プロローグ
「ヒール!」
昼間でも薄暗く荒れ果てた廃墟の中、埃まみれの壁に弱々しく背を預けながら小さな声で呟く。
さっきまでじんじんと痛みが酷かった左肩を、右手から放たれた青白い発光が癒していく。周囲を入念にもう一度見渡し、“敵”が居ない事を確認すると、安堵の溜息が漏れた。
「…あぁー、…クソっ!、いつもいつも俺の肉を美味しそうに齧りやがって、あいつらには俺がご馳走にでも見えてんのか?」
人の気配がまるで無い廃墟に、この世界に対する文句とも言える独り言が木霊した。
すると、返事がするように廃墟の奥の方で“敵”の呻き声が聞こえてきた。
その声はまるで獣だ。夜中に山で正体不明の動物の鳴き声が聞こえて来て怯える。そんな感覚に近い。
「俺はこの世界の勇者で、あれは魔王の手先の魔物ってとこか……はっ!」
自分で言った言葉を鼻で笑い、床に置かれたバールを握りしめ、声のする方に勢いよく駆け出した…。
◇
(……はぁ、……はぁ)
「……百回ヤってもてめぇらごときにゃ負ける気はしねぇが、……幾らなんでも数が多すぎだろ」
体中に返り血を浴び、ツンと鼻に来る異臭を放ちながら肩で息をして呼吸を整える
「……ま、世知辛いが、これが俺の異世界転生物語ってとこか」
後ろで横たわっている大量の“ゾンビ”の死体を見ながら、俺は冷めた笑みを浮かべた。