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希望の国で、雀と蛍は夜に舞う

作者: sur

すずめは、ふわりと夜の風が撫ぜる大木の枝葉で、孤独に泣いていた。扇状に茂る深緑色の葉は、風が吹くたびにざわざわと揺れている。木の頂上付近の枝にとまりながら、雀は蛍が言ったことについて考えを巡らせていた。あの時、蛍が言った言葉はどうしても理解し難いものだった。蛍はなぜあんなことを言ったのだろう。


 「希望という言葉は今じゃ、口に出すだけで薄っぺらい感じがするものになってしまったんだ。」


 この森に生まれた虫の子供たちは、すでに閉塞感によって心を病んでしまっている。私たちを含め、多くの若者は気持ちを伝える場所を探している。気持ちを伝えようとする。気持ちを伝えようとしているという事を、伝えようとする。


蛍は、『僕たちはまず、何かを伝えようとしているっていうことを、相手に伝えようとするんだ。例えば、ちょっといいですか、と言って肩をたたくだとか、挨拶をするだとか、視線を向けるだとか、そういう小さいことから。例えば僕が雀にね、おはよう、って言ったとする。けれども雀は、まるで僕が存在しないかのように視線を合わさずに過ぎ去っていく。次に、僕は蛙に会って肩を叩きながらおはよう、と言う。しかし、さっきと同じように、僕が空気になってしまったかのごとく、蛙は僕へ返事を示さない。シカトというのは、何か伝えたいことがあるのを知っていながらも、あえて無視をすることなんだ。いじめの中で最も悪質なのがシカトなんだ』、と言った。


 雀は『あなたはいじめを受けていたの』、と穏やかな声で尋ねた。


 『それは良く分かんない。どこからいじめで、どこまでがいじめじゃないか。ただ、伝えようとしていることを聞かないで、権力やら、暴力やら、否定で押しつぶそうとするのは酷いことだっていうのは分かる。それがいじめか、いじめじゃないか、なんてことはどうでもいい。本当にどうでもいい。それがいじめであっても、いじめじゃなくても無視をされた方の心はひどく傷ついて壊れそうになる。相手に伝わんないってことは、一番つらいことなんだ。その一番つらいことが、いまの世の中で当たり前になってしまっている。それが、この閉塞感の原因だと僕は思ってる。大人や教師たちの多くが、伝えようとしているという気持ちを受け取らない。見ないふりをしている。』


 蛍はそう言って、ため息をついた。『蛍が光っているのに、気付かれないで死を迎えてしまったら、意味なんて存在しないだろ。ブッダじゃあるまいし、死んで転生するだとか、涅槃に意味を見出すなんてことはしない。そんなに涅槃が好きならニルヴァーナのレイプ・ミーでも聞いてればいいんだ。』


 私は、蛍の言う事を話半分に聞きながら、ちらちらと月を見る。

 

 『私を犯してください。私を犯してください、って伝えることはすごいことだよ。それは、もう犯されることを許容しちゃってんだからレイプとは言わない気がするけどね。もう、なんかメチャメチャに壊してほしい。そういうことなんだろうね。』


 蛍は、一息吸ってから、吐き出すようにこう言った。


 『私を嫌わないでほしい』


 雀は『うん……分かったよ』、とだけ言って飛び去った。飛び立つ瞬間に、蛍には雀の顔が見えた。その顔は、今にも泣きそうで、何かが足りないけど、何が足りないのか分からない。そういった、もどかしそうな表情をしていた。


 雀は、廃棄物や人肉が散乱する森のけもの道を飛んでいく。マイナーな鬱のパーティー。現代はユートピアのパロディー。そんな言葉がよく似合う。

 過ぎ去っていくこの景色は、静かに沼に埋まっていく人々を連想させる。徐々に、徐々に、時間をかけてゆっくりと底へ沈んでいく。気づいた時にはもう、足が埋まって身動きは取れない。いつかは、息ができなくなってしまうことを人々は知っている。けれども、もう手遅れなんだ。だから、生きていられるうちに、楽しもう。そういった諦めの雰囲気が森全体に漂っている。


 雀がとまっている木にはワイヤーが吊るされている。そこには、太陽光で動く高性能なパソコンが電源が入った状態で吊るされている。合成された戦争の映像とサルの映像が、低解像度で映され、『未来は廉価』、『メディカルが支配する世界』、『喜劇みたいに自殺を描く、笑えよ神、影を食いつくせ』、などといった文字が右側から流れ、左側へ消えていく。


 雀は、今すぐに蛍に何かを伝えなければいけないと思った。何を伝えればいいのだろう。蛍が求めていて、雀が与えられるもの。結論は一つに絞られた。


 『愛』


 それを、どうにかして伝えなければいけないと思った。

 異臭を放つ蛍の光を、受け入れてあげたい。やさしく。柔らかい声で。

 









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