第6話:さいごのわがまま
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あなたはなにも欲しがらなかった
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地平線の彼方へ熱線を放つ。
発射の余波で周囲の黒煙が吹き飛ぶ。
青い熱線が燃え盛る街を貫き、その遙か彼方へ到達。
地球人殺しに命中する。
―――地球人殺し、大楯で受け止めた。
熱線が拡散。
八方に弾かれて青い華を宙に咲かせる。
大地が震動。
防御しきった。
「……お前が邪魔だ」
僕は大地を強く踏み込む。
飛ぶ。
踏み込みの衝撃で街が爆発。クレーターが出来た。
僕は空気中の魔素を激しく吸収しながら地球人殺しへ迫る。
全身がヒグマのように巨大化。
爪と牙も先鋭的になる。
力がみなぎる。
飛ぶ。
地球人殺しがいた。
飛ぶ。
地球人殺し、大楯を構える。
ぶつかる。
空中衝突。
「――――っ!!」
反動の衝撃に体がわななく。無視。
僕は両手で楯にのしかかりながら、咆哮。
押し込む。
楯が押し返す。拮抗。
地球人殺し、大楯の脇から槍で僕を突こうとする。
「ぉぅああぁあっ!!」
僕の全身、放電。
青いスパークが周囲のあらゆるものを包む。
エネルギー波は障害物を回折し、楯の裏側へ侵入。
地球人殺しを稲妻が灼く。
「!」
騎士の体が跳ねる。
大楯の圧力が一瞬弱まった。
僕は深く吸い込む。
吐く。
熱線を浴びせた。
至近距離で放たれたエネルギーの奔流に、大楯が押し流される。
地球人殺しごと。
僕は空中で加速。
地球人殺しへ突進する。
騎士は押し返せない。
僕らはそのまま地上へ落下。
大地に突き刺さる。
巨大な土柱。
衝撃波が音速で駆け抜ける。
「ここは僕の遊び場だ」
僕は再び空中へ舞う。
無人の平野に穿たれた広大なクレーター。
その中心を見下ろす。
「ここなら何をしたっていい」
地球人殺し、鎧を焦がされ、土に塗れながら立ち上がる。
僕は睨み付けながら、さらに深く深く空気を吸った。
ピピピピピピピッ
警告音。
魔素の安全量を超えてしまった音。
もうなんの意味もない音。
身体がさらに大きくなる。
「あっちに帰らなくていい」
骨格が歪む。
「妹のいるところに」
顔も変形。
犬や狐のように鼻先が伸びる。
顎が長大化し、牙の数が増えた。
「………」
地球人殺し、僕を一瞥。
数瞬だけ見据えた後、
槍の切っ先を僕へ向ける。
僕は牙を鳴らす。
「お前が邪魔だ」
突進。
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本当は気付いてた
いつもやさしいあなたが
いつも何かに苦しんでたのを
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膨れあがった豪腕が地球人殺しの大楯を殴る。
殴打の威力を楯は殺しきれず、主のもとまで押し込まれた。
「っらアッ!!」
僕は右腕を振りかざす。
いつかの包丁のような刀剣状の爪。5本。
青白く帯電。
震動。
騎士へ振り払う。
楯の上から。
地球人殺し、楯ごと吹き飛ぶ。
猛烈な勢いで後ろへ弾き飛ばされた騎士。
僕は両手で地面を掴み、低い姿勢。
尻尾が伸びる。
包丁のような刀身が背中に何本も生え、背びれのような列を作る。
「ぁぁぁあぉぉぉおぉぉっ!!」
拡張された体内にエネルギーを充填。
口の中へ集結。
エネルギー量に耐えきれず、頭がガクガクと震える。
そして発射。
――――極太の熱線。
膨大な熱と光をあちこちにばらまき、反動で僕の体も押し流される。
青い烈光の濁流は地球人殺しを呑み込む。
それだけに留まらず、射線上の先にあった村も町も丘も抉り取って蒸発させた。
僕は熱線の放射を続ける。
激情のおもむくまま。
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ここなら なににでもなれる
がんばれるわたし
もっとつよいわたし
みんなのためになれるわたし
ふくしゅうできるわたし
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――地球人殺しは、赤熱でガラス化した大地に仰向けになっていた。
楯と槍こそ無事だが、甲冑は大部分が融解している。
鎧の表面が泡立ち、どろりと崩れる。
関節部が癒着してた。もうまともに動かせない。
「見たか」
間近まで寄った僕は、騎士を見下ろす。
「これが地球人だ」
兜の装面は奇跡的に無事だった。
なので地球人殺しの顔は分からない。
その顔が、僕を見上げる。
僕は四つん這いになった。
騎士に覆い被さる。
……僕の全身は金属製の繊維で覆われていた。毛皮のように。
首の付け根から尻尾の先まで並んだ刀剣状の背びれ。
下半身より著しく肥大化した上半身。
前へ伸びた口と鼻。
牙の列からはみ出る舌。
獣の姿。
僕。
騎士の左腕を掴み取る。
「地球に戻らない地球人は、お前だって倒せる」
腕の小手を一気に引き剥がす。
小楯ごと無理矢理に破壊。
その下から腕がさらけ出す。
青い皮膚の腕。
優美な細腕。
「……いつこっちに移っても良かった」
僕は左腕の甲冑をさらに剥ぐ。
丸い撫で肩が露わになったところで、逆の右腕側をもぐ。
「地球にいたって何もいいことない」
両腕の装甲を千切ってから、胸甲を顎で噛み砕く。
形の良い鎖骨、ふるりと揺れる2つの胸乳が露わになった。
「でも妹がいたから。僕は兄だから」
青い胸を舌で舐め回しながら、蛇腹状の腰鎧をねじ切る。
兜と脚甲しか残っていない。
青い半裸。
「けど、もう兄じゃない」
僕は長く大きくなった顎を、全開に広げる。
ずらりと並んだ鋭い牙を、そこに近付けた。
青い股間へ、。
「あっちも―――――そう思ってるだろうから」
顎を、閉じる。
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あなたの力になりたかった
だからがんばった
がんばれなかった
よわくてわるいわたし
こわれたわたし
けど
ここなら なににでもなれる
だれのどんな苦しみも無くせるわたし
なににでも挑めるわたし
つよいわたし
ここなら なにをもとめてもいい
どんなわがままも ゆるされる
だから
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「―――――っ!」
顎を蹴り飛ばされた。
蹴られたというより、脚甲に触れられただけ。
それだけで、灰色熊より大きくなった僕の体が宙に弾き飛ばされた。
全身が引き千切られるような衝撃。震動波。
高周波音。
「超震動……」
僕は距離を取り、地上で身構える。
地球人殺しは立ち上がっていた。
しなやかな痩身。
ひどく艶然とした青い肌。
美しい曲線を描く地球人殺しのもとに、槍と大楯が戻っている。
大楯が蒼く灯る。
楯の一部が輝きながら変形し、騎士の裸身へ纏わり付く。
瞬く間に鎧へ変形。
地球人殺しが復活した。
……その姿が、掻き消える
「っ!!」
僕は両腕を眼前で交差。
そこに刺突が。
槍の切っ先。
槍が啼く。震える。
腕を砕こうと。
「ぅぅぅぉっぉぉぉおおおおおおお!!」
金属繊維の体毛が帯電する。
強力になった放電能力で電撃を騎士に浴びせた。
空気が分解。異臭を放つ。
地球人殺しは止まらない。
新しい甲冑が稲妻に灼かれても、騎士は微塵も怯まなかった。
大楯が僕らを上へ上へと押し上げていく。
上昇。
槍が恐ろしい振動数で僕の両腕を破壊しようとする。
破砕されそうになる腕へ、僕はありったけのエネルギーを集中し防御した。
斥力場、硬質化、複雑繊維化、超再生……
あらゆる能力を駆使して騎士の槍へ抗った。
だから気付かなかった。
僕らがいつの間にか、惑星の遥か上空まで昇っていたことを。
眼下に大陸。
それが浮かぶ大洋。青い海。
大海の果てでは、大きな雲が全てを包んでいる。紫がかった雲。
雲の壁が海を取り囲んでいた。あまりにも高い紫雲の壁。
違和感があった。
どうして、
どうして、こんな高さまで来ているのに。
水平線が平らなんだ?
そんな僕の視界も、急に濃い霧に包まれた。
何も見えない。
地球人の透視能力をもってしても、何も感知できなかった。
霧は雲に変わっている。
いつの間に、どこから霧雲がやってきたのか分からない。
感じ取れるのは、雨の音。
雲の中で雨が降っている。
そしてまた不意に、体に雨が叩き付けられる。
赤い雨。
それに触れた途端、
力が抜けた。
「っ!!??」
エネルギーが制御できない。
やられる、と思ったが、あの猛攻も消失していた。
地球人殺しの方も、僕と同様に赤い雨を浴びて飛べなくなっている。
落下する。
雲を抜け、地上が高速で迫った。
そこでやっと力の制御が戻る。
僕は空中に留まろうとした。
かなわなかった。
地球人殺しが落下速度そのままで僕に衝突する。
僕は落ち続ける。
地球人殺しが肉薄してくる。
僕は魔素を吸い込み、顎を大きく広げる。
全身が帯電し発光。
熱線を吐き出す――――直前、地球人殺しが左腕を突き入れる。
僕の顎の中へ。
小楯、変形する。
巨大な釘打ち機。太いニードルを備えて。
「!!」
発射された。
ニードルと、僕の熱線が。
同時に。
蒼い爆裂。
弾き飛ばされる僕ら。
地上に叩き付けられる。
キノコ雲がのぼった。
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あなただけは やさしかった
あなたは とまった あのとき
だれも とまらなかったのに
やさしい あなたがすき
だから
わたしがしぬときは
やさしいあなたがいい
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僕は仰向けになっていた。
顎を喪い、全身もなんとか原形を保っている状態だった。
地球人殺しの攻撃と落下による破壊のダメージ、これらから身を守るために大量のエネルギーを消費した。
修復のため、新たに魔素を吸い込む必要があった。
だが、その前に。
「………」
地球人殺しが、僕を見下ろす。
鎧はどこも罅が入り、破損している。
左腕は肘から下が消滅。
その破断面から煙を上げて修復している。
騎士は槍と楯を宙に浮かせていた。
その槍が、僕の左腕を刺し貫く。
「!」
鋭い切っ先が腕を貫通し、地上に縫い止める。
と同時に、大楯が僕の右腕を押し潰す。
こちらも強力な圧力で、僕の自由を奪う。
僕は大の字に拘束された。
そんな僕に、地球人殺しは馬乗りになる。
そしておもむろに殴打した。
右腕で。
僕の顔を。
「!?」
殴る。
なんの超能力も使っていない。ただの殴打だ。
殴る。
再生中の僕の顔を、ガントレットが潰す。
殴る。
殴られた箇所を僕は修復する。
殴る。
修復する。
殴る。
修復する。
殴る。
殴る。
修復する。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
修復する。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
…
…
…
……修復速度が、殴り潰す速度に追いつかなくなっていく。
なぜ。
理由はすぐに分かる。
地球人殺しの左腕は、まるで再生していなかった。鎧も同様だ。
残ったエネルギーの全てを、この殴る行為に注いでいる。
なぜ。
なぜ一気に仕留めない?
この殴打になんの意味がある?
……誰かが泣いている気が、した。
「――――っ!」
僕は頭の再生をやめる。
顔が潰される。
破壊され、死んでしまうそのぎりぎり直前。
金属の毛皮が放電する。
それまでと比べればわずかな威力。
しかし甲冑が損壊したままの騎士はこれに耐えられない。
全身を仰け反らせ、力なく崩れる。
僕の右腕を封じる大楯の圧力が弱まった。
僕は潰れかけた頭のまま、右腕を振り回す。
5本の爪、空間に翻る。
「!!」
騎士、半分の左腕で咄嗟に防御。
守りきれない。
爪は騎士の左腕を根こそぎ千切り、兜、および装面の一部を剥ぎ取る。
長い髪が宙に広がる。
騎士、飛び退いて僕から離れる。
僕、立ち上がる。
「………」
騎士は兜から癖のない長髪をこぼし、また唇から下を晒け出していた。
蠱惑的な朱唇。
形の良い顎。
地球人殺しは槍と楯を呼び寄せる。
楯を背中に背負う。
槍を握り、突き出す。
槍、高速振動。
「……決着をつけてやる」
僕は尻尾を伸ばす。体の長さの何倍にも伸ばし、もっともっと伸ばす。
そこまで拡張した肉体の表面積全てで、空気中の魔素を集める。
全身が蒼く発光する。
潰れた頭を最低限に修復。
四つん這いに。
体を固定。
地球人殺しへ牙を剥く。
尻尾の先で、青いエネルギーが激しく輝く。
その輝きは背びれを次々と煌めかせながら、次第に頭部に近付いてく。
そしてうなじにある最後の背びれまで到達した高エネルギー。
僕は地球人殺しを見た。
兜越しに、目があった、気がした。
「―――――」
熱線を、放つ。
騎士、飛び出す。
大地を焼き払い大気を爆砕し、蒼い閃光が疾駆。
烈光の濁流は猛進する地球人殺しを呑み込む。
槍が最大振動数で極太熱線を分解しようとした。
だが叶わない。
大楯の推進力と馬上槍の超震動をもってしても、僕の最後の力である熱線は砕けない。
逆に槍が負荷に耐えきれない。
次々と罅割れを起こしていく。
亀裂は槍を持つ主にも広がる。
地球人殺しが砕けつつある。
これが僕だ。
僕の苦しみ。
僕の中の凶暴だ。
なんであろうと砕けやしない。
誰であろうと。
砕けるもんか。
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くだいてやる
あなたの くるしみを
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―――――馬上槍が、激烈に発光する。
同時、周囲の気圧が一気に下がった。
大気が喰われた。
僕らのいる場所の周囲から、隣接する大気が急激に注ぎ込まれる。
爆発的な低気圧。
空気の渦。
竜巻が生まれる。
周囲の土埃や諸々の全てを吸い込み、渦の柱が天空へ突き刺さった。
その竜巻の中で、僕らは対峙。
竜巻の中心、空気を丸ごと呑み込んだのは、地球人殺しの槍だった。
槍を構成する物質の全てが閃光を放つ。
白い閃光、青い熱線を弾く。
光輝そのものになった槍、姿を変形。
先端から円盤。
円盤は剣山のように4つのブレードを伸ばす。
4つのブレードごと、円盤が高速回転。
光の渦を作る。
閃光の螺旋。
輝きの塊。
「……あのとき、助けてくれたとき、すぐに分かった」
騎士の唇が、開く。
僕は瞠る。
「私を助けてくれるひとは、ひとりしかいないから」
騎士の背中の大楯が震動。
前へ推す。
騎士がくる。
「私のさいごを、あなたにあげる――――――」
地球人殺しが。
「っ!!」
青い高エネルギー密度の濁流を、光の螺旋が千々に砕いて突き進む。
嵐の中。
光の嵐の中。
エネルギーも魔素も何もかも荒れて狂い、叫ぶ空間の中を。
騎士は進む。
僕は力を放ち続ける。
力の全てを。
最後の一滴まで。
騎士は進む。
僕は放つ。
騎士は進む。
僕は放つ。
騎士は進む。
僕は放つ。
騎士は進む。
騎士は進む。
僕は放つ。
騎士は進む。
騎士は進む。
騎士は進む。
騎士は進む。
僕は叫ぶ。
騎士は進む。
僕は叫ぶ。
僕は叫ぶ。
僕は叫ぶ。
僕は叫ぶ。
騎士は進む。
騎士は、来た。
僕のところへ。
僕は、涙した。
騎士は、笑った。
「犬カフェ、いきたかったね」
一条の強烈な光芒が、僕の胸を貫き抉る。
槍の刀身は膨大な量のエネルギーを破壊の衝撃波として解放した。
それは僕の肉体を破砕するに留まらず、
反動で騎士自身にも襲い掛かった。
騎士の鎧がもぎ飛られる。
兜も。
騎士、顔を露わにする。
冗談みたいに整いすぎた顔。
知っている顔。
僕の
僕の、妹。
光が彼女を引き裂く。
光が僕を砕く。
莫大な破壊の光が、全てを終わらせた。
*** *** ***
こうして。
僕らは散った。
地球人と、地球人殺しが。
僕らは、二度と地球人としてこの惑星に来られなかった。
二度と。
……地球人としては。