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i  作者: 浅葱
10/10

アイ・キャント・コミュニケイト

ご無沙汰しておりました。

書きたいこと、書かなければいけないこと、書くべきこと、

たくさんの書くがあって、必死になって、書いていました次第です。

ところで、皆さん、外国語なら何語を喋りたいとか、ありますか?

私は断然、ラテン語をマスターしてみたいのですが、よく挫折する人を見て戦々恐々としています。

学者になるのであれば、絶対必要なんでしょうけど。言語って挫折しやすいですよね。あれ、なんでなんでしょうね。言語挫折症候群とでも命名しておきましょうか。


今日は“彼”と”私”のお話。

お時間があれば、どうぞ、お付き合いください。

 「オーケー?」

 見るからに困っている外国人に話しかけられた。

 「Yes. Is there anything I can do for you?」

 咄嗟にそう返した。そこそこ英会話はできる方だと自覚していたし、少しであれば、ヨーロッパ圏の言語のストックもある。

 しかし、予想だにしない答えが返ってきた。

 「エイゴ、ワカリマセン。」

 一瞬にして思考停止。

 多分、その口調だと日本語も簡単なものですら通じるか怪しい。

 人間というのは意思疎通を図れないと、こんなに戸惑うものなのだろうか。

 自分の足元がぐらぐらと揺れる感覚がした。


 結局、スマートフォンから行き先の画像を引っ張り出してもらい、

「Oh, I see. Come with me.」と「来てください」

のハイブリッド手招きで、目的地まで実際に連れて行くこととなった。



 日本という国にいれば、ほとんど当たり前のように日本語が通じる。方言など、多少の違いはあれど、標準語を話す私の言葉が通じなかったことはない。

 留学でイギリスに滞在した。英語が通じなかったことがない。もちろん、下手くそな英語で現地の人々に怪訝な顔をされることこそあれ、それなりに意思疎通はできた。

 趣味と勉強のためにイタリアにいることも多い。イタリア語はもちろん通じるし、なんなら英語もだいぶ通じる。美術館や歴史的建造物にいるスタッフさんは大抵、英語をマスターしている。もしくは近接しているフランスやスペインの言語を話せれば、問題なく過ごせた、なんて話も聞く。


 この経験則からか、英語と現地の言葉が少し話せれば、なんとかなるものだ、なんて錯覚していたらしい。英語万能言語の法則は打ち砕かれた。どのみち、全世界共通言語なんてものは幻想の範囲で、実現するのはずっとずっと先の未来だ。


 「そんなもん、実現しない方がいいさ。」

 その日の本当の待ち合わせ相手だった“彼”は嫌そうな顔をした。

 驚いて振り返った。“彼”は5言語も操れるマルチリンガルだ。見せ場がなくなるとでも思ったのだろうか。素直に口にすると、「バカ野郎」という笑い声と共に真剣な声が返ってきた。

 「お前、小中高とずっと悪口とか陰口とか言われてきただろ?」

 私は黙る。覚えてないんだから否定も肯定もできない。気にせず、“彼”は続けた。

 「それはお前が日本語を理解できてしまうからだ。お前が日本語という言語を理解していなければ、こんなことにはならなかったさ。」

 何を言っているか、判別不能な相手から何を言われたってそれは無敵だろ?“彼”はニヒルな笑みを浮かべた。

 コミュニケーションの放棄。なるほど、全世界共通言語ができてしまえば、問答無用で言葉の暴力に打たれる可能性はぐっと飛躍するわけだ。世の中には心無い人も多いから、出会い頭に何もしてないのに暴言を吐く人だっている。


 あの子、何?変だよね。気持ち悪い。ブッサイクだな。近づかないでおこう。なんでいるんだよ。うわっ、こっち来るな。バカだよねぇ。いや、アホだろ。ホント、ないわー。あいつのこと、なんか気に食わないからイジメようぜ!私、あの子、嫌い。なんであの子が生きてるんだろ?よくここに来れるよね笑。死ねばいいのに。一回死んでくれればいいのにぃ。自殺しないかな?自殺しろよ。死ねよ。お前なんて生きてる価値ねぇから。



何かの、欠片のようなもの、



 顔から血の気が引いていくのが分かる。音が洪水となって襲い掛かってくる。聞きたくない。私のことなんて、喋ってないはずなのに、ただの話し声が、ただの笑い声が、鋭利な刃物に変わって襲い掛かってくる。繁華街にいることを呪った。記憶の蓋がこじ開けられそうだ。唐突な気持ち悪さが頭から、胸から零れ出る。その場にしゃがみ込みそうになった。


 腕を掴まれる。突然のことでびっくりして、振りほどこうとして、それでも強い力で離してくれない。“彼”だった。

 「まぁお前は他の要素であれ、他人の感情や言葉を読み取ってしまうんだろうけどさ」

 “彼”はぐいぐいと私を引っ張って、前を歩く。足が縺れる。

 「そんなの相手にするな。そんな奴らは自分の放った一言に責任なんか持っちゃいない。」

 他人の群れがものすごい速さで通り過ぎていく。それを、私は追わない。

 「そんな無責任な一言で、お前のことをよくも知りもしない奴が語る言葉で、なんで、お前の人生を決められなきゃいけないんだよ。」

 ていうか、なんでお前のことをよく考えてる俺の言葉の方が通じないんだよ。言葉が路上に吐き捨てられる。あの時、何にもしてやれなくて、ごめんな。言葉が風に流されそうになる。それをすんでのところで捕まえて、バッグにそっとしまった。

 「だからな、そういう時ははっきりと言ってやれ。」

“彼”は笑っていた。

「I can’t communicate with you.」

 何がおかしいのやら。“彼”は目じりに溜まった涙を拭いながら笑い続けた。訳が分からない。私も笑った。

 そうか、そういえば、“彼”と待ち合わせしてたんだった。そんな事実は今さら思い出した。



 そんな出来事があったにも関わらず、私は日本語以外の言語を学ぶことをやめていない。英会話教室に通い、イタリア語の授業に出席し、ラテン語のテキストを開く。

 世界共通言語なんてできてしまったら、きっと私の気苦労は絶えない。精神が常にピーンとピアノ線のように張り詰め続けるんだろう。でも、きっとそんなことは起こらない。だって、それが実現するとしたらずっとずっとずっと先だ。

 心無い人々は、私の想いなんてお構いなしに、これからもチェーンソーを振り回し続ける。それは、きっと永遠に無くならない。だって、それはずっとずっとずっと前から続いている。

 それに私はもう傷つかない、なんて言えたら楽なのだろうけど、どうも人間の肉は柔らかいもので、鋼鉄ボディには変われそうにない。これからも、ずっとずっとずっと、傷口から血を流し続けるんだろう。痛くてたまらないけど、たまに現れる治療者がとんでもなく染みる止血剤を塗り込んでくれる。それがあるから、かろうじて私は動けるんだろう。



 アイ・キャント・コミュニケイト・ウィズ・ユー


 血塗れで、ボロボロの身体で、私は、最後の抵抗のように、呟くのだろう。


 それを、相手は聞いていない。


 言葉を、言語を、発している時点で、虚しい行為だと、理解している。


 それを、相手は聞いていない。



 そういえば、あの外国人が何語を喋っていたか、結局分からずじまいだった。


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