case.5 涙と嘘
よ!
『力を示せ。もはやお前は人間では無い。』
■ □ ■
“支配の宝玉”をサファイアに託し、俺が目覚めた洞窟を完全に支配下に置くことにした俺たち一行。
ちゃんとした拠点が無く、尚かつ魔族が虐げられているらしいこの世界では、俺たちの存在そのものが人間やその他種族の畏怖の象徴となる。
と、ルインが教えてくれた。
だからあまり公に活動することが出来ない俺たちには、ああいう洞窟を活動の拠点にするのがピッタリだった。
まさに盗賊のような物だな。
しかし、あの洞窟には無数の魔物が存在するが、俺の性格上その魔物達を蹂躙するのは嫌なため、そこで編み出したのが、俺の『支配』のスキルを使って、魔物達を束ね、洞窟を完全に魔物や魔族の帝国とするという作戦だ。
そしてそれが、今の俺たちの目標となっている。
その洞窟内の支配を、新しく俺の眷属となった“蒼玉竜サファイア”にお願いし、俺とルインの2人は、一旦外の状況確認や、情報収集、戦闘訓練やスキルの習得等々、やるべき事を済ませ、さらに出来る事なら、仲間を増やしてあの洞窟に戻りたいと考えていた。
ルインの望みで、魔族は基本的に全員助けることにした。
人殺しや、理性を失っている、もう助けようが無い魔族に関しては、殺して救うことにしている。
「それにしても、広大な森ですね」
「ああ、見渡す限り木しかないな」
洞窟を抜けた先は、見渡す限りの木、木、木…………。
つまるところ、とても広大な森だった。
「さて、これからどうするか。まず俺がしたいのは周辺の情報収集と、戦闘訓練だけど」
「あの、その前に一ついいですか?」
「何だ?」
歩きながらルインが聞いてきた。
「主様は魔王様なんですよね?」
「ああ、一応な?」
こんなんでも、この世界では“魔王”だからな。
それにもしここがゲームの中の世界なら、“魔王”は一人しか居ない特別な立場だし。
「でしたら、その、不躾なお願いなのですが、もう少し魔王っぽく振舞えないですかね?」
「……一応理由を聞くが、どうしてだ?」
ルインの唐突なお願いに、俺は疑問を浮かべた。
「あの、その、魔族の私が言うのは何なんですが……この世界では魔族が虐げられる宿命にある立場ですので、私みたいなのと一緒に行動していると、主様も魔族だと思われるのが当たり前だと思うのです」
「ふむ」
私みたいなの……って言葉にちょっと引っかかるが、今はまだ口を閉じておこう。
「それで、私ならともかく、主様まで狙われるのは、その、許せないのです」
「あー……。それは、まあ。言いたい事は分かる。でもそれが、俺が魔王っぽく振る舞うのと、どう関係するんだ?」
「それは……その、これも不躾なお願いとなってしまうのですが、主様は前に、我ら魔族を救って下さるとおっしゃいました。でしたら、他の種族の事なんてどうでもいいんです。我ら魔族を……私達だけを見てください!」
「ルイン……」
当然、魔族は救おうとは思っている。
俺が“魔王”である以上は。
だけど、だからって他の種族を切り捨てるのは……
「魔王様は、我ら魔族の絶対的な存在なんです。ですから、どうか、どうかお願いします!」
深く、深く頭を下げてそうお願いしてくるルイン。
そこまでお願いされちゃ……無下にするのも申し訳無い……か。
しょうがない。
ひとまずルインには、
―――嘘をつかせてもらおう。
「―――分かった。それが魔族の、そしてルインの願いなら。この世界に魔王として存在する俺の宿命なら。―――魔族を救おう。俺は“魔”を統べる王になる。それで、その為に魔王っぽく振る舞うってことだな? 威厳とかそういうやつが必要なんだな?」
「はい……! その通りです! うっ……うぅ……ありがとうございます……! ありがとうございます! まおうさまぁぁぁぁぁ!」
「あはは、そんな泣くなって……」
ルインは泣いて喜ぶ。
でも俺の心境は複雑だった。
何故なら。
―――ルインが、泣いたんだ。
しかも俺は嘘をついてしまった。
例えそれが“嬉し涙”なのだとしても。
それは俺がこの子を少しでも不安にさせてしまったということだからだ。
嘘をついた罪悪感も同時にあった。
だけど俺は、この子を泣かせる奴は許さない。
たった今、彼女の涙を見てそう決めた。
だから俺はルインの為に、生きる。
―――魔王として。
だから俺は魔王になる。
この世界に、俺が“魔王”として存在しているのが事実なのだから。
この世界にいる間は、“魔王”でいると誓おう。
「―――クッ……クハハ! いいかルイン! 俺は魔王だ! 魔王ルミナスだ!」
俺は高らかに名乗りを上げた。
「はい! ルミナス様! 僭越ながら私、ずっとお供させて頂きます!」
「ああ、付いてこい! 俺にはお前が必要だ!」
「……ッ、ルミナス様……! はい……はい! 一生付いていきます!」
俺と、ルインの絆は確実に深まった。
そう確信した。
そして俺は一つ引っかかっていた事をルインに言った。
「ああ、それと。……ルイン。お前はさっき自分の事を“私みたいなの”とか言ったよな」
「え、あ、はい……」
「あのな、俺にとってはお前は大切な存在なんだ。だから自分で自分を貶めるような事はもう二度と言わないでくれ」
「えっ……ルミナス様……? ―――それって……?」
「だっ、だから、俺にとってお前は大切なんだ。だから自分の事を過小評価するな、と言っている!」
「は、はい! ……え、えへへ……ルミナスさまぁ……」
俺の言葉で一気に態度を急変させ、蕩けたような顔をするルイン。
やっぱり俺は、この子の笑顔を見るのが、大好きだ。
この子は笑ってなくちゃいけない。
俺が、守るんだ。
例えこの命を賭けようとも。
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