第一節 『写し身』
SPQR(紳士淑女の皆さん)!初めまして有栖川です。日々の生活を繰り返し、産まれてはや19年が経とうとしています。そんな生活に飽きた私は小説を書くことにしました。まだ拙い所もありお見苦しい箇所もあるとは思いますが、どうか暖かい目で見てやってください。
─高く、高く、高く舞い上げてゆく。果て無く巡り続けるそれがどこから来て何処へゆくのかも解らずに。いや、何を考えてもするべき事は同じか・・・
「また依頼の手紙届いてるぞ―・・・っていい加減起きろよニマ。」
「んぁ ・・・んん・・・んっと、捨てといてぇっ。」
「そんな事言ってもなーお前、この街の鳥葬師お前だけだぞ。お前がやらずに誰がやるんだよ。ほらっ、ハゲワシ君も待ってるぞー。」
窓際に目をやるとそこにはハゲワシが一羽。こいつと出会ってもう二年にもなるのに、その時の事を昨日のようにも感じてしまうあたり時の流れは残酷だと再認識する。最初は五月蝿く感じていたこいつの鳴き声にも何も感じ無くなった。兎も角、布団から脱出することには何も始まらない。とりあえず寝台から降りて洗面台と向き合う事にした。だが日々の自堕落な生活が祟ったのか、俺の身体は微動だにしない。
「ペンバぁ〜・・・。」
「はいはいペンバですよどうかしましたか。」
殆ど棒読みな返事が返ってくるのと同時に俺は駄々をこねる身体に鞭を打ってなんとか上体を起こし、少しでも眠気を覚まそうと瞼を擦りながらペンバの名前を呼んだ。半開の窓から流れ出てくるバザールの喧騒と外気が覚醒を後押しする。彼はリビングの椅子にかけて新聞を読んでいた。そういえばバター茶のいい匂がする。きっと飲んでいるに違いない。そう思った時には俺は洗面台の事など忘れて既に寝台降りて歩みをテーブルへと進め、席に着いていた。
「バター茶・・・」
「もうお前の分は淹れてるよ、ほら。」
すっと、手元に蓮の花をイメージしたお洒落な茶托に乗ったバター茶を差し出される。
「今日のはアリユの麓で育った山羊の乳とヨウィヨルで採れた茶葉を使って作ったものらしい。一級品とまではいかぬとも味にコクがある。飲んでみな。」
「どうもどうも。いただきます。」
器を手に取り、まずは一口。全神経を味覚と嗅覚に集中させ、少し啜り口の中に馴染まながら器を鼻に近付け香りを堪能する。うん、やっぱりうまい。その後に押寄せるグッとくる苦味の効いた後味。その苦味に叱咤されて、俺は今日初めて完全に覚醒した。
「そういやアリユといえば、このハゲワシと出会ったのもそこに仕事しに行った時だったんじゃない?」
「アリユ・・・確かにそうだな。」
鳥葬―古くよりこのデーヴァの国に伝わる葬儀方法だ。亡くなった人間の遺骸をハゲワシに食べさせる事で遺骸で大地を穢す事無く、ハゲワシによって魂は大空に高く届けられ次の生へと羽ばたいて行くという生と死の輪廻転生の輪が巡り続けるという考えだ。御託に並べれば清廉に聴こえるが、実際のところかなりグロテスクなもの。正直俺は好かない。それでもなおこの仕事に就く自分自身がいることに対して、自分はなんと滑稽な生き物だと思ってしまう。二年前、俺はアリユ、詳しくは西アリユ山脈という場所で鳥葬の仕事に当たっていた。いつもの様に遺骸をブツ切りにし、骨を砕き、ハゲワシ達には遺骸が微塵も残らぬ様に食べてもらう。本来鳥葬に往来するハゲワシ達は食べる遺骸が無くなると空に四散してしまうが、俺達の目の前で何食わぬ表情で毛繕いをしているコイツだけはいつまで経っても飛び去らなかった。それどころか帰宅の準備をする俺にも着いて歩き、挙句の果てには家まで上がり込んで住み着き始めたのだ。
「いや〜それにしてもこの子がお前に着いて来た時にはビックリしたよ。バザールに売ってる若鶏を買ってきたんだと思ってよく見たら生きてるハゲワシときたもんだからさ!」
ペンバと俺は声を上げてハハっと笑う。笑い声が部屋に木霊す。
ふと、卓上に乱雑に置かれた手紙共に目を落とす。そういえば仕事の依頼が来てたんだっけな。紙面の向こう側では人が死んでるというのにニマは落ち着いた表情で山の一番上の手紙に手を付けてゆっくりと封を切り便箋を覗き込む。
「んーと、どれどれ・・・」
「珍しいじゃん。お前が仕事やる気になるなんて。」
「仕事してないあんたに言われたかないわ。」
「依頼が来てないだけですよっ!」
「ハッ!どうだかなー。」
便箋から手紙を取り出して目の前に紙面を広げる。隣町のドー市に住む人からの依頼だった。
「ドーの御家族さんの依頼だ。ちょうど明日に葬儀を執り行って欲しいそうだ。」
「丁度いいじゃん。道具の手入れした方がいいんじゃない?」
そう言ってペンバは器を手に取るとバター茶を飲み干した。コイツはいつもそうだ。新聞を読むのに区切りがつくと表情ひとつ変えず苦い後味をものともせずにバター茶を飲み干していく。本当にコイツに味覚が備わっているのか不思議になる。心無しかハゲワシが苦笑いしている様にも見えた。確かに言う通り、道具は手入れしておかないと。ペンバは新聞を机に置き、使った器を洗う為キッチンへ向かった。
「あとそうだ、今日の新聞読んだ方がいいよ。隣の国で編奪事件があったらしい。」
「あー・・・そう。」
デーヴァの国境沿いを流れるダレィル川を挟んだ先には、アックラディスという大帝国があった。かつてはミドラシュ海を包み込む版図を実現していたが、北方の異民族の流入に耐え切れず帝国の西側は消滅。残った東側の継承国家『東アックラディス帝国』は今日に至るまで500年以上にわたって存続している。新聞を見るには『フォカス』を名乗る男が王朝を打倒し、帝位を編奪したそうだ。盛者必衰、栄華を極めた帝国も虫の息か。そんな事を考えながら俺は道具を整備する為に椅子から腰を上げる。そういえばまだバター茶が残っているのを思い出した。ニマは勿体無いと思い、器を手にすると一息で飲み干す。突如、彼の咽頭を大熱波が襲う。熱い!喉が熱い!グオっと一気に水分が蒸発するようだった。気付いた頃には遅く、既に両手で喉を抑えて咽び返していた。
「ゲホッ!ゴッホォ!んん!」
体内で天変地異を起こしたニマを尻目に、ペンバは大笑いをする。
「ッハハハ!無理するからだよ。時間はあるんだからほら、ゆっくり飲んだらいいじゃん。」
そう言って彼はもうバター茶の入っていない器を茶托ごとキッチンへと持っていった。全くなんでこんなものをアイツは一気飲みできるんだと、俺のペンバの味覚に対する評価はますます不思議になっていくばかりだった。
私事なのですが近頃大学も始まりまして、慣れない新生活に頑張って順応しようと日々努力しております。私も物語のニマのようにとても自堕落な生活を春休みに送っていたせいで、身体が春の陽射しを浴びた瞬間に灰になりそうな気分です。浮かれる気分になる季節だからこそ、頑張って生きていきましょう。