004『夜(冬)』
夜が笑っていた。
吐いた息が、街灯の白寒い明りに照らされて白く濁って消えた。
歩く私の足元には、切るような冷たさが肌を撫で、後に流れていく。
寒さで指の感覚がなくなる。まだ歩き始めて20分と経っていないのに。
手袋に包まれた指を左右で抱き合わせて揉んでも、淡く痺れるだけで何も変わらない。
闇が、太鼓を打った後のように静かに伏している。
自分の足音が、煌々と煌めく月の空に打ち上げられて霧散するのを茫と眺めて、鼻頭の痛みに眉根を顰める。
霜月の午前一時は、心なしか誰もが息を押し殺して黙り込むような気配がする。
くるりと乾ききった空気をベールのように引いて回ってみると、いたずらな空風が落ち葉を使って拍手を送ってくれた。
誰もが寝静まる中、嬉しくなって駆けだした。
夜が歌うように、冷気が耳元でささやく。
すぐに胸の奥がきりりと痛み、頬が熱と冷たさを帯びた。
それでも足は止まらない。
静けさは、澄み渡る空に消えて、良く見える星の光で返事をしてくる。
遠い帳の向こう側から、時間を忘れた人々が生の喜びに声を上げていた。
足を止めて、もう一度どこまでも突き抜ける、穴のような空を見上げれば、月も星も雲も悠然と談笑している。
その中の輪の中に私も混ぜてはくれないかと懇願するも、彼らは人の願いを聞き入れてはくれはしない。
落胆に肩を落として、両手を大きく広げて肌に彼女たちを感じた。
緩やかなまどろみが、瞬きと共に降りつもる。
腰を落として、冷たい底に寝そべれば、穴の入り口では忙しない白の婦人が歩き去っていくのが見えた。
もう一度仲間に入れてくれないかと、願いを込めてかさついた唇を動かして愛を囁いた。
満面の宵の笑みはちらりとこちらを見てくれた。
愛想のいい誰かがまた落ち葉で拍手をして、愛の囁きを穴の底へ吹上行ってくれた。
相変わらず談笑会に招いてはくれないが、少しだけ焦がれる愛を聞き入れてくれたようだ。