5のコイン
ご無沙汰しております。
いやぁ、まだまだ暑い。袖の長い秋の服には手が出せなさそうです。
ちなみに好きなのは冬服です。だって体系がカバーできますから。
今夜もお付き合いいただければ幸いです。
あの、服の話じゃないです、今回は……
「だからね…だからね……」
その先は彼らが引き継ぐ。
「お別れなんだね」
わぁぁっと声と涙が同時に溢れ出す。彼らは私の頭を引き寄せて、また私を甘やかすのだ。
「よくやったよ。アリガトウ。」
ほとんど今生の別れのような体験を初めてした。
彼らは飛行機に乗り込んで自分たちの国に帰る。もちろん私がついていけるはずもなく、その場で弱々しく手を振り続けることしかできない。泣きそうな予感はあった。分かっていた。しかし、すべてを分かっていながら涙が止まらない。
まだ一緒にいたい、まだ行かないでほしい、まだ待っていてほしい…そんな感情が渦巻いて、叫びたくて、喉につかえて、涙となって、頬を伝っていく。
別れは、とんでもなく恐ろしいものだ。
私は、別れが、怖い。
生きていると、“あたりまえ”の日常生活に慣れきってしまうと、また会える、に麻痺してしまう。基本、学校の友人には短いスパンで会えてしまうのと同じように。これから一切会えなくなるとは、あまり考えない。気軽に「またね」と言えてしまう。
「まったねー!」
休日の楽しい時間の終わり。楽しかった時間に比例するかのように大きく手を振った。
けれど、そう言って振った手が振り返されることなかった。
その夜、微睡みを破ったのは電話口の悲痛な叫び声。
知人の運転する荒っぽいバイクを飛び降りて、転がり込むように建物の中に入った。
最悪の展開は、考えなかった。いや、意図的に考えないようにしていたのかもしれない。まともな思考ができていなかった。容器からこぼれてしまった赤い液体が脳内を埋めていく。
きっと何かのドッキリのはずだった。だって私たちにはこの後、遊ぶ予定もあって、日時も決まっていて、楽しみだねって言っていてくれていたはずなのだから。
別れ際の、手を振り返してくれなかったあの瞬間、とんでもなく、あの子の背中が小さかったことなんて、今さら思い出したところでどうにもならない。
このことがあった以来、人と別れる、という行為がどれだけ身近な人だろうが、ちょっと喋っただけの関係性の薄い人だろうが怖くなってしまった。
もう会えないかもしれない、と考えると少しでも人と一緒にいたがるようになってしまった。
人は生きている以上、一時であろうが、数年であろうが、永遠であろうが、ほぼ毎日、別れに付きまとわれる。
それは、寂しいものだ。怖いものだ。恐ろしいものだ。けれど、逃げられないものだ。向き合わなくてはいけないものだ。
今もきっと、生きていく中で経験する、その別れのうちの一つなのだ。
寂しい、怖い、恐ろしい。けれど、逃げられない、向き合わなくてはいけない、別れなのだ。
涙が止まらす、必死に手で拭っていた私の顔に影が差した。
「これは僕たちからのプレゼントだよ」
彼らは走って戻ってきて、私の手に一枚の硬貨を握らせた。
「僕たちの国のコインだ」
この硬貨には数字の5が刻印されている。
それを見て、刺激される記憶があった。
「ねぇ、これは5円なの?」
買い物を終えて、戻ってきた彼らはピカピカに光る5円玉を見せて、こう尋ねてきたのだ。
「うん、そうだよ。この字(五)は5って意味なんだ。」
納得したような彼らの顔を見て、私は教えたいことを思いついて、つたない英語を必死に紡いだ。
「日本の5円玉はね、響きが“ご縁”って言葉に似てるんだよ」
「ご縁?それはどんな意味なんだい?」
「人と人とのつながりって言ったらいいのかな。それを持っているといいことが起こるって言われててね。まぁ、迷信なんだけど」
「じゃあ、とっておこう!」
「それがいいと思う」
「日本の5円玉は持っているといいことがあるんだろう?」
「僕たちの国のコインにはそんな迷信はないんだけど…」
「これを持っていたら、また会えるかもしれないじゃないか!」
「僕たちの国にも遊びにおいでよ!」
「だからもう、泣かないで」
「うん」と涙を拭って、頷いた。
「See you again!」
そう、again。もう一度、きっと会えるはず。
今度はしっかり手を振り続けた。遠ざかっていく彼らが見つけられるように、大きく、大きく手を振る。
「派手に泣いたねぇ、メイクがぐちゃぐちゃじゃないか」
「うるさいな、笑うくらいなら見ないでよ…」
「でも大丈夫。生きていれば会える可能性はあるんだから」
「……知ってるよ、よく知ってる」
まだまだ暑い盛りの空港で長袖の友人は私の泣き顔を笑った。