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週末ハ貴女二逢イニ  作者: 暁紅桜
4/4

4話

一週間というのはあっという間で、案外すぐ訪れた。

 土日は特にやることもなく、部屋でずっと絵を描いていたし、平日も勉強の後は部活して寮に戻ってといういつも通りの日々だった。

 そして、私の毎週の楽しみだった図書館通いは今日で終わり。なんだかすごく寂しい……これで、先輩とはもう一緒に時間を過ごすことはなくなる。グッと胸が苦しくなり、涙が滲みそうになる。私は必死に首を左右に振っていつも通りの顔で先輩に会おうと思い、引き戸を開け、敷居を跨ぎ、先輩のいるカウンターへと足を運ぶ。


「こんにちは、菖蒲先輩」

「こんにちは、来てくれてありがとう」

「いえいえそんな」

「とりあえず、隣に来て」


 先輩が、隣の椅子。私がいつも座っているところを軽く叩く。そのまま隣にくると先輩は本を閉じて、先輩は何かを考えるように考えていた。

 少し上を向き、人差し指を下唇に当てている姿。何を考えているだろうという疑問よりもその姿に胸がドキドキして、じっと見てしまう。


「百合さん、今日は逆側に来てくれる?」

「え。あぁはい」


 いつもは先輩の右隣に腰掛けているが、先輩にそう言われて、私は慌てて左隣に移動した。


「まだ人もいるし、今はこれで我慢するは」


 それはあまりにも自然な流れだった。

 先輩の左手が私の右手に触れ、そのままぎゅっと握ってきた。

 何が起きてるかわからず、放心状態で握られている手を見つめていた。だけど、しばらくした状況を頭が理解してしまって、悲鳴をあげそうになった。だけど……


「しー……」


 不意に先輩の指が私の唇に触れる。少し意地悪な笑みを浮かべた先輩は、右手だけで器用に本を読み始めた。

 私の顔は真っ赤。声はあげなかったものの、心臓はドキドキと激しくなっていて、とりあえず俯いて大人しくしていた。

 自分の手から伝わる先輩の熱と感触。動かしていいかな、と思っていると先輩が握り直そうと手を動かす。その時に、先輩の肌触りを感じてしまった。

 すごくすべすべしてる。私よりも少し大きいけど、指はすごく細くて長い。


「あの、これ借りたんですが」


 その時、生徒が一人カウンターへとやって来た。

 先輩は読んでいた本をテーブルにおくと、右手だけで器用に仕事をこなしていく。生徒さんはじっと作業が終わるのを待っていたが、不意に私たちの繋いでる手に目線を向けた。私は恥ずかしくて思わず目をそらしてしまった。


「貸し出しは一週間です。遅れないように気をつけてください」


 にっこりと笑みを浮かべる先輩。生徒さんはしっかりと返事をするが、背を向けるまで、じっと繋いでる手を見つめていた。

 先輩は特に気にした様子はなかった。本当に普段通り。ドキドキしてるのは私だけ。まぁ先輩が好きだから仕方がないか……


 時間が経つと、一人、また一人と生徒が図書館を後にする。気づけば、私と先輩の二人っきりになってしまった。


「そろそろいいかしらね」


 パタリと本を閉じた先輩が、何か小さな声で呟いた。何か言ったかなと振り返った瞬間、するりと手が離れていった。終わりかぁと少し名残惜しく、肩を落としてしまった。


「それじゃあ、私のお願い聞いてくれる?」

「あっ、はい。なんでも言ってください!」


 どんなお願いをされるのだろうと、私は背筋を正して言葉を待った。緊張で体に力が入って、ちょっとガチガチ。


「それじゃあ……最終下校のチャイムが鳴るまで“私の命令に従う”こと」

「へ?」


 先週と同じ。私の頭の中に?マークが浮かぶ。命令に従う。意味合い的にはお願いと変わらない気がするが、つまりは先輩のお願いを聞けばいいということだ。最終下校と時間を制限したから、それまでいくつもお願いされるというわけだ。

 何それご褒美!と内心すごく喜ぶ私。好きの人に色々お願いされる。私の頭は御花畑になっていて、どんなお願いされるんだろうと目を輝かせていた。


「それじゃあ、まずは“動かないで”」

「あ、はい!」


 そう言われたので、私はそのまま動かなかった。すると、先輩は私の頭を撫でてきた。なんだか少し擽ったいけど、すごく嬉しくて思わず笑ってしまった。

 だけどその手は、耳に移動して形を確認するかのように指先で優しく撫でられる。少しだけ、体に違う緊張が走り、私はゴクリと唾を飲み込む。


「あ、あの、せ、先輩……」

「んー?なーに?」


 指から今度は頬に触れ、親指で唇を撫で始める。

 少し悲鳴に似た声が上がってしまったが、先輩は気にせず続けた。浮かべる笑顔は、どこか意地悪な、今までとは違う目をしていた。なんだか、心の中を見られているようで恥ずかしくなってしまう。


「可愛い……」

「え?」

「なんでもないわ」


 先輩は好き勝手に私に触れる。首を、肩を、腕を、指を、順番に優しく撫でる。もう心臓は苦しいほどにドキドキする。


「せ、先輩……」

「ん?どうしたの?動いちゃダメでしょ?」

「も、もう勘弁して、ください……」


 流石にこれ以上は心臓がもたない。だって、好きな人にこんなに触られて……正直先輩が何を思ってこんなことをしているのかわからない。


「仕方ないわね。それじゃあ、次の命令ね」

「え、まだやるんですか!?」

「約束は、最終下校まででしょ。ほら、立って」


 椅子から立ち上がった先輩はそのまま私の手を引いて、図書館の奥へと進んで行く。そこは少し薄暗く、窓も何もない、壁と本棚に囲まれた場所。


「百合さんはこっち」


 壁側に立たされた私は目の前にいる先輩を見上げる。すると先輩は、そのまま強く私を抱きしめた。


「ふぇ!?」

「ふふっ、可愛い声」

「あ、あの……せ、せんぱっ」


 先輩との距離が0になった。耳元に先輩の顔がある。先輩の体が私と密着してる。頭がショート寸前になり、目が回りそうになる。


「そっか。百合さんはこんな匂いがするのね。体もこんなに小柄なのね」

「んっ、先輩擽ったい、です……」

「やっと、貴女を感じることができた」

「せ、せんぱ……」


「誰かいるんですか?」


 その時、音を立てて扉が開き、先生の声が聞こえた。

 お互いにピタリと動きが止まる。だけどすぐに先輩が対応をし始めた。


「はい、いますよ」

「何をしてるんですか?」

「生徒がいなくなったので、ほんの整理をしてます。下校時間には終わるのでご心配なく」

「そうですか。戸締りはしっかりするんですよ」

「わかりました」


 扉が閉まり、また静寂がやってきた。流石に見つからんじゃないかってドキドキした。


「あー、少しびっくりしちゃった」


 また先輩が強く抱きしめてきた。いつもの落ち着いた声じゃなくて、本当に無邪気な女の子の声。


「はぁ……ドキドキしたけど、こういうスリルもちょっといいかも」


 体が離れ、先輩が私の頬を撫でる。


「ねぇ。今、誰もいないし……いいわよね」

「い、いいって……な、何がですか?」

 

 先輩は何も答えない。代わりに、先輩の左手と右手が、カウンターの時のように繋がれる。だけどそれは、ただ手を繋ぐんじゃなくて、指と指が絡まる、所謂恋人繋ぎ。


「せ、せんぱ……」

「貴女は、自分のことばかりね」


 不意に、先輩がそう呟いた。何のことを言ってるかわからないが、先輩はそのまま私の方に体を倒してきて、肩口に顔を埋めた。


「どうして、私が貴女を好きだと考えてくれないの?」

「え……」


 何を言ってるのかわからなかった。

 どくどくと聞こえる早い心音。それがどっちのものなのかはわからない。

 ずっと、片思いしてると思った。先輩は、ただ私を後輩しか見てないと思った。特別と思われてるなんて、知らなかった。


「一目見た時から、ずっと好きだったの。必死にポスターを貼る姿が、可愛くて仕方なかった。私を好いてくれる貴女が、本当に好きで仕方なかった。だから、触れてしまうのが怖かった」


 優しい声。だけどその中に愛おしを感じる。そっか、私だけじゃなかった。先輩も、私に触れたいと思ってくれていたんだ。


「ここで会えるのも今日が最後だから、どうしても触れたかった。百合さんを感じたかった」


 肩口にあった先輩の顔が上がり、そのまま額と額が触れ合う。なんでだろう、涙が溢れてくる。


「大好きよ、百合」


 今までにないほど、名前を呼ばれた瞬間に心に響き渡った。

 やっと繋がった。そう、私は感じた。


「せんぱい……」


 体が少し離れると、私は背伸びをする。

 誰もいない、誰にも見られない場所。さっきまでは先輩からたくさん触れられたけど、今度は私から先輩に触れた。


「私も大好きです」


 図書館通いは今日で終わり。だけど、先輩との日々が終わりというわけではない。

 先輩と色々なことがしたい。寮の先輩の部屋に迎えに行って一緒に投稿したり、お昼を一緒に食べたり、一緒に下校したり。休日を一緒に過ごしたり。たくさんたくさん、先輩と一緒にいろんなことがしたい。

 その時、最終下校のチャイムがなる。約束の時間だ。

 先輩はゆっくりと手を離そうとするが、私はすぐにその手を引き戻した。


「約束は最終下校でしたが、いいんですか?」


 少し意地悪に聞けば、先輩は苦笑を浮かべて、私を強く抱きしめてくれた。


「意地悪ね。もっと触れたいに決まってるじゃない」


 とはいっても、そう長いもできない。その後は戸締りをすませ、一緒に職員室の鍵を返した後、一緒に寮へと帰った。

 もっと触れたい。もっと一緒にいたい。その想いは私も先輩も感じており、先輩の部屋で身を寄せ合っている。


「これから、週末だけじゃなくて毎日会いに行きます」

「ふふっ。じゃあ、いつも会いにきてくれるから、今度は私が貴女に会いに行くわ」


互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべ、私たちはそのまま口づけを交わした。


【完】

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