表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
週末ハ貴女二逢イニ  作者: 暁紅桜
2/4

2話

「素敵な絵ね」


 先輩との出会いは去年の今頃。

 私は先生に頼まれて描いた、生徒会選挙のポスターを掲示板に貼ってる時だった。

 私は背が小さかったので、貼るのにかなり苦戦していた。今思えば、それを見かねて声をかけてくれたのかもしれない。だけどその時の私は、ただただ先輩に見惚れていた。

 自分よりも高い身長に大人っぽい容姿。普通に生活していたら、まず関わり合いになることのない人だった。


「手伝って上げる」


 私が放心状態になっていると、先輩は掲示板にポスターを貼ってくれた。すぐそばにいる先輩からはとてもいい匂いがした。ポスターを張っている指は長くて、肌もすごく白い。


「うん、すごく素敵。私、水墨画ってすごく好きなの」


 我に返ったのは、先輩がそう口にした時だった。顔は真っ赤になり、すぐに距離をとって私は勢いよく頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!手伝ってくれて!」

「いいのよ。こっちこそ、出過ぎた真似をしてごめんなさい」

「そんなことないです。私、身長低くて高いところ届かなかったので、すごく助かりました」


 身長は母譲り。癖のある髪は父譲り。この二点だけは、どうしても私のコンプレックスポイントだ。少しだけ嬉しいと思ったのは、祖母と同じ茶色い髪ぐらいだ。


「あら、身長なんて関係ないわ。それに、自分にできないことは他人にできるかもしれない。そういう時は、できる子にお願いするの。だから、また困ったら声をかけてね」


 ふわりと浮かべた笑みはなんとも言えない、綺麗なものだった。この笑顔を、形に残したいなんて、つい思ってしまった。


「貴女、美術部?」

「は、はい。一年、です……」

「そうなの……あっ、そうだわ。貴女に一つお願いがあるの」


 いいことを思いた。そんな感じで手を叩いた先輩は、無邪気な、子供のような笑みを浮かべていた。


「私、図書委員会の委員長してるの。それで、図書ポスターを是非とも貴女に描いて欲しい」

「え、私ですか!?」


 突然のことに、私は動揺する。それに、そういうのって勝手に決めていいのだろうかと。すると先輩は、美術部の部長や先生には話しておくからと言ってくれた。


「ふふっ。私、貴女の絵を気に入ったの」


 私の手を取り、そう言ってきた先輩。黒檀の髪が、わずかに開いていた窓の隙間から吹く風で揺れる。レンズ越しに私を見る瞳が、目をそらすことを許さない。そのせいか、なんだか胸がすごくドキドキする。緊張とか、怖いとか、そういうのとは違う。胸の鼓動。


「わ、かりました」

「ありがとう」


 ゆっくりと先輩の手が離れていく。その時、少しだけ寂しさを感じた。

 先輩はまた私のポスターを見ている。本当に、気に入ってくれたんだなと嬉しくなって、思わず笑みをこぼれてしまった。


「そう言えば、自己紹介してなかったわね。私は涙雨菖蒲、二年よ。変な名前でしょ?最初、みんな読み方がわからないとかよく言われて」

「そ、そんなことないです!」


 先輩の名字は、寮に帰ったときに調べた。涙の雨と書いて涙雨。読み方は《なみだあめ》らしい。

 悲しみの涙が化して降ったと思われるような雨。ほんの少しばかり降る雨。という古典の言葉。とても響きが、雰囲気が綺麗で好きだった。

 聞いたときは当然わからなかったけど、きっと綺麗な言葉だと、確信のない自信があった。


「貴女の名前は?」

「あ、白露百合です。えっと、先ほども言いましたが、一年です」

「よろしくね、白露さん」

「はい。涙雨先輩」

「名前でいいわ。苗字は言いにくいでしょ?」

「それ、じゃあ……菖蒲先輩。あ、私も名前でいいです!」

「わかったわ。百合さん」


 それから、私は図書ポスターを描いては先輩に見せに行った。

 最初は教室まで見せにいったが、上級生のクラスとはひどく緊張してしまい、いつも声をかけるのに時間がかかってしまう。通い詰めると、気づいたクラスの先輩が菖蒲先輩に声をかけたりしてくれた。


「次からは、図書館にきてくれるかしら」


 私を気遣ってくれているのか、先輩はそう提案してくれた。

 来るように言われたのは、週末の金曜日。その放課後。

 日の傾きが早い図書館はなんだか特別な感じがした。少し緊張しながら中に入れば、先輩はカウンターにいた。

 本を読んでいるのか、先輩は私には気付かない。前に少し垂れた横髪を耳にかける仕草が、ひどくドキドキする。目をそらすことができない。

 不意に、本に向けていた先輩の視線が私の方を向いた。読んでいた本をぱたりと閉じて、私と目を合わせると、いつもの笑みを浮かべてくれた。


「いらっしゃい、百合さん」


 手にしていたポスターで顔を隠しながら、私はその事実に気づいた。

 私は先輩に恋しているって……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ