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<6>乙女モード発動なのであります~ハヤト~

 プワプワと届いてくる線香の香り。

 ゆっくりと手を合わせ、目を閉じる。

 寺の一角にある墓園。季節外れのせいか、敷地内にいるのは僕だけ。

 暮石に刻まれたチハルの名。

 それを確認しに、僕は毎回、ここに来ているのかもしれない。チハルが、この世に存在していたことを、しっかり胸に繋ぎ止める為に。

 あれから二度ほど、次元の歪みの穴埋めをしたわけだが。

 あの黒き空間に、慣れつつある自分がいた。

 それと同時に、その事実に気づき、どうしようもない空しさを覚えている自分もいた。

 そんな幾つかの入り混じった感情。僕自身、まだうまく咀嚼できていない。だけど、ここに来ると、すっと落ち着いた心持ちになれるから不思議だ。

 とはいえ

 この頭の中の混乱は収まっていない。

 まずなにより、事実を整理しなければならない。

 株式会社デンデンに入社することになってから、これまでの日々について。

 いや

 もっと前だ。

 昨年の就職活動の時から。

 ことごとく落ちた、採用試験、面接。己の実力不足であると、自責の念に駆られていたわけだが。そうでなかった可能性も急浮上してきている。

 そう

 つまり

 僕は、株式会社デンデンに入社するよう、仕向けられたのではないか?

 そんな疑念を持たざるを得ない状況にある。

 この会社にいる人達は皆、あの黒き空間と、過去に何かしらの関係があったわけで。

 驚くべきことに、、、

 この会社は、そういう人たちしか採用していないのである。

 何の為に?

 さぁ

 それは、わからない。

 だが、どう考えても不自然だ。

 世間で全く話題にならない、次元の歪みと呼ばれる空間。

 人の生死に関わる大事件を引き起こしているというのに。国家ではなく、誰にも知られていない一民間企業が、その対応を取り仕切っているなんて。

 きっと、何か裏があるに違いない。

 その真相を、僕だけで掴める気はしないが。

 いずれにせよ、非常に怪しい会社にいることには相違ない。

 うぅむ

 考えただけで恐ろしくなってきたぞ。

 何とかして、この会社から抜け出すことはできないものか。

「でんでん むしむしー かたつむりー」

 んっ?

 近くから聞こえてきた、子供の声。声の主を探して、墓園を出ると…

 出口脇の石段に、少女がいた。

 黒のワンピース。黒の長髪に、赤いリボン。

 あっ!

 以前、次元の歪みの前にいた、少女ではないか。

「君は…」

「やぁ」

「あの時、無事だったんだね。良かったよ」

「そりゃあ、無事だよ。ねえねえ。ところで、私は、アミっていうんだ。おじさんは?」

「おじさん?」

「うん」

 おいおい

 何ということか。

 僕はまだ二十代前半だぞ。

 そんなに老け込んで見えるか?

 ショックで寝込んでしまいそうだ。

 だが、相手は小学生。そんな風に見えても、仕方がないのかもしれない。

「僕は、ハヤトだよ」

「ハヤト。よろしくね」

 少女が手を差し出してきた。

「あぁ。よろしくね、アミちゃん」

 アミちゃんと握手をする。それから、瞳をキラリと輝かせた彼女。

「ねぇ、どうしてかなぁ。何だかね、私。ハヤトに引き寄せられているような気がするの。これって、運命なのかなぁ」

「そうかい。そういう事もあるかもしれないね」

 うぅむ

 好意を抱かれて悪い気はしないが。残念ながら、僕はロリコンではない。

 あっ

 そういえばっ

「ねぇ。この前会った時、黒い空間が発生していたじゃない。あそこにあった装置って、誰のモノか知っているかい?」

「あぁ、アレ。私のモノだよ」

「君のモノ?」

「そう。まぁ、この前の機械は、試作品だったから、あまりうまくいかなかったけど。任せて。次こそは、凄いヤツを作ってみせるんだから」

「試作品? 次こそはって…。あんな変なモノを作ったら、危ないと思うよ」

「えぇー。何で?」

「いやっ、ほらっ、その…」

「それは、次元が歪むから?」

 ニコリとした表情を見せてから、少女が言う。

「そうそう。次元が歪むからだよ。えっ?」

 おいおい

 本当に、君がアレを作ったとでもいうのか。

「まぁ、確かに。もっと安定して次元の歪みを発生させなきゃ駄目だよね。次は頑張るよ」

「いやっ。わざわざ次元の歪みを作り出す必要はないんじゃないかな」

「どうして?」

「だって、多くの人が困ってしまうよ」

「困る? 逆じゃない。もう、私が、これだけ頑張っているのに。残念だなぁ。ハヤトは、自分達が何をやっているのか、分かっていないんじゃないの」

「僕達が?」

「そう。何の為に次元の歪みを埋めているのか、分かっているの?」

「うーん。それは、次元の歪みが大きくなって、この世界が飲み込まれてしまわないようにしているんじゃないかな」

「半分正解で、半分不正解だね」

「他に理由があるのかい?」

「そうだね。まぁ、そのうち分かるかもね。あっ。もう、家に帰らなきゃ。お母さんに怒られる。じゃあね、ハヤト。バイバーイ」

 そう言うと、彼女はタカタカと去っていった。彼女を追い駆けて路地の角を曲がると、もう少女の姿は見えなくなっていた。

 どこへ行ってしまったんだろう。

 あの少女は一体、何者なんだ。

 何故に、彼女は次元の歪みについて、あんなにも詳しいのだろうか。そして、僕らが次元の歪みを埋める理由は別にあるのだという。

 本当だろうか?

 誰もいない道路をテクテクと歩きながら、僕は、少女との会話を反芻していた。


 うぅむ

 暗い

 お化けが出てきそうだ。

 懐中電灯で辺り照らしながら、細い路地を巡回する。

 まだ、次元の歪みは発生していないようだ。待機位置に戻って、ベンチに座る。

 あぁ

 眠いよぉ

 徐々に、落ちてくる瞼。視界を覆っていく暗がり。

 痛っ!

 突然、ビリッとした刺激が、僕の体を駆け抜けた。

 むむむっ

 ミキさんが、右手をつねってきているではないか。おまけに、鋭い眼光で僕のことをギロリと睨んできているぞ。

 ひぃ

 出たぁ!

 お化けだぁ!

 そうしてジタバタしていたら、こっぴどく怒られた。

 いやはや

 困ったものである。

 時刻は、午前三時。

 一時間前、すやすやと就寝中に、次元の歪みが発生するとの呼び出しがあったのだ。

 五回目の着信で起きるというミラクルを成し遂げた僕であったが。

 電話に出たら、ミキさんから酷い罵声を浴びせられるという災難に見舞われたのである。聞くに堪えない暴言ばかりだったので、ここでは割愛するが。寝起き早々、この心がズタボロになったのは述べるまでもない。

 そして、あろうことか、お化けのような形相で僕を脅かしてくるのである。もう堪ったものではない。

 暫くして、ふと隣を見ると、さすがのミキさんも眠そうにしていた。気分転換に話でもしていた方が、眠気も紛れるだろうか。

「そういえば。何で、次元の歪みに金属を投げ込むんですか?」

「それは、金属の密度が高いからだよ」

「密度が重要なんですか」

「そう。次元の歪みは、三次元から次元軸が僅かに増えている状態なの。だから、そのブレを三次元方向に戻してやる必要があるわけ。その為に、三次元性の強い物質で次元の歪みを埋めてやって、三次元の綻びが自己補修されてゆくように促してやるの。そんな理由で、密度の高い金属を選択しているんだよ」

「なるほど。そういう事だったんですか」

「それよりさ。ハヤト、あの女の子の連絡先はわからないの?」

「まだ聞けていませんね。だけど、あの子に好かれてしまったみたいなので。また会う機会はあるかと思います」

「ふーん。そっか。やっぱり、ハヤトって、ロリコンだったんだね」

 なんと

 完全なる誤解だ。ミキさん、好意を抱いたのは、向こうの方なんですよ!

 身の潔白を晴らさなければ。

「いえ。違いますよ、ミキさん。僕に、そんな趣味は…」

「あっ」

 ミキさんの声に視線を上げると、目の前に、あの黒き空間が拡がっていた。ゾワゾワと、その容積を急拡大している。

 まずい

 早く金属を投げ込まなければ。

 えっ

 次の瞬間、目を疑うような事が起きた。

 次元の歪みから、人がにょろりと現れたのだ。その人はスラリとした長身で。黒いコートに身を包み、黒の帽子を被っている。

 おいっ

 お前は、何者だ?

「タケトさん」

 ミキさんが声を上げる。

 ほぅ

 ミキさんの知り合いなのか。その男は、ミキさんに対して静かな笑みを浮かべてみせる。

 うぅむ

 なかなかのイケメンだぞ。

「やぁ、ミキ。久しぶりだね」

「はい。お逢いできて嬉しいです」

「私もだよ」

 ミキさんの顔が上気している。

 おいおい

 これは、どういうことだ。ミキさんが、乙女になっているぞ。

 嘘だろ

 そんなコトがあるのか。これは、一大事だぞ。

 明日、人類が滅亡するかもしれない。

 いやいや

 ジョークではない。これは、それくらいの大事件だぞ。

 その男は、次元の歪みに向けて、何かをかざした。すると、次元の歪みは、シュワッーと消滅していったのだ。

 何だ、何だ

 何が起こったのだぁ!!

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