勝手ながら
私は退職願を部長から言われた通り、書き直した。
”この度は会社および、共に働く同僚、先輩、後輩、上司、また友達、家族……その他大勢と私の都合により、勝手ながら、20○○年××月△△日をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。”
なんだ、これは。こんな無責任な退職届けが果たして存在していいのだろうか?
しかしながら、こんな書き直しをする意義が掴めないでいる私は、半ば諦め調子で、部長にそれを手渡した。
「部長、書き直しました」
「うん、ご苦労さん」
部長は私から退職願いを受け取ると、また例のキツツキのような動きで、私の書いた文面に目を通していた。
「うん、さっきよりずいぶんよくなったよ」
「ありがとうございます」
私には全然そうは思えないのだが。
まあ、私はこの退職願さえ受け取ってもらえれば文句はない。
しかし厄介なことに、部長が「ただね」と目を細めながら、ある一文を私に指さした。
「この ”勝手ながら” ってのはどうだろうね……」
「いえ、私の身勝手な退職になりますから、それは、そういうことで……」
「いや、だってね金山くん。勝手なことをされてしまっては会社も私も困るわけだよ」
「はい、それは重々承知なのですが……」
「勘違いしてもらっては困るよ、金山くん。さっきも言ったと思うが、君だけの責任で、君が辞めるわけじゃないんだから。それに、何も君が辞めてしまうことを勝手と言っているわけではないんだ。むしろ君は十分愚直に我々と会社のために力を尽くしてきてくれた。そう私は思っている」
「あ、ありがとうございます」
部長からこのように面と向かって褒められたのは初めてのことだ。
そのせいなのか、少し目頭が熱くなった。
部長は話を続ける。
「だからこの”勝手ながら”って文はやめましょう。ね。君は勝手じゃなく、この会社を辞めるわけだ」
「なるほど。しかし、それでは何とすればよいのでしょう?」
「簡単だ。”私は全然、勝手じゃなく”この会社を辞めますといえばいい」
「”勝手じゃなく”……それはなんだかおかしくありませんか?」
「じゃあ、勝手というのは、自分に依るということだ。だから、さっきと重複するが、”おまえらのせいで”としようか」
「お前ら……え、お前らって誰のことを部長は仰ってるんですか」
「そりゃあ、私を含めた会社の全員だろう」
「マジですか?」
「マジです」
部長は、にこやかに「はい、書き直し」と私に退職願を返した。