20○○年××月△△日②
「さあ、私のアドバイスを聞くかな?」
部長が私の肩をほぐすように揉みしだく。それに反して、私の心は硬化していく。
「……はい」
渋々、了解。
アドバイスを聞くぐらいならいいだろう。
これ以上反抗するだけの勇気と体力がない。
「よし、いいだろう。では、そうだな……そこだ。そこが気になるぞ」
そう言って、部長は右手の人差し指で私の退職願の一文を指した。
”20○○年××月△△日をもって”
「これは、おかしい」
そう言う貴方がおかしい。
そう言いたい気持ちをぐっと堪えた。
もうこうなれば、部長の気が済むまで訂正してやろうではないか。
「どうおかしいのです?」
「気づかないかな?」
「あ、もしかしてこの日では引継ぎが間に合わないということでしょうか?それならご安心ください。大方の引継ぎは既に済ませておりますので」
私の解答に部長は首を横に振った。
「そんなことは、問題としていないよ。君が辞めるのは、この日で問題ない。寂しいがね」
この日で問題ない……だと?
じゃあ、他にどんな問題があるというのか。
私がそれを尋ねる前に、部長は言った。
「”東京ではまだ残暑の厳しい季節ですが、北海道では、そろそろ冬支度を始める頃”とか、どうかな?」
「は?」
「”秋の夜長、読書の季節ですね。私なんかは、家にある本は読みつくして、とうとう百科事典を手に取ってしまいました(笑)”みたいなのは?」
「いえ、あの、仰ってる意味が分からないんですが」
部長は、指先を2度、私の退職願越しに机へと打ち付ける。”トン、トン”と小気味よい音が鳴る。
「分からないかい?君の退職願いは”オシャレさ”が足りないということさ」
「オシャレさ・……必要ですか、それ?」
「勿論」
なぜ、こんな馬鹿馬鹿しいことを平然と言ってのけることが出来るのだろうか。
私は、部長が恐ろしくなってきた。
「もう少し時期を明確にしたいなら”立秋を越えてから、初めて満月が空に昇ろうかという今日”なんてのもいいんじゃないかな?」
「は、はあ」
「ほら、私ばかりじゃなくて君もアイデアを出さないと」
私は、だんだんと心が無になっていく貴重な体験をしている。