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i  作者: 浅葱
3/10

オオカミ少年の誤算

嘘はいけません、とかそんな綺麗な言葉を発せる人間ではないので。

小学生って割と残酷だったり。まぁ大人もあんまり変わりませんかね。

こんばんは、もしよろしければ今夜もお付き合いください。

 「ごめん、バイト入ったわ…(中略)…マジでごめんっっっm(__)m」

 絵文字や記号を駆使したそれを無表情で送って、ベッドに倒れこむ。もう寝たかった。寝ているうちに送って、翌朝気づかれて、もし仮に疑われて詰問されても、のらりくらりとかわせばいいや、とかなんとか思っていた。けれど思惑は外れて、すぐに既読がつき、寝かせまいとするかのように、ブーブーブーブー、ブーブーブーブー、やかましいブーイングが浴びせられる。煩さに耐えきれなくて、応じようと見てみると、犯人を捕まえた警察犬のように食い下がっている。贅肉を喰い千切ってくれるのならいざ知らず、ちょっとやそっと抵抗したくらいでは離れそうにない。とりあえず気休め程度の返事を送っておこう。もう今はそれに関連するものを見たくもないし、考えたくもなかった。


  とあるイベント参加の人数集めでブッキングを起こしてしまった。

  参加するには誰か一人が抜けなければならない。

  それでどうしようもなくなって、僕はオオカミ少年となった。

  偶然を装って、その舞台から消えることにした。


 偶然とは8割以上、人為的に引き起こされるもの

 僕がそれを思い知ったのは小学生の頃。


 好きなアーティストのイベントのチケットが当たったのだけれど

と誘いをうけた。お友達を誘ってもいいよ、と言われ、同じアーティストが好きだった友人と行くことにした。ところがどこから聞きつけてきたのか別のクラスメイトが「一緒に行きたい」と頼み込んできた。ところが譲り受けたチケットは二枚しかなかった。

 

その当時の僕の立場は割と危うかった。勉強もできない、運動もできない、ゲームもできない。それに他の地域から入学直前に引っ越してきたから同級生との過去の思い出なんかもなくて、下手すると孤立しているんじゃないか、というくらい仲間に入れない場面もあった。

 

僕が返答に窮していると先に誘っていた友人がその話に入ってきた。大体の事の顛末を聞いて、それから僕にこう言った。

「そのチケット、今回だけは俺らに譲ってくれよ。どうせお前ならまた貰えるんだろ?ならいいじゃんか。」


 思わず、学校の屋上に目をやった。そこから何かが蹴飛ばされたような気がしたから。けど、違った。他人事のように見ていた視点が、僕の一人称視点ではないことに気づいたのは身体がコンクリートの無機質な地面にめり込んだ後だった。


 そこから先の話は、聞いた話だ。

 教室で友人の言葉を聞いた僕は弾かれたようにカレンダーのもとに駆け寄って、日付を確認して、安心したように頷いたらしい。

 「あぁ、ごめん、僕、その日は偶然、用事があったんだ、ごめんごめん、お母さんに朝言われてたんだった、ごめんごめん、だからそのチケットあげるよ、あげる、ごめんごめん、僕、忘れっぽくてさ、ごめんごめん、お金はお母さんたちが何とかしてくれると思う、ごめんね」

 そうして目にも止まらぬ速さで荷物をまとめ上げて教室を出ていった。教室からすべてを見ていたクラスメイトの何人かが僕を追いかけてきたけど、それに対して僕はずっとこう言っていたらしい。

「ほんと、ほんと、偶然だって、偶然、いやー、すごい偶然だよね、偶然、ほんと、ははは、偶然、はははは」


 その時から僕の中にはオオカミ少年が住み着いた。

 それともう一つ変わったこと。

 偶然が人為的に引き起こせることを学んだ。


 「ごめん、偶然…」

 「ごっめーん、めっちゃ偶然…」

 「本当にすみません。偶然…」


 それから事あるごとに、僕は僕でなくなって、オオカミ少年になった。

 自分以外の誰かが何かを我慢する状況が怖かった。もし自分が強情に見られてしまったら、もしそのことで陰口を叩かれたら、と思うと、嘘をつくことは苦ではなくなった。


 だから、今回も一緒。僕が我慢すれば、すべてが丸く収まる。そう、偶然を引き起こせばいい。けど、けど、けど………


 いくら偶然を装って、みんなから嫌われない手段をとったとしても、楽しいはずだった思い出は、僕が呼んだオオカミに食い荒らされてしまった。それは一生もとには戻らないし、一生苦い思い出として付きまとう。けれど、偶然を装う以外に僕がとれる手段なんてなかった。

 偶然は人為的に引き起こすことができる。けれど、奇跡は決して人為的には引き起こせない。どう足掻こうが、奇跡が起こらぬ限り、楽しい思い出になりかわることはない。



 「ねぇ、あいつ、その日テストあったからダメだって」


 オオカミ少年はどうも大誤算をしたらしい。

連絡がきたのはいきなりだった。最後の方に誘った友人が予定を確認し直したところ、衝撃的な事実が発覚した、とかなんとか…

 「それは、つまり…?」

 「行けるってことだよ、まったく。」

 思わず、顔がほころんだ。しかし、ホッとしたのも束の間、友人の口からとんでもない言葉が飛び出した。

 「お前、バイトなんて嘘つくんじゃねぇよ。本当にビビったわ。折角お前に誘われて行くこと決めたのに、お前がいなきゃつまんねぇって。どうせ自分だけ我慢してりゃいいとか思ったんだろ、バーカ。ちょっとは誘われた人の気持ち考えろ。」

 しばらく、何も言えなかった。そんなことを言われたのは初めてで、やっとのことで返した言葉はあまりにも月並みすぎた。

 「うん、ありがとう……」

 これがいいことなのかは、分からない。けれど今は嬉しさで、視界がにじんだ。

 

 「どうやら、今回は僕はいらなかったようだね。」

 顔が半分潰れた“僕”がまだ開いている目を上に向けて、僕を見た。

 「うん、ごめんね……」

 真っ赤な水たまりに身を沈めた“僕”は力なく笑った。

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