深夜にディープキスをしながら将来を不安に思う大学生の君と僕
「ん……」
「美晴……」
「んあっ……」
夜は更け、日はすでに跨いている。外の空気はしんと静まり返り、部屋のなかには暗闇がべったりと寝そべっている。
「美晴、好きだ」
「わ、わたしも裕太くんが好きだよ……」
僕たちはベットの上でお互いに抱き合いながら、キスをしている。
とてもありふれた光景だ。深夜のひっそりとした時間に抱き合う男女。いたるところで行われている行為だ。たしなみだ。
「もっと深いの頂戴よ、裕太くん」
「んっ……」
僕たち学生には勉強を頑張って知識を蓄え、人間として成長していくという学生の本分がある。学生の本分は勉強にあるとかいうあれだ。俺たちは常にその社会通念のような実体のないものに縛られながら生きている。それはまさに正論で何の言い返しも出来ないからこそ、質が悪い。僕たちは学生の間、ずっとそれに縛られながら、焦りながら、何かを身に付けなければならないと、そう思いながら勉学に励むわけだ。
「裕太くんとするキス、私すきなんだ」
「僕も好きだよ。とってもフワフワする感じが好きだ」
僕たちは週に3回はこうして、夜にお互いの部屋に泊まり、そして抱き合う。まるで何かから逃れるかのように、夢中でお互いの体を、心を貪り合う。
でも今日はキスまでにしておこうと、お互いで了解し合っている。明日は二人とも一限目に大学の講義があった。美晴は国立の大学、僕は私立の大学に通っている。出席もしっかりと取られる講義が明日、いや今日の朝早くに入っていた。
「裕太くん……たのしいね」
「……うん、たのしい」
「いつまでこうしていられるかなぁ」
「お互いが眠るまでだろ?」
「そうじゃなくてさ……」
「あ……そっちか」
僕たちは所々で会話を挟みながら、それが飽きてきたらまた深いキスをして……。その繰り返しを眠たくなるまでする。舌の先がヒリヒリしてくるまでする。将来のぼんやりとした不安が消えて無くなるまで、とにかく、する。
僕と美晴は囚われている。何に捕らわれてるか、分からない。そんな不鮮明な日々のなかをひたすらに、歩き、そしてたまには深夜に快楽に溺れながら……。そうやって生きている。
「裕太……このまましたいな」
美晴は深いキスから一旦離れて、僕の下半身を触りながら、そんな誘惑をしてくる。
「……今日は駄目だ」
「どうして……裕太も我慢できないでしょ?」
美晴が耳を甘噛みする。誘惑する。僕を快楽に飲み込もうとする。
だから、僕は今日も自分の本当の心を押しつぶして、嘘をつかないといけない。
「駄目だよ。授業にはちゃんと出ないと。僕たちは勉強をするために大学に来たんだから」
「……ねぇ。本当にしなくてもいいの? 気持ちいいよ」
俺はそんな不満そうな顔をする美晴の体をグイッと引き寄せて、熱い口づけをもう一度交わした。
「んっ……裕太くん……」
美晴は体をピンと真っすぐに張るように硬直する。
深く深く、心の奥底まで届いてしまうようなキス。色んなものがねっとりと絡み合い、美晴と僕を夜の暗闇に溶かしてしまう、そんなキス。
僕たちの意識はこのとき完全に深夜に溶けたと思う。どこまでも深く……何も考えなくてもいい、本来の私たちのあるべき姿、いるべきところに落ち着いたのだと思う。
『どうして私たちは、こんなにも色々と考えないと生きていけなくなったのかな……』
僕の心のなかにはかつての美晴が言った言葉が、ずっと居座っている。
「おやすみ、美晴……」
「……おやすみ。裕太くん」
深いキスを終えた僕たちは、夢から覚めたかのように、またいつもの漠然とした不安に包まれていく。
僕たちはこの繰り返しだ。
夜はどこまでも無慈悲に僕たちを包み込んでいた……