導入
私は転職を考えた。
今の会社はどう考えた所で、私には似合っておらず、小さな「うんざり」は溜まり溜まったもので、昨日数えるとノート2冊分になった。後輩のマリちゃんが出してくれるお茶はぬるく、何度やり直しても間違いの出る報告書や、同僚達が喫煙所で話す向上心の欠片も感じられない会話、当て振られる仕事はやりがいを感じず、目と肩と腰ばかりが疲れてしまう。家に帰れど一人ぼっち。カップラーメンを啜り、半額の刺身で缶ビールを飲む毎日。
うんざりだ。
あぁ、うんざりだ。
私は昔、スポーツが良くできた。小学生の頃、リレーではいつもアンカーを任されていたし、休み時間には同級生とバスケをして、一番ゴールに入れるのが上手かった。中学の時だって、友達が沢山周りにいたし、2年生の時に既に彼女がいた。初体験は高校1年の時に済ませた。
それなりに成績もよかったし、友達からは「お前は何でもそつなくこなして羨ましいよ」と言われていた。地元では一番の大学に行き、皆が羨む様な会社に早々と内定を貰った。
だが、そっからは駄目だった。
会社は私が入社した年。丁度3年前のこと、弊社と海外の会社との不正取引が発覚して、株価が暴落。700人がリストラし、グループ会社が数十離れ、更には社長が秘書と不倫をしていたことまでバレてしまい、その年は、マスコミがうちの会社をオカズにしてご飯を何倍も食べることが出来た。
偶に昔の同級生達に出会えば、可哀想な人を見るような目で見られるか、”頑張って、負けちゃ駄目だ”と応援されてしまったりした。母は”会社、大変みたいね”と電話越しに心配してくれるが、大抵は食事中だ。何かを咀嚼してる音がする。恐らく父と喧嘩したときの二人きりの食事が気まずくて、電話をかけてきてただけだと思う。
まあ、そんなこんなで、この会社に入ってから私の人生がおかしくなってしまったという訳である。
よって私は今退職届を書いている。
背筋を正して、粛々と。
”この度は一身上の都合により、勝手ながら、20○○年××月△△日をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。 20○○年◆◆月▽▽日 第一営業部 金山浩介”
よし、書けた。こういうのはシンプルでいいのだ。
早速、部長の元へ持って行こう。