エル・ディアブロ
昔、人間と悪魔人は敵対していた。
同じ世界に生きながらも、人間は悪魔人を滅ぼそうとし、悪魔人は人間を滅ぼそうとしていた。
永く続いた対立関係に終止符を打った者がいる。偉大なる人間女王マリアと、高潔なる悪魔王ジョナサン。
二人の王は、敵対関係でありながら愛を育み、壮絶な大恋愛の末に結ばれた。今では二人の王達は、真実の愛を貫き通した英雄として崇められている。
以来、人間と悪魔人は共生している。
もう100年も前の話である。
そして現在。
「ああーもう嫌だ!何で悪魔人ってこう犯罪率高いの!?」
私は事務所の机を叩いて叫んだ。
バキッと嫌な音がした気がするけど気のせいだ。
「別に人間だって犯罪者はいるだろう。あと机を壊すな馬鹿力女」
拳を振り上げて叫ぶ私とは対照的に、机の向かいに座る男は静かな声色で言い、無表情でコーヒーを啜った。
彼は私の上司であり準警察所長のクロードさん。
かなり年上に見られるが、彼は20歳だ。私の二つ上である。
「壊してない!ちょっとヒビ入ったけどまだ使えるし!あと馬鹿って言うな!」
「ああ、馬と鹿じゃなくて猿か」
「うきー!」
ここはクロード準警察事務所。
頭脳を使って犯罪者を取り締まる警察を肉体的にサポートすることが主な仕事だ。
参謀担当の警察。そして実戦担当の準警察。互いになくてはならない存在だ。
しかし現実は、警察官は公務員扱いなのに準警察は民間企業扱いである。
それをいいことに警察は上から目線でものを言う奴らばかりだ。
学力か!頭が良いのがそんなにえらいのか!
警察に怒りを募らせていると、ファックスががたがたと音を立てた。
ピーという音と共に出された紙をクロードさんが手に取った。そして素早く目を通す。
「おい猿。じゃないサラ。キーキー喚いてないで仕事だ。佐久間さんから警察への協力要請」
「どんな間違え方だよ!」
仕事なら行くけども!
あ、でも警察行くのは嫌だな。
「ターゲットは夜な夜な人を襲う連続殺人犯。悪魔人の男だ。潜伏場所は地図の通り。佐久間さん曰くなるべく殺すな、だそうだ」
「相手によります。他に情報は?」
「殺した3人は全員人間。全て刃物で殺しているそうだ。注意しろ」
「了解です」
「相変わらず愛想がねぇなあお前は。ま、準警察ごときに多くは求めないけどよ。仕事さえ完璧にこなしてくれりゃあそれでいい」
いちいちカチンとくる男だ。
「じゃあほっといてよ、おっさん」
最後の言葉は私である。
「お前にゃ言ってねえよ」
おっさんこと音沢警部(24)は私を睨んだ。
私も睨み返す。
隣のクロードさんは、気にした様子もなく資料を眺めている。
「全く、準警察ってのは教養がないんだよ教養が。これだから脳筋は!」
「うきー!準警察を馬鹿にするなアホ刑事!」
「だれがアホだ!俺は天才だ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ私達を無視して、クロードさんは資料を読み終えたらしく、私を引っつかんで外に引き摺っていく。
「では、これで」
「ああ早く行け!あと今度そいつ連れて来る時は猿轡でも嵌めてこい!」
「んだとこらー!」
これだから警察は嫌なんだ!
その日の夜。
私達は殺人犯が潜伏している倉庫の中にいた。
報告と違い、相手は仲間を5人引き連れていた。まあ、全員私が蹴って殴って気絶させたけど。
クロードさんはというと、殺人犯と向かい合っている。まさに一触即発といったところだ。
「落ち着け、武器を捨てろ」
「うるせえ人間のガキが!悪魔人に勝てると思ってんのか!」
私は積み上げたザコ共を尻に敷きながら溜息をついた。
たまにいるのだ。未だに人間と悪魔人を別に考える時代錯誤の奴が。
頭の良さが人の価値だと信じているおっさんが聞いたら鼻で笑うだろう。「悪魔人の方が強いに決まってる!それなのに共生だ!?平和ボケしやがって!」
殺人犯はナイフを振り回しながら私達に突っ込んできた。
クロードさんはさっと身をかわし、殺人犯の鳩尾に拳を叩き込む。
「ぐうっ」
殺人犯が呻く。そのまますれ違いざまに首に手刀を落とした。
今度は呻き声もあげずに倒れこむ。
「サラ。音沢さんに連絡だ」
「やだなー」
まあ、こいつらしょっぴいて貰わなきゃだからしょうがないか。
ザコ共と殺人犯を縛り上げながら私は辟易した。
「おっさん、私達もう帰っていい?」
私は暇過ぎたので、後処理をしているおっさんに聞いた。クロードさんは何をするでもなく、月を見上げてぼんやりしている。
「お前が言うな。だがもうお前らの役目は終わったからな。あと煩いからさっさと帰れ」
「煩いっていうな!」
私はクロードさんに声をかけようとしたが、ふと気になっておっさんに質問した。
「おっさんってさ、悪魔人なのに何で警察やってんの?」
悪魔人は生まれつき人間より力が強く体力もある。そして人間はか弱くて非力だ。警察という職業自体、体力面で劣る人間のために作られたといっても過言ではない。故に、悪魔人で警察になろうとする人は少ない。
「そりゃあ、この俺の類い希なる天才的な頭脳を生かせんのは警察だって思ったからだ」
「あ、そ」
凄くむかついた。聞かなきゃ良かったな。
「まあ、悪魔人だからって理由で準警察やってるお前とは違うんだよ」
「クロードさん、帰ろ!これだから警察はやなんだよ!」
「そうだな、帰るか。猿」
「うきー!」
「違った、サラ」
「わざと!絶対わざと!」
時刻は午前3時を回っている。さっさと帰って早く寝たい私は、クロードさんの手をつかんで走り出す。
勿論速さは加減する。人間であるクロードさんは、私の本気の走る速さについてこれないからだ。
「(そういえばクロードさんは、なんで人間なのに準警察やってんだろ)」
まあ、いつか聞けばいっか。
人間と悪魔人。かつて敵対関係にあった両種族は、今日も元気に共生している。