第1話:僕を襲うハンドミキサー
僕と同じ地球人達が原住民の女を犯している。焼かれた街の中で。
街は砦と壁に囲まれた立派なものだ。
住民の数は千人を軽く超えていた。広場も公園もあり、整備された道と清潔な建物がこの街の発展を誇っている。
しかし現在は破壊の限りを尽くされ、住民はほとんど殺され、黒い煙に包まれている。
壊滅だった。
3人の地球人によって。
その破壊の主である地球人達は、街の中央の広場でそれぞれ陵辱の愉しみにふけっている。
原住民の女は地球の人類とさして変わらない。
違うのは、頭に羊のような丸く太い角を生やしていることぐらい。
僕は勝手に羊人と呼んでいる。
ゆるくふわっとした髪の毛と豊満な肉付き、整った容貌。彼らを好む地球人は多い。だから羊人のいる地域は人気スポットだった。
青い皮膚に覆われた3人の地球人――同じ場所に3人、僕を含めれば4人も集まるのは珍しい――は羊人の女を全裸にし、四つん這いにさせ、後ろから激しく突き上げている。前後に荒々しく揺さぶられる女達。その大きな胸が卑猥に弾む。
「……失敗したな」
その光景を離れた位置から眺めながら、僕はひとり零す。
僕の足元にも、羊人の女が転がっている。
しかし現在陵辱されている彼女らと違い、服は着たままで、そして胴が千切れていた。苦悶の表情で絶命している。僕が捕まえた原住民。
つい先ほど、加減を間違えてうっかり腰を握り潰してしまった。他に生きてる住民はいない。失敗だった。
とはいえ、羊人のグラマラスな肢体は僕の好みではなかったので、それほど落胆していない。
もっと細く、薄く、たおやかな躰が好きだ。
髪も癖のないストレート。
たとえばモデル雑誌の表紙を飾っていたあの頃の――――
ガチンッ、と僕の体に何かが当たる。
「お?」
矢だ。
返しがない錐のような鏃。それが高速かつ正確に僕の首筋へ命中。
命中したが何も貫けない。青い皮膚は無傷。
矢は勢いのままひしゃげ、どこかへ跳ね返る。
僕は矢の方向を見詰める。
望遠レンズのようにどこまで遠くを捉えられる地球人の瞳が、町外れの鐘楼で大弓を構える1人の兵士を発見した。
「ッ!」
僕は飛び出す。地球人は宙を飛べる。砲弾よりも早く。
刹那の間に僕は鐘楼へ衝突。
ぶつかったエネルギーによって鐘楼が丸ごと吹き飛ぶ。
その中にいた人間も爆風の衝撃波で粉微塵に。
僕は大きく息を吸った。
空気中の魔素が全身を巡る。力が溢れる。
口を開け、その力を解き放った。
熱線として。
「!」
破壊の光芒が一直線に鐘楼の基部を直撃。
すでに殆ど崩壊していた建造物を、光と熱の暴力がこれ以上ないほど破壊。灰燼に帰す。
地球人なので光線も撃てる。
鐘楼のあった場所は灼けた更地になり、粉々の破片が町中に降り注ぐ。
「いいタイミングで腹いせさせてくれる」
僕は空中に浮かびながら街を見下ろした。
広場では相変わらず他の地球人達が原住民を弄んでいる。羊人を罵る下卑た口元。口元しか見えない。
地球人は顔がはっきりしなかった。僕も同様だろう。
隠しているわけでもないのに、なぜか顔を認識できない。問題はなかった。
ここでは顔なんて必要ない。
誰の目も気にしなくていい。
誰のことも気にしなくていい。
誰からも咎められないのだから。
何をしてもいい世界。
ナイ・コーポレーション製転送装置のテスターに選ばれたという通知状に、そう書かれていた。
この惑星Xでは、地球人は無敵だった。
空気中に含まれる魔素を吸うことで、僕達は超人的な能力を獲得できる。
大砲さえ跳ね返す肉体。
風よりも早く動ける身体速度。
鋼鉄を握り潰せる膂力。
皮膚が青くなることと引き替えに得た数々の超能力。
槍と弓、稀に単発銃くらいしか武装がない原住民など全く脅威ではない。僕らのために用意された遊び道具、おもちゃだ。
惑星Xで僕らを脅かせるものは2つしかない。1つは同じ地球人。
もう1つは……
「っ!?」
更地となった鐘楼跡で、僕ははっと空を見上げる。
何かが降ってくる。
ひどく大きい。
とてつもない速さで。
広場に落下。
激突。轟音。
大地が異様なほど震動する。衝撃波が街の黒煙を吹き飛ばし、広場から巨大な柱状の土煙があがる。
「ンだよおい」
ひどく不機嫌な声が、広場の上から吐き出される。
先ほどまで広場で楽しんでいた青い体の地球人だ。落下してくる何かに気付き、咄嗟に回避していた。
濛々とした土煙を見下ろしている彼らの人数は、2人。
あとの1人の位置は、土煙が晴れることで判明した。
「……出たな」
僕はそれを見て眉根を寄せる。
どろどろとしたゲル状の塊。
それが二階建ての建物さえ凌駕する大きさで、広場跡に鎮座していた。
液体と固体の中間のような半透明の肉塊に、口のような腔、眼のような点、そして無数の触腕が生えている。
その触腕に巻き付かれ、拘束され、肉塊の中に取り込まれてる地球人がいた。
例の最後の1人だ。逃げ遅れて喰われている。
肉塊に捕まった地球人はみるみるうちに体が崩壊。大量の粒子の塊になって霧散、消滅する。死んだ。
「魔獣だ」
僕は身構え、高度を上げて距離を取る。
地球人達が遊んでいた羊人はどこにも見当たらない。魔獣が落下してきたときの衝撃波で跡形もなく爆砕された。
魔獣はこの惑星で唯一僕らを殺せる存在だ。
魔獣の体内に喰われれば脱出は困難で、先ほどのように地球人だろうとすぐ死んでしまう。
僕は息を深く吸い込む。
吐く。
吐息は熱線になって魔獣へ迸る。
ぶよぶよの体に光熱が突き刺さり、不定形の肉が蒸発。ただの穴にしか見えない口が、くぐもった太鼓のような雄叫びをあげる。
他の地球人2人も攻撃を開始。
1人は口から大量の火焔を。
1人は腕から眩い稲妻を。
「―~~―~~~~~~――^~~――^―!!」
魔獣が吼える。
3種類の攻撃を集中され、不定形の怪物はあの太鼓に似た声で喘いだ。
焼かれて蒸気を噴き出し、炎と雷で炭化される醜い肉体。
けれどダメージが入るのは表面だけ。致命傷には遠い。
魔獣に臓器らしき部位はなかった。脳も心臓も見当たらない。ただの肉塊だ。
そのため肉体を細かくばらばらにしても、いずれ肉片同士が合体してまた復活してしまう。
魔獣を倒すには弱点を破壊するしかない。
しかし魔獣の弱点は最初から晒されてはいないし、その弱点を露出させるまでが一苦労だった。
なので地球人といえどひとりでは相手にしたくない。
が、今回は幸運なことに3人もいる。
僕を含めて楽しみを邪魔されて不機嫌な地球人は、遠くからでは埒があかないので近距離戦に切り替える。
3方向から飛んで近付く僕らに、魔獣が応戦する。
野太い触腕がいくつも枝分かれし、先端を変形させる。
L字状に曲がった先端。
密度を上げて強力に硬質化していた。
どことなくゴルフのクラブに似ている(この惑星にゴルフがあるのかはよく知らない)けれど、僕らはゴルフボールのように固定されていない。
棒状の触腕を恐ろしい速度で振り回す魔獣。が、僕らの空中での速さはそれを超えていた。3方向に分かれているのでそれほど過密な攻撃でもない。
僕は触腕の攻撃をかいくぐり、魔獣の表面の至近距離まで肉薄する。
それまで以上に大きく深く息を吸い込む。
魔素がエネルギーに生まれ変わる。
吐く。
「ぅぅおおおおおおっ!!」
鋭く吼えながら放たれた熱線が、放射状に疾駆する。
触腕群の生える部分に命中した熱線はどろどろの肉質を弾き飛ばし、灼き、斬り裂く。
迸る煙と火花。
のたうつ不定形の肉。魔獣。くぐもった咆哮。
触腕が反撃を試みるが、その寸前に僕は触腕を付け根ごと切り落とすことに成功する。
叫ぶ魔獣を尻目に、いったん上昇。上から様子を見る。
他の地球人も、僕と同じく魔獣の触腕を切り落としていた。これで触腕の大部分を無力化できた。
切り落とされた触腕は力なく地面に横たわる。硬質化させたクラブのような先端も、元の不定形に。
「~~~!! ~^~~~^~~^~~~―――~!!」
魔獣が叫ぶ。
その残った本体に、ぼこっと肉がひとつ浮かび上がる。
顔。
楕円をした肉の盛り上がりに、3つの穴が空いているだけ。鼻さえない。
しかし紛れもなく何かの顔だった。
あれが魔獣の弱点だ。
魔獣はなぜか触腕の殆どを切り落とされると、ああして顔を出す。
その顔さえ破壊すれば、魔獣は死ぬ。
魔獣はその不細工な顔もどきを、切り落とされた触腕群に向けている。
低く湿った嗚咽が、その顔からこぼれる。
僕らには意識を向けていない。
あとは3人全員で一斉に攻撃すれば、この魔獣を倒せる。
やはりこの人数なら楽だ。
以前不幸にも魔獣と遭遇し、かなりの時間を使ってやっと倒した。おかげで遊ぶ時間が全くなかった。最悪だった。
とにかく今回は何事もスムーズに終われる。
僕らは一斉に攻撃をする。
熱線、火炎、稲妻が魔獣の顔もどきに直撃する。
そこに、何かが割り込んだ。
「!?」
僕らはみな驚き呻く。
速い。
銃弾さえ見切る地球人の眼でも、何か恐ろしく素早いものが不意に出現したとしか分からなかった。
攻撃の余波が消え、その妨害者が姿を現す。
騎士だった。
全身を銀鼠の甲冑で完全に包み、皮膚の露出は全くない。
頭も装面付きの兜で完全に覆っている。顔が分からなかった。
左手には方形の小楯。
右手には馬上槍。
そして円形の大楯が、ひとりでに浮遊して騎士の前方を守っていた。
騎士自身も空中に浮いている。
「……だれだ?」
僕らは戸惑った。
こいつはなんだ?
地球人3人の魔獣を殺せる攻撃を正面から受けて、無傷?
どうして魔獣を殺すのを妨害した?
「おい」
それらの疑問を、1人の地球人が詰問しようとし――騎士の姿が掻き消えた。
「おま」
地球人が爆ぜる。
問いかけの言葉の途中で。
胴体が消滅。
上半身と下半身が分裂、弾け飛ぶ。
その地球人のすぐそばに、騎士の姿が。
「!!」
僕らは一斉に後退して大きく距離を取った。
騎士はすかさず大楯に乗って空中を高速移動。追撃する。僕ではないもう片方へ。
地球人は全力で逃げる。
謎の騎士はなんなく追いつく。
鋭い槍が地球人の胸を貫く。
馬上槍、輪郭が霞むほど振動。
地球人、破裂。上半身の全てを失う。
ほんの数瞬で、2人の地球人が死んだ。青い肉体を粒子にして散っていく。
「ぉぉおおっ!!」
僕は全力で空気を吸い込み、吐き出す。
先ほど魔獣の触腕を断ち切ったのと同等以上の熱線。
空中を舞う騎士に襲い掛かる。
騎士は逃げない。構える。
熱線に対して槍を刺突。
切っ先が熱線を掻き乱す。
騎士は熱線の圧力で空中に縫い止められる。
僕は熱線を放出しながら、魔素を吸い込み続けた。地球人は吐きながら吸える。
ほとんど必死になって僕は攻撃のエネルギーを高めていく。この騎士は危険だ。そして謎だ。こんなに簡単に地球人を殺せるやつがこの惑星にいるなんて。
ピピピピピピピッ!!
頭の中に警告音が響く。
魔素の吸い過ぎを報せる音。
つまり地球に戻らないといけない音。
しかし僕は冷静ではなかった。
どんどん太く強くなる熱線を前に、騎士が変化を見せたからだ。
槍が変形する。
先端から円盤を生やす。
円盤の平らな面を熱線へ向ける。楯のように。
その平らな円盤から、4つの刀身が長く伸びる。
―――槍の穂先に剣山をつけたような姿。
円盤、回転。
高速回転する4つのブレードが熱線を撹拌する。
騎士、熱線の中を突き進む。
高エネルギー粒子を叩き割り、あっという間に僕へ接近。
騎士が目の前に大きく。
「!!」
腹部。
4つの先端で引き千切られた。
肉体が動かせない。致命傷だ。
僕は崩壊する。
その直前、
僕を撃破した騎士が、跳ね返ったような鋭い動きで地面に突進するのを見た。
「―――……」
向かう先には魔獣。
魔獣の出来損ないの顔。
騎士はそこに、猛烈な勢いで回転する4つのブレードを突き刺す。
魔獣、悲鳴。絶叫。
ぐちゃぐちゃに擂り潰される肉塊。
そこまで見て、僕の意識も消滅。
殺された。
「……最悪」
僕は痛む頭をおさえながら、装置の寝台から降りる。
いつもの廃工場・404号室。
真四角の狭い部屋には転送装置しかない。
天蓋付き寝台と、モニター、よく分からない筐体。それらをつなげるケーブル。これだけ。
これがナイコーポレーションが用意した、異星転送装置だ。
なぜこんな簡易すぎる設備であんな体験ができるのか、僕には分からない。
そもそもこの装置のテスターと言っても通知状が一通きただけで、人間には誰にも会っていない。
通知状に書かれた廃工場のこの部屋に行ったら、本当に謎の装置があって、書かれていた指示の通りに装置を動かして寝台で横になったら、本当にあの惑星Xに行けた。それだけ。
あちこち調べても、ナイコーポレーションなんて会社は見つからなかった。
だいたいテスターと言われても、いつ誰にどうやって報告すればいいのか記されていない。
ひたすらに怪しかった。
しかし惑星Xで素晴らしい体験を一度してしまうと、もうそんな不審さなどどうでもよくなる。
「頭痛い…魔素の吸い過ぎだ」
僕は呻きながら、筐体に刺さった鍵を引き抜く。
銀色の鍵。
長さは10cmほど。妙に古風なデザインだった。透明な多角形の飾りが填められている。
通知状と一緒に僕の元へ届けられた鍵だ。
この鍵を差すことで装置が起動する。
ズキズキとする頭痛に耐えながら、部屋を出る。
魔素は僕に超人的な力を与えてくれるが、吸い過ぎた状態で地球に戻ると体がおかしくなる。
だから警告音が鳴ったら帰還しないといけない。
さらに頭が痛いのは、あちらで死ぬとしばらく転送装置が使えないことだ。
どういう仕組みなのか全然分からないが、そうなっている。今晩はあの惑星へ遊びに行けない。最近は毎晩ここで過ごしてたというのに。
「あーあ…」
僕は溜息を吐きながら、同じ鍵で404号室の扉を施錠する。
夢の時間は終わった。
家に帰らないと。
妹のいる家へ。
中学校を卒業してから、僕は地元のパン工場に勤めている。
地元は最悪だ。
誰もかれも妹のことを知ってるし、妹の稼いだ金で両親が豪遊してたことも知っている。
妹が病気で倒れて何もかも首が回らなくなり、あちこちにその情けない姿で金の工面――自分達の遊蕩のツケ――をしたことも、みんな知っていた。
こんなところ、すぐに離れたい。
しかし妹がいる。症状はいっこうに良くならない。
早朝。
廃工場からマンションに戻った。中に入る。
誰もいない。
正確には、一番奥の部屋に妹がいる。
両親だけいない。
リビングは2人が喧嘩して散らかったまま。
父の自慢だったゴルフのトロフィーがいくつも散乱している。
僕はそれを見ないようにして、自分の部屋を目指す。
「……兄さん?」
鈴を鳴らすような声が、可憐に、しかし弱々しく廊下に響く。
僕は振り向く。
妹の部屋。
扉の向こうで、咳き込む音が聞こえた。
「起きてたのか?」
「うん。さっき起きた」
「飯、すぐ作る。食べられる分でいい。残りは夜食にするから」
「うん」
「出来た妹だなあ」
「え?」
「妹の食べ残しを夜食にする兄貴とか、普通に考えたら気持ち悪いだろ」
「兄さんが私のを食べてくれるのは、昔からだし。残すと怒られたし」
「僕は食いしん坊だったから」
「でも私の好きなのは分けてくれた」
「……飯、作ってくる。すぐ出かける。今晩は戻ってこれると思うから、食べたいものがあったら作れる」
「茶碗蒸し。具のないやつ」
「ほんとそれ好きだな」
「卵のとこが一番おいしい」
「分かった。じゃあ、また」
「うん」
妹の咳がさらに激しくなる。喋らせすぎた。馬鹿が、と自分を罵る。
そこから離れようとする俺に、
「兄さん」
「ん?」
「兄さんも、出来た兄貴だよ」
「……」
違う、と言いそうになる自分を必死で抑える。
頭痛が加速する。
僕は歯を食いしばってそれに耐え、
「……ありがと」
なんとか絞り出すと、逃げるように自分の部屋へ駆け込んだ。
ベッドに体を投げ、息を荒げる。
枕元にはモデル雑誌。
細く、薄く、たおやかな肢体が晒された表紙。
癖のないストレートの髪。
清楚な風貌。
それを裏切る、劣情を煽るほど白い肌。柔らかな曲線。
昔の妹。
僕の妹。