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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第ニ話 騎士の責任、治癒師の責任


 暫し茶を楽しんでから、そういえば、とアニスがレディエールに森で倒れていた理由を問うた。

 魔獣に襲われたとは言ったが、その詳細を伝えていなかったことをレディエールは思い出し、同時にあまり悠長にしていられないことにも気がついた。

 手負いの手長熊(ゴーグリ)が、今もなお野放しになっているのだ。危険なことこの上ない状態である。


「依頼をこなした帰りだったのですが、手長熊に不意を突かれまして。

 一対一、正面から戦う分には問題ないのですが、急に出てこられて対応しきれず……」


 手長熊は、体高ほどある長く強靭な腕と、小さな傷ならすぐ癒えてしまう生命力の高さが厄介な魔獣だ。

 他の熊に比べると大きさこそ見劣りするものの、気性の荒さは同じかそれ以上で、戦うことを生業にしている者でも簡単には倒せない。

 毎年多くの人が犠牲になっている、危険度の高い魔獣である。


「手長熊ですか!?

 よくあれだけで済みましたね……どうやって追い払ったんですか?」


「片腕を斬り落としたんです。

 あれは凶暴な魔獣ですが、同時に臆病でもありますので、武器である腕を切れば逃げていくかな、と思いまして」


 なんて簡単そうに言うんだろうこの人は、とアニスは感心混じりに呆れた。

 手長熊の毛皮は柔軟性に富み頑強で、刃が通りにくい。

 そもそも近接で戦うのはリスクが大きいため、大抵は弓を使う。

 どうしても近接で対峙する際は槍を使うか、剣で戦うにしても刺突で対応するのがセオリーだろう。

 面で斬るより、点で突く方が効果的な肉質なのだ。

 それを斬ったというのは、レディエールの膂力が常人離れしていることを示唆している。


「レディエールさん、すっごく強いんですね……そちらこそ、どこかのお忍びの騎士様だったりするんじゃないですか?」


 そうであれば良かったのですが、とレディエールは苦笑いをこぼした。

 そもそも追い払うだけで手一杯で、気絶するほどの深手を負った時点で敗北なのだ。

 生き延びたのは、単純に運が良かっただけであった。


「しかし、あまりうかうかはしていられません。

 手長熊は、頭もいい。

 斬り落とされた腕の恨みはまだ持っているでしょう」


「あ、そうか……放置していれば、誰かが襲われる可能性があるってことですね」


 そうです、とレディエールが深刻そうな面持ちで頷いた。


「私はあれを討伐しなければなりません。

 あの日から、だいぶ日も経ってしまいました。

 きっと手長熊の傷も塞がったことでしょう」


 行動を起こすのであれば、今しかない。遅くなればなるほど被害は広がる一方だ。

 腕を斬り落とした者としての責務がレディエールにはあった。


「でも、怪我は今やっと治ったばかりなんですよ?

 せめて、もう少し待てませんか?」


「それではいけません。放置すれば、この村に来てしまうかもしれません。

 そうなればなんの装備もない村人が何人も餌食になってしまうでしょう。

 それだけは、避けなければ」


 う、とアニスが小さく呻く。どう考えても、可及的速やかに討伐するほかない。

 この村に手長熊に勝てるような戦士はいないのだ。

 衛兵はいるが、名ばかりの存在だ。粗末な槍もどきを持った、農民程度の戦力でしかない。


「じゃあせめて、わたしも一緒に行かせてください。

 戦力にはなりませんが、何かあったときはすぐ治療しますので」


 突然に何を言うのだ、とレディエールの眉間に皺が寄った。

 どう見てもアニスは力のない子供で、わざわざ魔獣討伐に連れて行く理由が全くない。


「駄目です、危険過ぎます。それに、私だけで十分です。

 前回は不意を突かれましたが、いると分かっていれば負けることはありません」


 驕りではない。レディエールは既に、手長熊を超える魔獣ともやり合ったことがある。

 確かに手長熊が強力な魔獣だが、飛亜竜(レド・ディルゼ)角獅子(ボルガスト)には劣る。

 レディエールは、騎士を目指している。

 祖国フェルドランドは男社会の色が強く、女が騎士になることは殆どない。

 相当な実力と功績がなければ、前線に出ることも許されない。故にレディエールは国を出て、冒険者となったのだ。

 冒険者として確かな功績を出すことで、父に、そして国に認められた正騎士になる。

 それには何はなくとも、まずは強くなくては話にならない。

 騎士を目指し研鑽しているレディエールであれば、手長熊は本来であれば十分討伐可能な魔獣であった。


 無論、アニスの心遣いは嬉しかった。

 一介の冒険者にここまで親身になってくれる治癒師はそうそういない。

 こんな小さな村にいるのが不思議なぐらい、育ちのいい娘だ。


 だからこそ同行させるわけにはいかなかった。

 一対一で戦えば負けることはないが、アニスを守りながらとすると話は変わってくる。

 戦闘力のない少女というのは、弱点にしかならない。

 回復魔法の上等さには目を見張るものがあるが、それは戦闘のない村の中の話だ。

 何が起こるかわからない戦闘中に、正しく回復魔法が使えるか分からないし、真っ先に狙われる可能性もある。

 寧ろ、その可能性のほうが高いだろう。

 アニスは見るからに華奢でか弱く、魔獣から見れば格好の餌だ。幼い肉は如何にも好まれそうである。


 これは手長熊に限った話ではない。

 アニスを見た別の魔獣が、不意に襲ってくるかもしれない。

 荒事に慣れているレディエールですら不意打ちを食らって大怪我をしたのだ。アニスはそれでは済まないだろう。

 何より、命の恩人であるアニスを危険に晒すことが、レディエールの騎士道精神に反した。


「いーえ、ついていきます!

 レディエールさんが手長熊に対して責任を持っているように、わたしにだってあなたを治療したという責任があります。

 わたしには、レディエールさんが無事に帰れるようにする義務があります。

 それが、命を助けたものの責務です!」


 そんなレディエールの気も知らず、アニスは存外に頑固であった。

 品のいい眉を申し訳程度に吊り上げて、ムスッとした表情でレディエールを見上げる。

 連れて行くと言うまでは動かないぞ、とでも言わんばかりだ。


 困ったな、とレディエールは眉を下げた。

 確かに、回復魔法を使える仲間がいればと考えた時は何度もあった。

 自分のためだけではない、旅先で出会った怪我人だって、治癒師がいれば助けられた場面があった。

 しかし、それとこれとは話が違う。今回のような討伐目的で、しかも冒険者でもない村の治癒師を連れて行くわけにはいかないのだ。


「ですがアニスさん、本当に危ないのです。

 もし、万が一があれば、私は村の方々にも、あなたのお母様にも顔向けできません」


「大丈夫です。わたしは薬草を取りに森に入ったことが何度もあります。

 こう見えて危険な予感には敏感で、魔獣が近づいてきたら何となく分かるんです」


 エルフは耳が発達した種族だ。

 その長耳は音だけではなく、生物に宿るマナをもよく感じ取る。

 それ故、敵の気配を察知することがあるとは、レディエールも聞いていた。

 ですが、と声を発したところで、


「連れて行ってやってくれないか」


 と、野太い男の声が響いた。

 アニスは存在に気づいていたのか、大して驚きもせず振り返った。




「ゴウドさん、盗み聞きはお行儀が悪いと思います」


「すまねえ、そんなつもりはなかったんだけどよ。

 何やら物騒な話をしてたし、つい、な」


 レディエールが男に誰何すると、この村の村長であると名乗った。

 年の頃は四十から五十前半ぐらいだろう。アニスのような長耳ではない、至って普通の人間だ。

 顎髭を耳まで伸ばした、豪快な男だ。しかし、下品さはなかった。少なくとも、悪人物ではない。


「あんたをこの村に運んだ一人だと言えば、聞こえはいいかい」


 その言葉にレディエールは姿勢を正し、深々と頭を下げて礼を述べた。

 正確には村の男衆があと三人、レディエールの運搬に手を貸したと言う。

 あとでその方々にも必ず、とレディエールは前置きした上で、ゴウドに尋ねた。


「しかし、連れて行けとは何故ですか?

 本来あなたは、止めるべき立場だと思うのですが」


「それが、そうでもないんだよ。

 わかってるとは思うが、アニスちゃんはエルフだ。

 子供みたいな見た目(ナリ)だけど、そうじゃねえ。

 薬草取りに、ついていったことがある。そりゃあ、見事なもんだった。

 奥の方まで行ったが、本当に魔獣に出くわさねえのさ。

 その時の俺は護衛気取りだったが、ただの荷物運びにかならなかったもんだ」


 ゴウドは、何故か誇らしげに語った。


「なあ姉ちゃん、こうは思わねえか?

 的確に魔獣を避けることができるってなら、魔獣を探すこともできるんじゃねえか?」


 ゴウドの言に、アニスは懸命に頷いた。できますできます、と言わずともよく伝わった。

 確かに、手長熊をどう探そうかというのは目下の悩みではあった。

 ゆえにレディエールは、ううむ、と唸った。


「あんたは腕も立つだろ。

 武器や防具を見れば、素人でも何となく分かるよ。よく使い込まれてる。

 物語に浮かれて、昨日今日家を飛び出たじゃじゃ馬娘ってわけじゃあるめえ。

 あんたならきっと、守りながらでもうまくやれると思うが」


 なぜ、こんなにもアニスをついて行かせたがるのか。

 レディエールは神妙そうに目を細め、ゴウドを見た。なにか、今回の事柄とは別の理由がある気がした。

 やましい気配はない。村にとっての邪魔者を、あわよくば連れて行ってもらおう、などという悪辣な心根の持ち主にも見えなかった。

 寧ろアニスはこの村においては大事で貴重な治癒師だろうし、アニスの態度から見ても邪険にされている様子はない。


「俺らだって、そんなおっかねえ奴がいるんだったら、さっさと討伐してほしいんだ。

 それが、あんたの言うところの責任ってやつじゃねえのかい」


 真意は読めないが、そこまで言われて断るわけにもいかなかった。

 レディエールは眉間を揉みながら一つ息を吐き出した後、観念したように首肯した。

書き溜めたストックがなくなったので、次回からはゆっくり更新になります。

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