神託
「まだ見たこと無いんですけど」
あぁいうタイプの御仁というのは、気張った相手には一生懸命大人びた行動をするものさ。
互いが互いに目を合わせる事もなく水槽に目を向けていた。揺蕩う水の動き、薄暗い夜のような照明、それに癒しを覚えるのは何故なのか。だがこの空気が何気ない会話を円滑に進めているのは確かなのだ。
「ま、君は良い子だからさ。私のような二の舞にはならないさ。でも善は急げ。会うなら早い方がいい」
「では今日は難しいので、明日にでも」
顔を見ると、あどけなさの残る無邪気な笑顔を浮かべていた。水槽に両手を付く子供達と同じ匂いがする。この微笑みでどれだけの神々を救って来たのだろう。そんな事を考えながら私も僅かに口角を上げた。この娘とは程遠い、凄惨な笑み。だが自分のこの笑顔が嫌いじゃないのだ。
さて、後輩の用事は済んだだろう。次は私の番だ。私は椅子から立ち上がると、髪を弄りながら問いかける。
「後輩、此処に楽しい思い出とか沢山ある?」
「はい!! 此処に限った話じゃ無いですけど、水族館は好きですよ」
歩き出した事を見越し、後輩も後を着いていく。大水槽から中水槽へ。鰯の群れが渦を描く。それはまるで銀の竜巻のようだった。中水槽の次は小水槽。自宅にでも飾れるサイズの小さな水の空間に、鰭が海草のようなタツノオトシゴが気ままに浮いていた。舞踏会に来た貴婦人の如く、自らの衣装を揺らめかせる。魚の中では華やかで可愛いと思う。
小さな水槽に入った魚って、結構人気ですよね。
私も好きです。タツノオトシゴのヒダ。