#7・招かれざる客
フラル家の襲撃から2週間後。
私達の隠れ家には、1人の客人が来ていた。
いや、招いたわけではないので、ここ"招かれざる客"とでも呼ぶとしようか。
客人の名前は、アルミラ。
純白の長い髪に黄色いカチューシャをつけた彼女は、自らの事を満月の魔女と名乗った。
「で、用は何? 」
「……」
私の問いかけを無視して、彼女は周囲を見回していた。
好奇心というよりは、警戒心といった感じだ。
「……何も無いし、何もしてないけど? 」
「……信じるぞ」
「信じるも何もないでしょうに……」
思わず、呆れたような声を出してしまった。
到底、いきなり押し掛けてきた人物の発言では無い。
「で、何? 」
「何、とは? 」
???
一瞬、意味が分からなかった。
私の機嫌があと少しでも悪ければ殴っていた。
絶対に殴っていた。間違い無い。なんなら殺していたかもしれない。
「何をしに来たのかって話よ! いきなり! 押し掛けて! きたんだから! 何か! 大事な! 事なんでしょう!? 」
「あぁ、そういう事ね」
すると、彼女は視線を上に回しながら答えた。
殺す。
なぜ、コイツはこんなにもウザイ話し方をするのだろうか。
とてもイライラする。
まぁ、心がここまで穏やかではないのには別の理由があるのだが。
「簡単に言うと、実は頼みたい事があって、そのお願いをするために今日は来たの」
「頼み事? 」
「そう」
尚更、彼女の態度が気になってきた。
頼み事をお願いする側が、こんな態度でいいのか?
なんだろう。
とてもモヤモヤする。
「要件は1つだけ」
彼女はそう言いながら、指を1本立てて見せた。
「私の親友の『癒風の魔女』エルフを助け出して欲しいの」
「……ほう」
その話を聞いた瞬間、私はアルミラを軽く睨んだ。
「アナタも腐っても魔女なら、私達魔女がどのような存在なのか知っているわよね? 」
試すような口調で、私はアルミラに問いかけた。
「それはもちろん。己の欲求にのみ従って行動する生き物。基本的には集団で行動する事は無く、するとしたら、それは利害が一致した時のみ」
「分かってるじゃん、なら────」
ここに来たのは無駄骨だったね、と切り捨てようとした。
けど、
「少し待って」
私の言葉を遮るように彼女が口を開いた。
「私は、協力の要請をしに来たんじゃない。協力の要請を通す交渉をしに来たの」
何をカッコつけているんだか。
「拒否する」
私は一言で切り捨てた。
唇を悔しそうに噛むアルミラを先程よりも強く睨みつけて、話を続ける。
「アナタがしようとしている交渉内容は察しがつく。『癒風の魔女』は"罪無き魔女"であるという事。そして、彼女の魔法は有益だという事。どうせ、戦闘時の負傷も心配無いとか囀るんでしょ? 」
「ッ! だったら! なぜ、」
「……なぜ? 自分で分からないの? 」
「分からないね。あなた達の目的は、"罪無き魔女"の救済のはず だったらそれにエルフは含まれる筈よね!? 」
「えぇ、そうね。含まれるわ。……まだ」
「……? 何を、言っている? 」
「それは、その入ってるのか入ってないのか分からない脳みそで考えろ。私は、アナタには協力しない。以上」
「……なら、」
「なら?」
「無理やり協力してもらうしかねぇな! 」
その瞬間。彼女は地面を蹴った。
尋常ではないスピードで私との距離を詰め、両手を伸ばす。
音速の域にも達しそうな勢いで放たれた手。
その手は、間違いなく私の首を捉えた。
───筈だった。
アルミラの手は、私の首を貫通したのだ。
しかし、それは物理的な意味では無いし、物理的な意味でもある。
ただ単に、彼女の手が私の『虚構』に触れただけだ。
「チッ、いつからだ! いつから私を騙していた!? 」
「さっきからだよ」
私は、わざと彼女の背後から声をかけた。
「 ! 」
振り返るついでに振るった拳も、『虚構』を貫通するだけで何も起こらない。
「許さない……ッ! 私はあなたの事を信じていたのに! 」
「信じる? 何を言っているの。最初から、私達の事なんて信じてなんていなかったくせに」
「そんな事は無い! 」
「本当にそうか? なぁ? 満月の魔女よ!? 」
「……」
ここで初めて、静寂が訪れた。




