと、いまから建て直すのは難しい気がします」


 給仕がテーブルに届けてくれたスープにバケットを浸しもっちゃもっちゃと食べながら、景気悪そうにフォリントは眉を垂らした。


「そーよねえ、まさか放置はないと思いたいけど……。

 あたしたちが何とかできるレベルの話じゃないって分かってるけど、なーんか遣る瀬無いわね」


「君たちに心配をかけないよう努力はするつもりさ」


 不意に背後から聞こえた声に振り向くと、またしても見知った顔が立っていた。ドリスタスだ。


「あんた、ほんっと神出鬼没ねえ。暇なの?」


「まさか! 今の今まで飲まず食わずで仕事をして、いまやっと昼食をとっている所さ。

 領主不在の街なんて、探さなくても向こうから仕事がわんさと降ってくるからね」


 はあ、と嘆息して注文していたのであろう料理をアニス達のテーブルへ運ぶ。同席する気満々である。


「ちょっとあんた勝手に……はあ、まあいっか。知らない仲ってわけじゃなくなっちゃったわけだし」


「そういうこと。縁ってのは大切にした方がいいよ。これでも一応総協会長だしね。

 昨日はよく眠れたかい?」


 温めたミルクを啜りながら、アニスがおずおず応える。


「おかげさまで、いいお宿に泊まれました。

 昨日今日で随分贅沢させてもらいまして、元の生活に戻れるかどうか不安なぐらいです」


「ハッハッハ、では質のいいベッドロールを買うことをお勧めするよ。虚空の鞄に入れておけば劣化も大分防げるから旅がかなり捗るぞ。

 ……話は戻るけど、この街の行く末に関してはあまり気にしなくていいよ。言っただろ、バゲニーゼはもとから追放するつもりだったんだ。

 代わりは既に用意されているのさ」


 そういえば、とアニス達はバゲニーゼを追放するためのきっかけとして遣わされたことを思い出した。

 追放することが決まっているのなら、後任を事前に用意しているというのも道理である。


「もっとも本人が死亡してしまうのは少々予想外だったから引き継ぎに時間はかかってしまうがね。

 まあそれでも、少なくとも三か月以内には引継ぎが完了して、街の改築に乗り出せるだろう。

 僕もここの協会長が快復するまでは現地で手伝うしね」


「ふーん、お上はお上でちゃんと考えてるってわけね。心配して損したわ。

 バゲニーゼが集めたお宝も街の再建の費用にするわけ?」


「勿論。僕も見たけどありゃすごいね。一体どれだけの金を投入したんだか……。

 流石に人身売買だけじゃ賄える額じゃないなあと思ったんだけど、それ以外だと税がかなり重い……ぐらいでね。

 使用人とかにも割とマシな対応してたみたいでなんか結構、擁護する声が多かったんだよね。

 メイド長なんてホの字だったみたいでさ、殆ど右腕になってたみたい」


 アニス達は目にすることがなかったが、バゲニーゼがメイド長を重用しているらしいことは、黒幕と思わしき存在の世話をさせていたことからも読み取れる。

 とすればメイド長が一番事の真相を知っているはずである。アニスもそう思って"その方に聞かなかったんですか"と問うた。


「それがね、その質問をした瞬間泡を吹いて倒れてさ。

 古典的な方法だけど奥歯に毒を仕込んでたんだ。

 バゲニーゼはもういないんだし隠し立てする必要ないと思うんだけどねえ。

 いや、忠義心ってのは恐ろしいもんだ」


「まー……今まさに忠義心に狂ってるのが二人いるしね」


 頬杖付いて豆を突っつきながら、フォリントはレディエールとミーシャに目線を移した。

 いやに白熱している。レディエールの講義に熱い視線を向けながらうんうん頷くミーシャ。

 なんとドリスタスの来訪にも気づいていない様子だ。


「わたし、時々レディさんが怖いときあります……」


「同感。あんた、自分の操は自分で守りなさいよ。あたしじゃパンチーつで沈むから無理」


「ふぁ、フォリントさぁん……」


 情けない声を上げるアニスにドリスタスとフォリントが大いに笑い、その声でようやくレディエールがドリスタスに気づいた。


「おお、グランドマスター。丁度いいところに。

 この子、冒険者を志願していますので面倒見てあげてくれませんか?」


「えっ」


 ほとんど同時に三人が驚きの声を上げた。何がどうなってそうなるのだ。


「私がどのようにしてアニス様にお仕えしていたのかを話しておりましたら、自分も強くなって、いつかアニス様をお守りしたいと言い始めまして。

 流石に普通のメイドだった彼女を連れて旅に出ることはできませんので、まずは冒険者として強くなることを目指してはどうかとアドバイスしたのです」


「アニス様! 私、目が覚めました! 従者に必要なのはお給仕する能力よりもまずはパワーなんですね!」


 ドリスタスのははっという乾いた笑いが痛むアニスの頭に響く。

 困ったことにアニスはこういう時出すべきセリフを持ち合わせていないのだ。


「へいレディ、ちょおーっと表出な? 話あるから。

 アニスとドリスタスはその子を説得してちょうだい。あたしはこのバカをシメるから」


「馬鹿とはなんですか馬鹿とは!」


「バカじゃないのよ! このアニスバカ! いいから出るわよ!!」


 ぎゃあすか言い合いながら二人は食堂を出て、やたらにやる気な様子なミーシャと、半笑いのドリスタスと、頭を抱えたアニスだけが残された。


「えっ、っとお……まいったな、はは。どうしよっかね、アニス嬢」


「うちの連れが申し訳ありません……」


 仮にもグランドマスター相手に馴れ馴れしすぎる。どうもレディエールは男が相手だと やたらに強気になるというか、ぞんざいになるきらいがある。

 面倒をかけて申し訳ないという気持ちと、懐いてくれている子がアホになって悲しい気持ちと、自分はそんな慕われるような存在じゃないという羞恥の気持ちがアニスの内に複雑に渦巻いていた。


「いやまあ、 頼ってくれて嬉しいよ。だから だからそう落ち込まないで、ね?

 さて、ミーシャ嬢だったかな? 改めて聞くけど本気かい?」


「本気です! 私もレディエール様のように強くなって、アニス様にお仕えしたいのです!

 ……私、襲撃があったとき一撃でのされたのが悔しくて悔しくて。

 レディエール様に言われる前から、もっと強くなりたいって思っていたところだったのです」


 ふうむ、とドリスタスが顎を撫でる。志は立派だが、適材適所と言う言葉がある。

 自身の担当ではなく、対応できないことは対応できるものに任せるのが一番である。

 何でもかんでも自分でやろうとするのは傲慢と言うものだ。

 しかし、ミーシャはまだ若い。ここで可能性の芽を摘んでしまうのは早計ではないか。

 そういう考えが"ふうむ"一言に含まれていた。

 ずい、とドリスタスがアニスに耳打ちする。


「フォリント嬢はああ言ったけど、僕としては優秀な人材ならぜひとも迎えたい所なんだよねえ。

 冒険者って常に人手不足だから。

 だからまず、なるならないは置いといて素質を見るところから始めればいいかなって思うけど、どうかな?」


「と言うと?」


「一旦僕の方で預かって、何ができるのかとか、伸びしろはあるのかとか、マナの具合とかを調べてみるよ。

 見込みがあるようなら僕のところでしばらく面倒見る。

 駄目でもまあ、メイドならいくらでも働き口はあるだろうし」


 ミーシャを見れば、ふんすと鼻息荒くやる気満々の様子だ。下手に断るより素質を見てもらった上で断ったほうが、頭も冷えるかもしれない。

 こくりと頷いて、アニスはミーシャに向かい合った。


「ミーシャさん。わたしみたいな成りたてが言うのも変な話なんですけど、冒険者ってとっても危険なお仕事なんです。

 何度もいいますがわたしは別に偉いわけでも何でもないので、指図できる立場にありません。

 ですから、これは友人として。

 まずドリスタスさんのところで何ができるのか、自分で感じてみてください。

 冒険者になるかどうかは、それから決めてみてもいいんじゃないですか?」


「つまり……それでいい感じだったら冒険者になっていいってことですか!?」


「いいもなにも、わたしにミーシャさんを止める権利はありませんよ。

 ただ、突っ走らないこと。ちゃんと自分と周りを見て、よく考えて行動してくださいね。

 ……わたしにも言えることなので言ってて自分で耳が痛いんですけど」


 苦笑いを交えつつ"がんばってください"と告げると、実に嬉しそうな声ではい! という声が返ってきた。

来週はお休みします。年内最後とはならないようにしま、し、しま……努力します。

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