後編
私の…ネガイ…それは…
「…私の"ネガイ"はあの子の…ライラちゃんのその後を知りたい。あの子が連れ去られてどうなったのかを知りたい」
決して大きな声では無かったが、私はハッキリと言いきった。そして彼を見た。彼は少し悩んでから、
「じゃあどうしたい?その子の軌跡を見に行くかい?」
と聞いて来た。私はすぐに頷く。
「言っておくけどさ、"ネガイ"があるからこそ今君はここにいるんだ。もし"ネガイ"が叶ったら君はここにいられない。恐らく消滅してしまうと思うよ」
それを聞いて少し顔を曇らせた。確かに彼は先程"ネガイ"があるからこそ今ここにいるのだと教えてくれた。つまり、"ネガイ"無しではこの世界で生きることは出来ない。もし私が"ネガイ"を叶えてしまえば私の"ネガイ"は無くなり私は消滅することになるということでもあった。"ネガイ"があるからここにいるのに"ネガイ"を叶えればここにいられないとは中々ハードな世界である。それでも…
「それでも…私はライラちゃんのその後を知りたい」
彼にハッキリ言うと、少し考えてから言った。
「じゃあ、行こうか」
彼が右手を差し出した。私が左手を重ねると、彼はニヤリと笑った。
次の瞬間花畑では無い場所へと辿り着いていた。
そこは都会のビルとビルの間の狭い裏路地だった。何処となく見覚えがある。何故か左耳に痛みを感じて仕方がなかった。
「さて、元の世界に到着だ。折角だから君が思い出深いところに来てみたよ。いや、悪い意味でだけどね?」
彼は笑いながら私の方を見る。そして私は思い出した。ここはあの男に耳を斬りつけられた場所だった。緑の帽子を被った優しい笑顔で、狡猾な悪魔を巧妙に隠したあの男の。
「何故ここに来たのよ、ここは…」
「何故かって?あれを見てごらん」
彼は私の後ろ、裏路地の更に奥を指していた。その方角を向くと
帽子の男と、その肩に乗るライラちゃんがいた。
そして帽子の男は見知らぬ迷い子を見つけて少し考えているようだった。危ない。また私と同じ目に合う。
だが、踏み出そうとしたところで彼に手を捕まれた。思わず彼の方を向けば首を横に振られた。元の世界には干渉するな…とでも言いたいのだろう。
帽子の男がいる方へ向き直せば、まさに迷い子が耳を斬られる瞬間だった。悲鳴を出さなかっただけ褒めて欲しいぐらいだ。もっとも、咄嗟に出なかっただけだが。
だが、帽子の男はその後迷い子を優しく撫でると、迷い子を抱えて裏路地から出て行ってしまった。肩にいたライラちゃんはというと帽子の男に頬をすりすりしている。私は何の感情が蟠っているのか分からなかった。
それから彼に釣れられて花畑に戻ってきたが、正直どういう表情を浮かべているのか自分自身が分からなくなっていた。
「さて、あの結末を見て君は満足出来たかい?」
彼がわざとらしく問いただしてきた。それに対して私が返答する前に彼は更に話し始めてしまった。
「ライラ君はあの帽子の男が引き取ったんだろう。腹が膨れていたから食事もきちんと与えられているだろうし、汚れが無かったから手入れもきっちりされているらしい。
家猫としては最高の生活だろうね」
私は何も答えない。ライラをどう捉えれば良いのか今の私には結論が出なかった。
「一方、君に関しては少し違う道を見出していたんだろう。最初倒れていた時から薄々察してはいたけどね。何故なら
片方の耳に切り込みがあるのは地域猫の証拠さ」
我が耳を疑った。帽子の男は私を殺処分しようとしたのではなく、地域猫として解放する気であったということ…?
「ちなみになんでこんなことを知っているかと言うと、僕も地域猫だったからさ。ウザがってたジジイに殴り殺されたけど」
彼はまだ何か言っていたが、私は既に泣き崩れているところでよく聞こえなかった。帽子の男は…私を…
「…まあ僕の話はこの際どうでも良いか。さて、君に問おう」
彼はそう言うと顔を埋める私を無理矢理起こして正面から見つめてきた。彼の目はかつて無いほど冷たかった。
「もしライラ君のその後を知ることが"ネガイ"なら君はとっくに消滅している筈だ。つまり、"ネガイ"は他にもあるか最初から別にあったかのどっちかだ。君はまだ"ネガイ"を持っている。教えてくれないかな、君の本当の"ネガイ"を」
本当の"ネガイ"…私が本当に願っていることはなんだろう。少し考えて、結論に達した。ライラちゃんと同じように、明るい生活が送りたかった。自由な暮らしがしたかった。これだろう。そう思い込むことにした。
「私は…生きたい…」
「声が小さいよ、人に聞かせる気が無いなら」
「私は!自由に!生きていたい!」
大声で叫んだ。彼はきょとんとした表情の後、腹を抱えて笑い出した。馬鹿にされたような気がしてムッとした。
「あぁ、これはすまない。素晴らしい"ネガイ"じゃないか。しかも君の気持ち次第で消滅しないで済むだろうし。ならここで叶えてあげるよ。絶対にね」
そう言うと彼は右手を差し伸べて言う。
「じゃあ、歓迎の記念に改めて自己紹介と行こうか。僕の名前はユーリ。ここのリーダーさ。君の名前は?」
私はその手を握りながら言った。
「ルナ…ルナよ」
「ルナちゃんか。良い名前だ。これからよろしくね」
そしてユーリは突然走り出した。私も慌てて後を追う。その先には何か明るいものがある気がした。私は一瞬止まって振り返ると見えない何かに向かって言った。
「ごめんね
ありがとう」
そしてまたユーリの方を向くとそのまま走り出した。後ろを向くことは無かった。
※まだ終わりません