8話 マリと言う名の幼馴染み
よろしくお願い致します。
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待ち合わせの居酒屋へと到着した俺。
だが、その店の前に立った瞬間。目の前に広がる異常な光景に、しばし呆然とする。次に手に持つスマホを確認し、あたふたと店とスマホを交互に見返す自分がいた。
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「──お、おい、ホントにここであってんだろな?」
俺の目に飛び込んできた居酒屋の店名とその看板──
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超能力居酒屋──『サイキッ喰う』
ハンドパワーが織り成す数々の絶品料理!!
──貴方が食欲と共にあらん事を──
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「……怪しい……怪し過ぎるっ……!!」
でも、多分ここであってる筈だしなぁ……まあ、取りあえず中に入ってみるか。
俺は恐る恐る入り口の引き戸を開けた。
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「──いらしゃいませ! 何名様でしょうか?」
店内に響く女性スタッフの元気な声。意外にも中は普通の居酒屋。
店員の衣装を除いては──
店内にいるほとんどのスタッフが黒いスーツを着用し、そして顔には分厚いサングラスをかけている。見渡せばフードを目深に被った、ローブの様なものを纏っている者の姿も目にとれた。
超有名な某SF映画を模したつもりなのだろうか……?
おや、良く見ると、ローブを纏った例の緑色のちっちゃい干物じーちゃんの姿も……。
──うん。あれは普通に怖いな……何か色々と超能力の定義をはき違えているような気もするが──これじゃまるでコスプレだ。
だが、あえてそこは突っ込まない事とする。
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「いっ、いや、待ち合わせしてるんですけど……」
「そうですか、ではお入り下さい」
店内は意外に広かった──俺は周囲を見回し、友人の姿を探す。
「お~い、洸。こっちこっち!」
声がする方に目をやると、特徴的な黒髪の大きなストレートポニーテール。
その艶やかな髪を左右に揺らしながら、ひとりの女性が俺に向かい元気に手を振っていた。
整った顔立ちの美人だが、少しつり上がった目がその本人の性格通り、男勝りである雰囲気を大いに醸し出している。
見慣れた俺の友人であり、小学以来からの幼馴染みだ。
それに手を上げ、応えながら彼女の元へと向かった。
「よう、真理。久しぶりだな、今日はひとりなのか。彼氏はどうしたんだ?」
そう問い掛けながら、向かい側の席に着く。
「ん~ちょっとね、大学のサークルの都合で今日はこれないって──まあ、あたしとしてはそっちの方がちょうど良かったしね」
意味ありげな笑みを浮かべながら、真理はジッと睨み付けてくる。
……嫌な予感しかない……。
「なんだ、お前もしかして、もう酔ってるのか?」
「え~まさか、まだ生中2杯とハイボール1杯目……」
そう言いながら、彼女は空になったグラスをテーブルの上に叩き付けるように置く。その顔はすでにほんのりと赤い。
「お前、もう……マジか……」
「あたしはもう適当に注文して食べちゃってるよ。お腹減ってるんでしょ? 洸も好きな物注文しなよ」
真理は俺にメニューを手渡してきた。
「あいよ」
受け取り、注文しようと早速メニューに目を通す。
……ん? え~と、なになに?
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──本日のおすすめ──
『変異体』の唐揚げ。サイコキネシス手揉み風。
『変異体』のステーキ。パイロキネシス直火焼き。
『変異体』のカルパッチョ。テレパスの念波にのせて。
『変異体・海生種』のサイコキネシスによる本場のタタキ。空中浮遊により、いつもより念入りに叩いてます。
『変異体・亜種』の串カツ──(注)揚げたてをお客さまのお手元までテレポート致します。
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「……なんじゃこりゃ。全く訳が分からん……」
「──あはははっ。面白いでしょ? かなりふざけたネーミングだけど、どれも美味しいから。味はあたしが保証するよ」
「……いや、もうお前が適当に決めちゃってくれ。なんか字見てたら、頭痛くなってきたわ……」
「──はいは~い!」
◇◇◇
「──ん? でも普通に美味いな。なんの肉か分からんのが、ちょっと不気味だけど……」
そう言いながら、唐揚げのような物を頬張る。
まあ、まさか食って腹を壊す物なんて出しはしないだろう。これだって味は普通の鶏肉の唐揚げっぽいし……。
「はぁ? あんた、ちょっと何言ってんの。ちゃんとメニューに書いてあるでしょ? もっと良く見なよ」
俺はそれに応じ、メニューを手に取り確かめた。
……あっホントだ。横に小さく表記したある……牛とか豚とか─っていうか、もっと大きく書けっ! まったく紛らわしい!
そして、並べられた一品料理を口に運びながら、久しぶりの酒に酔いが回り、饒舌になる。何気ない日常会話に花が咲く。
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「──って言ってたんだぜ。バカみたいだろ?」
「いや、それは洸。あんたが悪いだろっ」
「たははっ。やっぱり?」
「あ~っ、やっぱり自覚がないんだ──悪いっ、メッチャクチャ悪いねぇ~~」
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真理は不意にグラスをテーブルの上に置き、両肘をつきながらあごを手の上に乗せ、こちらにトロンとした視線を向けてきた──もうだいぶ酔いが回ってるようだ。
「──そういえばさ、最近、あたし電車の中で痴漢現場に鉢合わせて、ピッチピチッのJKを救出したんだよね──」
……若い女子大生がピッチピチッのJKって……やっぱ相当酔ってるな、コイツ。
「うん。あれはど~う見ても痴漢に遭ってた。彼女、うつ向きながら涙ぐんでたもん……だからあたし、その男の手首を掴んで言ってやったんだ──あんた、何やってんだーーっ!─って」
「へぇ~、それで?」
「それがさっ、知らばっくれるの。あなた、何言ってるんですか? 僕は何もやってないですよ~ってな感じで……あぁーーっ! 見た目が何かエリートっぽいイケメンだった事も余計に腹が立つ~~!……でも、痴漢に遭ってた女の子も涙ぐみながらあたしに、もういいです─って言ってくるし……あたしもすっごく悔しかったけど……」
「それでも真理、お前の事だ。もちろんそれで済ませなかったんだろ?」
「さっすが洸。あたしの事良く分かってるね~~ ──あたしはその時、狭い電車の中。少しその場を離れた。そしてバッグの中をまさぐり、やがて見付け出したのだよ。あるモノを!──あたしは閃いた。これを使って、その男にお仕置きしてやろうって!」
「……な、何を見付けたんだ……?」
真理がニヤリと口を歪める……。
あの~、もう恐怖しか感じないんですけど──
「入れっぱなしで忘れてた携帯扇風機と瞬間接着剤!!──くっふっふっふっふっ……」
「お、お前、まさかっ!」
「うん、そうだよ~ ──あたしは接着剤を付けた“ソレ”のスイッチをオンにして、男の元に忍び寄り、そしてある場所にこっそり引っ付けてやった──そんで、止めにその男の事を指差して大声で叫んでやったんだ──“変態”って!!」
……俺の目にその状況が浮かんでくる。
──狭い電車の中。大声を上げられ、呆然と立ち尽くすひとりのエリート風イケメン。
……その股間には、静かな音を立てて回る小型の扇風機の姿が……。
シュール過ぎて笑えない……酷い……酷過ぎる……だけど──爽快だった。
「──あはははっ、真理さん、相変わらずの勇者っぷり。ホント無茶やるな~。やっぱ、お前はすげぇよ。まあ、昔からだけどさ」
「……でも洸。あんたがいつもフォローしてくれてたじゃん」
真理が俺に向ける表情を引き締め、真剣な面持ちへと変える。
「………」
「あたし、女だてらに正義漢ぶっちゃって、色んな事に首突っ込んでたよね? その度にいつも問題起こしちゃってて……」
「まあ、そうだったかな……?」
「その後、大事に至らないように、洸。あんたが、あたしの為に色々動き回って、何度も助けてくれたよね?」
「………」
「あたしの為に体をはって、ボロボロになってた時もあった……その時、理由を聞いてもあんた、ただ苦笑いするだけでさ。何も答えてくれなかったよね?」
「………」
「あたしは自分の事、みんなに認められたくてさ……生徒会に入ったり、風紀委員やったりして、色々とがんばってたつもりなんだ。それに人間って、みんなそういう者なんだってずっと思ってた……でも洸、あんただけは自分の損得とか、そんなの関係なしに身体が動かせる……そんな奴だったよね?──誰かが認めてくれる訳じゃない様な事にでも──ホント、あんたは損な性格だよ。人生で一番損するタイプだ……でもね、そんな所が、あんたの良い所でもある訳だし、その時のあたしにはとても眩しく見えてたんだよ──」
真理の目が少し潤んでいる様な気がする……。
「──あたし、ずっと洸の事、気になっているよ。今もこの気持ちに変わりはない──だけど、もうそれは叶う事はないし、この想いも──今は友情的なものとしてあたしの中で、すでに割り切ってるつもりだから……って、何言ってんだろ?──バカだな……あたし──」
そしてニコッと笑う真理。
少し、いたたまれない気分なった俺は、それをごまかすようにして、ジョッキのビールを一口、喉に流し込んだ。
「それでさ、洸、若……いや、若葉の事なんだけど──」
「………」
……さあ、おいでなすった。
真理。彼女が今日、俺をここに呼び出した本当の目的──
本日のメインイベントが──