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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第二十四話 お遊戯



 書置きにあった順路を頼りに進んでいくと、レディエールは首筋に嫌な気配を感じた。

 ほとんど本能的に剣を抜いて空を裂くと、何かを弾く音がした。毒針だ。


「まさか防がれるとは。

 あんたは耳がいいのか? やりづらいったらないね」


 物陰から現れたのは、アニスを襲った男だ。ショートソードを片手にまるで蝋燭の火のように揺らめいている。

 見るからに軽業が得意そうな暗殺者スタイルで、レディエールは顔を顰めつつアニスを降ろし、後ろにいるように告げた。

 こくこくと何度かアニスが頷いて物陰に隠れたのを確認してから、再度男と向き合った。


「お前か、アニス様を襲ったという賊は。

 フォリントはどうした」


「金髪の姉ちゃんなら領主サマが飾り付けてるよ。

 あんたらは顔がいい。殺すのは惜しいから飼うんだとさ。

 下手に傷つけなくてよかったよ。あの女、弱かったから加減するのに苦労したぜ」


 ひとまずは無事なようだが、あまり悠長に構えている時間もなさそうだ。

 ともすればフォリントが慰み者にされてしまうかもしれない。

 レディエールは幅広のブロードソードを抜き、殺気を込めて口を開いた。


「死にたくなければ退け。 雇われの賊を相手にしている暇はない」


「面倒だがそういうわけにもいかない。領主サマにはたんまりもらってるからね。

 あんたは厄介そうだから、手足をもいでもいいと言付かってる。悪く思うなよ」


 瞬間、男が距離を詰める。中々の迅さだ、確かに先ほどレディエールが相手取った雑魚達に比べれば練達のようである。

 左下から迫りくる切り上げをレディエールは払い、返す刀を振り下ろす。が、ふわりと後方に飛ばれたため空を裂くに留まった。

 見た目通りの身軽さに、成程、こういう手合いかとレディエールは得心した。

 下がりながら男が放つ毒針を弾きつつ、ずんずんと足早に詰め、二閃、三閃と剣戟を浴びせ続けた。

 だが力自慢との戦いは慣れているようで、()()()がこなれている。

 時に躱され、時に刃で受けられるも力の流れを利用して弾かれる。

 しかしレディエールとて、この類の相手とは何度も殺り合っている。

 要するに相手が焦れて大ぶりの攻撃をしてくるのを誘っているのだ。

 隙のある一撃の間隙を縫うように、鋭い斬撃、または刺突を叩きこむ。

 知っている動きだ。


「いくら力が強くても、当たらなければ意味がない。

 体力切れ待ちなら無駄だよ、あんたみたいなのは慣れてるんだ」


「安心しろ、そんなものを待っている暇はない」


 視線は男の貌を捉えながら、上段から剣を思いっきり男の足ごと床に突き立てるように投げ放つ。

 先ほどから観察するに足さばきが巧みなのだ。ならば、足を縫い付けてしまえばよい。


「ぎゃああっ!」


 痛みに叫ぶ男に無慈悲に詰め寄り、鉄拳で顔面を撃ち抜いた。

 骨が砕ける鈍い音と共に地面に叩きつけられた男の顔は、くっきりと拳の形に凹んでおり、何度か身体を痙攣された後、動かなくなった。


「お前が弱いと言った女は射手だ。

 射手相手に接近戦で勝って粋がり、私にまで接近戦を挑んだ時点で勝敗は決していた。

 あの世でよく反省しろ」


 血の付いた拳を拭いながら亡骸にそうとだけ告げると、急いでアニスの方へ駆け寄る。

 ほかの刺客が来るかもしれないと内心ずっと気が気でなかったのだ。

 幸い何か起きた様子はないが、アニスがレディエールを見る目にいくらか恐れが混じっていた。

 無理もない。人が人を殺すところを見るのは初めてなのだ。

 覚悟しているとはいえ、そうそう慣れるものではない。


「レディさん、あの人は……」


「危険性の高い相手のため、殺しました。

 この手の手合いは生かしておくと後ろから刺してきたり物を投げたりと碌なことをしません。

 ……私を、軽蔑しますか」


 分かっている。もうそのようなことを言っている場合ではないのだ。

 レディエールは正しい。ついこの間も、殺す覚悟を持つ必要があると認識したばかりである。

 頭でわかっても、長年人を癒すことを仕事にしてきたため、心がどうしても忌避感を抱いてしまう。

 ちら、と男の死体を見る。見るも無残に頭蓋骨が陥没しており、レディエールの膂力を雄弁に語っていた。

 いつもは頼もしく思っていたレディエールの逞しい腕が、どうしても、怖い。

 見上げれば、レディエールの表情は無であった。

 レディエールもまた、怖がっているのだ。アニスは殆ど直感でそう理解した。

 そう気づいた途端、恐怖は消えはしなかったが、共に歩めるとは思えた。


「いえ、大丈夫……です。

 今はああだこうだと言っている場合ではありませんし。

 飲み切れない分はあとで、……飲み込みます」


 レディエールは酷く悲し気に笑み、そうですか、とだけ返した。

 それ以上は何も言わず、二人はその場を後にした。腕には、乗らせなかったし乗れなかった。

 




 地下へ降りると、堅牢な扉が迎えた。

 重そうな回し戸のついた肉厚の鉄塊といった趣だが、これ見よがしに開いている。

 準備はできているから早く入って来いとでも言われているかのようでレディエールの癇に障ったが、入らないという選択肢はない。

 フォリントはもはや外すことのできない大切な仲間だ。口には決してしないが、その陽気な心根にはレディエールも随分助かっていた。

 こんなところで傷物にするわけにはいかない。見ればアニスも同じ心持のようで、お互いに頷き合って中へ入った。

 内部は、絢爛豪華の極みであった。

 まず、鉄の扉の向こう側は床から天井、柱に至るまですべて純金である。

 良く磨かれ鏡面張りになった黄金の部屋は天井から吊るされたシャンデリアの光を反射し目が眩むほどだ。

 左右にずらりと並べられたショーケースには様々な宝がそろっており、アニスはふとクェンベリのことを思い出した。

 法則性のなさに関しては共通しているような気がする。違うのは、バゲニーゼのそれはすべて価値が高いという点である。

 思ったのは、奴隷を売ったとてここまで集められるほど資金を得られるのだろうか、という点である。

 奴隷の相場など見当もつかないが、他の悪事にも手を染めている、或いは奴隷よりもも っと悍ましいことをしているかのどちらかのような気がしてならず、アニスは身震いさせた。


「ようこそ姫殿下、我が宝物庫へ!

 どうです、中々のものでしょう?

 お見せすると言っていた約束を果たせてよかったです」


 黄金の椅子に深々と座るバゲニーゼの横には、美しい純白のドレスに身を包むフォリントの姿があった。

 いつのまにしたのか化粧も施されており、普段から美人だと言うにその美しさに拍車がかかっている。

 異様なのは、その表情である。立ち姿はたおやかで美しいのだが、生気が感じられない。

 うつろな紺碧の瞳が、こちらを見るでもなく視線だけを向けていた。


「モルデオン公! フォリントさんに何をしたのですかっ!」


「ご安心なされよ、無体な真似はしておりませぬ。

 着替えや化粧はメイド長にやらせました。

 私は宝には傷一つなくあってほしいのですよ。

 ただ、少々暴れましたのでこれで大人しくなってもらいましたがね」


 掲げたのは杖だ。歪んだ枯れ木に金と銀で出来た二匹の蛇が渦を描くように巻き付いており、その双眸にはそれぞれ小さな魔石が取り付けられていた。


「これは支配の杖という強力な魔術具でしてな。

 効果は……まあ、見てのとおりです。

 賑やかな彼女も美しかったですが、この肌とこの髪、そしてこの豊満な肢体はこうしているほうがずっと美しい。そうは思いませぬか?」


 怖気が走る。この男は先の暗殺者とは別の観点で人を人として見ていない。

 性的倒錯には陥っていないようなのが不幸中の幸いだが、物としか見ていないその思想には吐き気を催す。


「思いませんっ! フォリントさんは元気なところが一番いいんですっ、わたし達のフォリントさんを返してくださいっ!」


「ふうむ、意見の相違ですな。残念です。

 ……ああ、ところで。先ほどの腕前、実に見事でしたぞ騎士殿。

 ずっと見ておりましたが、ここらで雇える最も高額な傭兵をああも容易く斃すとは。

 あの強さ、実に美しかった。あなたにはぜひ我が側近として仕えてもらいたい。

 強く美しい女騎士など、生半に手に入るものではありませんからな」


「お断りします。我が命は既にアニス様に捧げておりますが故。

 ……しかし、そうではないかと思っていましたが。やはり見ていたのですね」


 おかしいとは思っていた。あまりにも対応が早すぎるのだ。

 食事を終えてそう時間は経っていない。事前にこうなると予期でもしていなければできない芸当だ。


「勿論。協会から来る遣いなど、監視しないわけには行きませぬからな。

 気付かないとはまさかお思いになりますまいな、ええ。当然存じておりましたとも。あなた方が身分を詐称していることなど。

 懸命に姫君を演じておられるあなた様はとてもお可愛らしかったですぞ、アニス姫殿下」


 ぼっと火が付いたようにアニスの顔が赤く染まった。

 バレないとは全く思わなかった……わけではないしむしろバレるだろうとは思っていたが、最初っからバレているというのは話が違う。


「いっ、いつから……」


「ですから最初からです。

 姫が来ると言う話が来た時点で密偵に調べさせていたのですよ。

 そうしたら冒険者協会の長ドリスタスらしき男と小屋に入るあなた方を目撃したという情報が入りましたので、即座にこの街の協会長に確認したのです。

 あの男は実は私の子飼いでしてね。ま、いわゆるスパイというやつですな。

 ですので報告させても別に良かったのですが、どうせならドラマティックに皆さんを迎えたいなと思いましてね。

 いやあ仕込んだ甲斐がありました、実にいいものが見れた!

 特にあの怒りに震える騎士殿を平手打ちするシーン!

 あの時は姫殿下は、正しく高潔なる姫君でしたぞ!

 あまりの尊い光景に思わずうるっと来ましたよ、いやあ、お呼びだてして本当に良かった、大満足ですぞ」


 この、男は。 人の思いを。人の気持ちを。人の成長を。人の弱さ、そして強さを。

 きっと今までも、大勢が食い物にされてきたのだろう。

 人生を啜る醜悪な化け物。それがバゲニーゼ・モルデオンの正体であった。


「ああ、ですがやっぱりもう少し泳がせていたかった。

 あなたたちと取る食事は本当に美味しかったのです。

 バレても構わないとは確かに思っていましたが、 まさか一日で口を滑らせてしまうとは。

 姫殿下。あなたは私の理想なのです。永らくを生き姿の変わらぬエルフ、不滅の美こそまさしく私の追い求める究極系!

 できたら穏便に私のものにしたかった。自分からそう願うように仕向けたかった。

 心のない人形も美しいですが、あなたの美しさはその心にこそある。

 時折、本当に姫君と話している気分になりましたぞ。

 ……おっと、いけませんな。少しお喋りが過ぎましたか。いや、どうにも興奮が抑えられませんでして、申し訳ない」


 杖で床をカンと一つ叩き、バゲニーゼが立ち上がる。

 なんと惨忍な笑みを浮かべるのか。これは、己が勝利を確信している者の笑みだ。

 弱者を嬲り、搾取せんと目論む下卑た笑みだ。

 無言でレディエールが剣を抜く。この男にはもはや言葉は不要であった。

 言葉も、思想も、貌も、何もかもに虫唾が走る。


「よもや意味なくここへお誘いしたとは思ってはおりませんな?

 約束通り、集めた宝の数々をとくとご覧あれ!」


 バゲニーゼが天を仰ぐように両手を広げると、左右に立てかけてあった計四本のサーベルがカタカタと震え始め、独りでに宙に浮かんだ。

 空飛ぶ剣(スパダラス)。使い手が死んで放棄された剣に魂が宿り魔物化した存在だが、それを魔術具で再現したものだろう。


「まずは小手調べです。縦横無尽に襲い掛かる剣戟、避けられますかな?」


 空飛ぶ剣の強さは、剣の質によって左右される。

 材質はなにか、よく手入れをされていたか、使い込まれているか、そしてかつての使い手の技量によって剣筋の"鋭さ”が変わるのだ。

 剣に刻まれた戦いの記憶がベースとなるため、剣豪などと呼ばれた勇士の剣が魔物化すると非常に厄介な存在になる。

 とはいえそんな実力の高い勇士の剣は基本的には回収されるため、魔物化するものといえば雑兵の粗悪な剣であることが殆どだ。

 それで言うとこの魔術具は――


「下の下ですね」


 剣筋があまりにもでたらめで、どう考えても素人の動きなのだ。

 棒切れを子供に持たせると丁度こんな風になる。剣を修めた者の動きでは断じてない。

 レディエールは、恐らくバゲニーゼ自身が操っているのだろうと推測した。

 剣が四本あると言う利を活かそうともせず交互に切りかかってくる様はもはや失笑ものであり、レディエールは剣を叩き落とし、柄の魔石を破壊した。


「こんなお粗末な剣で私をどうにかできると思われるのは心外です」


「いやあ、難しい!

 お恥ずかしい話ですが実を言うと、剣など握ったこともないのです。

 一回も使ったことがなかったので試しに使ってみたのですが……やはり剣は部下の振るうものですな」


 やれやれと肩を竦める様子はおよそ本気ではない。

 宝を見せびらかせているのだ。こんなものもある、あんなものあると言いたいだけなのだろう。

 その余裕が気に入らず、レディエールは一層険を深くして切っ先をバゲニーゼに向けた。


「遊んでいる暇はないのです、本気で来なさい」


「フフ、騎士殿はせっかちですな。

 変わったものならいくらでもあるのですが……仕方ありません、ではこれは如何ですかな」


 バゲニーゼがパチンと指を鳴らす。これも魔術具の効果なのか、丁度レディエールの真横にかけてあった布がはらりと落ちた。

 鏡だ。微細な彫刻で飾られた古風な立ち見鏡がレディエールの姿をくっきりと映す。

 魔術具、鏡。その二点で嫌な予感がしたが、案の定というべきだろう。

 鏡に映ったレディエールが飛び出し、迅速なる斬撃を放つ。間一髪剣の腹で一撃を防いだが、ずしりと重い一撃は些かの劣化も感じさせない。

 レディエールの完全なるコピーが立っていた。


「お遊びの剣の次は物真似ですか。 芸がないですねッ」


 レディエールが横薙ぎにもう一人のレディエールを斬りかかる。自分ならこう()()()だろうな、と思ったその通りに鏡のレディエールは剣を滑らせ、弾く。

 鮮やかな剣術の応酬が続き、音と光が二人の周りを取り囲んだ。素早い動き、鋭い剣戟、そして的確な回避が交互に続く。

 攻撃と防御が激しく交錯し、刃が交わる度に火花が散った。

 互いに相手が次に何を繰り出してくるのか手に取るように分かる。完璧な攻守劇――と思われたがその実、本物のレディエールのほうが分が悪い。

 この後にも戦いが続くと考えると、ここで全力を出すわけには行かないのだ。相手は所詮魔術具で生み出された虚像に過ぎず、倒しても大本であるバゲニーゼは何のダメージも受けない。

 一方で鏡のレディエールはここで全力を出してよい。徐々にその差が浮き彫りになり、とうとうレディエールの頬に一筋の血が流れた。


  くっ、このままではジリ貧か……!


 しかし、レディエールにあって鏡のレディエールにはないものがある。

 甲虫の加護が、鏡のレディエールの一刀を弾いた。

 一瞬、鏡のレディエールが酷く悲しそうな顔をアニスに向け、両断された胴が宙を舞う。

 鏡のレディエールが目を伏せると同時に鏡がひび割れ、盛大に割れた。

 敬愛をも写したもう一人のレディエールは砂のように崩れ、跡形もなく霧散した。

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