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いつか醒める久遠  作者: Ayuwan
番外編 象のない『心』達
35/36

若葉(ワカハ) 前編

よろしくお願い致します。

 

 ───


 ──私は最近同じ夢をよく見る。


 その内容は朧気で、はっきりとは覚えてないけれど、私は夢の中で自分以外のふたりと三人でお茶を飲みながら談笑を楽しんでいる。


 そして私の目の前にいるアッシュブロンドの男の人。あどけない少年のような可愛い顔。それと不意に見せる穏やかな笑顔。


 そう、夢の中の私はきっと彼に恋をしているの。


 だけど、その恋は例え夢の中の出来事だとしても絶対に叶う事はない。


 だってほら、今だってその彼の傍らには常に“その人”の姿がある。


 そうなの。彼にはすでに決められた人がいるんだ。


 だから多分、この夢は私にとって悲恋の夢──なのに、何故かこの三人でいる時間が私には心地好く、そしてとても大切な物のように感じられて──


 この時間に存在する“私”だけが感じられる幸福感。だけど……。


 そんな私でもいつかは相思相愛。本当の恋愛をしてみたい───


 ──────


 ─────


 ────


 ───


「──って言う訳だからよろしくね。お姉ちゃん」


 家族四人揃っての夕食後、お母さんが入れてくれた熱い番茶を啜っている私に向けて、そう声が届いてきた。


 少しボーッとしていた私は、彼女が何を言っていたのか分からず、問い掛けの返事を返す。


「え~と、萠黄(もえぎ)。ごめん、何の話だっけ?」 


 その答えに私の妹、萠黄はぷく~と頬を膨らませた。


「だ・か・ら! 明日の夕食の時にあたしの彼氏を連れてくるから、その時はお姉ちゃんもよろしくねって言ってたのっ!」


「あ、そうなんだ。ごめん。分かったよ」


 そして返事を返してから気付く。


 ちょっとした違和感に……。


「!!──えっ、萠黄って彼氏いたの? 中学生のくせに」


 その私の声に、妹はジト目で睨め返してくる。


「し、失礼な! 今時の中学生なんて、付き合ってる事自体別に普通だから。むしろ大学生にもなって彼氏がいないお姉ちゃんの方が異常で特殊! そう、例えるなら、あたしが緑色の量産型で、お姉ちゃんが赤い誰かさんのカスタム機! しかも機動力あたしより三倍っ!」


「いや、そ、その例えは、色々どうなんだろ? ちょっとヤバいんじゃないかな? それに1stは古過ぎるような気が……あと機動力三倍っていうのは、想像したら動きが気持ち悪そうで普通に嫌──」


「えーーっ! それじゃ、あたしが空の王、○竜の赤い通○種で、お姉ちゃんが白銀の希○種、いや、あるいは王の中の王。ダーク○スロード、その名も黒○王リオ……って、な、何すんのお姉ちゃん!……フゴッ、フゴゴゴゴッ!」


「いや、皆まで言わせない! それにそんなの、そのコンテンツに知識がある人限定のネタだよね? それと私はそんな厨二臭い通り名は本当にごめんなさい! 後、このネタが分からない人も合わせてごめんなさーーいっ!!」


「フゴゴゴゴッ……フゴ! お姉ちゃん! い、息が……それとなんで、さりげなくヘッドロックに移行しちゃってんの? ギブッ! とりあえずギブうぅぅぅ!!……ぐふっ──」


「……あ。ご、ごめん! 萠黄、ちょっと大丈夫? も、萠黄いいいぃぃーーー!!」



 ───



 えーと、あの、どうもお見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした……。


「ううっ……ホントにもう、お姉ちゃんってば、天然なんだから」


 涙目で呟く我が妹。


「ごめんなさい。でも萠黄に彼氏がいるなんて私、ちょっとびっくりしちゃって」


「だからさ、そんなの今時の中学生じゃ普通の事だって……でも、なんでお姉ちゃんって彼氏作んないの? あたしが言うのも変だけど、結構可愛いのにさ。ホント、もったいないよ」


 その彼女の言葉に、私は思い出したくない記憶を思い出してしまう。


 ───


 男の人なんて、みんな自分勝手で野蛮。そして信じられない。


 そう、私はもう男の人の事が怖くなってしまっていた。いわゆる男性不信。


 だから、私はもう二度と恋なんてしない。もう二度と誰かの事を好きになったりなんてしない。もういいの。

 恋する事にすごく焦がれていたけれど、私はもうこれからの人生を誰かとふたり一緒にやっていく──


 そんな自信も、そして気力もない。他の人に言わせたらまだ若いのに何を言ってるの? って笑われるのは分かってる。でも私は決めたんだ。


 ──誰とも一緒にならずに、ずっとひとりでいようって──


 それで、嫌な記憶を思い出してしまったからかもしれない。もしくはひとりで生きて行こうと決めた自分の将来の寂しさが悲しかったからなのかも……。


 気が付けば私の目が涙で滲んでいた。


 ───


「お、お姉ちゃん! 一体どうしたの? あたしなんか変な事聞いちゃった?」


 うん。いや、萠黄は悪くないんだよ……私が勝手に落ち込んでるだけ。でも、お父さんもお母さんもいるし、ちょうどいいや。この際、今言っちゃおう。


「あの、私。将来結婚するつもりないから……男の人の事、凄く苦手なの。だから、ずっとひとりでいるつもりだから、だから……お父さん、お母さん、ごめんなさい」


「え? お姉ちゃん、なんで?」


 私のその言葉に萠黄がそう短く声を発しただけで、父と母は無言だった。


 少し息が詰まりそうな沈黙の時が続く……しばらくして。


「……そうか。まあ、若葉(わかは)。お前が決めた事だ。それでお前が幸せでいられるんだったら、俺は何も言わない。好きに生きたらいいと思うよ」


「まあ、そうね。あんたは言い出したら結構頑固だからね。だから、気が済むまでここにずっといたらいいわ。そしたら私も楽できるしね? ふふっ、その代わり覚悟しときなさいよ」


「そうだな。跡取りが居なくて少し寂しくなるだろうなってしんみりした時もあるもんさ。でも若葉がいてくれるのなら、父さんも仕事のやりがいができるってもんだ……だから、お前がいたいと思うまで、ずっといていいんだぞ? なんたってお前は俺達の可愛い娘なんだからな。俺が元気な内は責任もってちゃんと養ってやるよ」


 その父と母の私の事を思いやってくれる言葉に、嬉しさで胸が張り裂けそうになる。


 ……うん。私にはこんなに素敵な家族が既にいる。だから新しい家族なんてもう要らないや。


 でも、だからこそやっぱりこんな自分になってしまったのが、父と母にとても申し訳なくて──


 涙を我慢する事ができなくなっていた。


「お父さん、お母さん。ありがとう。それと……ごめんね……」


 それに答え無言でやさしく手を握ってくれるお父さん。そっと私の肩を抱き寄せてくれるお母さん……そして。


「えーーっ! お姉ちゃんだけずるい!! じゃあ、あたしも結婚しない! あたしもずっとこの家にいるーーーっ!」


「え? 萠黄はダメでしょう? あんたにはもうちゃんと彼氏がいるんだから、あんたはきっちりと結婚して将来、私達に可愛い孫を提供するっていう任務があるのよ」


「ははははっ、確かに母さんの言う通りだ。萠黄、その大任務。お前に任せたぞ。俺と母さんに可愛い孫をぜひ見せてくれよ」


 その声に萠黄は少しふてくされながら答える。


「へぇ~、あたしにそんな、だ~いっ任務なんてもんがあったんだ。なんか、上手く言いくるめられてる気がしないでもないけど、でも……ったく、しょうがないな。こうなったら将来、あたしががんばってガンガン子供作って、どんどん可愛い孫をお父さんとお母さんに供給しちゃうから!!」


「……いや、それって中学生の女の子が言うのはどうなんだろう? しかもそれが私の妹だなんてちょっと残念な気が……」


「えー! それじゃ、ガンガン孕むー!」


「……いや、余計に卑猥になってるんですけど」


「じゃあ、ガンガン身籠るー!」


「余り変わらないような……」


「じゃあ、ガンガン授かるー!」


「……うーん」


「……って、どう言ったらいいの! もう分かんないよっ!!」


 えーっと、例えばどう言っていいのかな?


「そうだな。ん~っと……ガンガンに産み付けちゃう?」


 萠黄の目が鋭く光った。


「……あたしゃ、何か? 害虫かなんかなのか? もしくは地球以外の場所からやってきた地球外生命体なのかあぁぁーーっ!─って。あ、いわゆるエイリアンの事ね。おらっ、キシャッーー!」


「えっと、キシャッー? ……って私、何反応しちゃってんの! ……もう、萠黄ってなんかませている感じだけど……え~っと、そ、その、子供の作り方とか、そういうの知ってるの?」 


「えーーっ。そんなの当たり前じゃない! 成人した男女がチューしたら子供ができるなんて、今時小学生だって知ってるよー。もしかしてお姉ちゃん、知らなかったの?」


「…………」


「……な、なんで、あたしの事。そんな凍り付く様な目で睨み付けてんの? さ、寒い!……っていうか、お父さんとお母さんも!!」


「い、いや、萠黄は博学だなって……でも凄いねー、子供ってチューしたらできるんだねー、私。もう成人してるけど全然知らなかったなー。さすが萠黄さんだねーー」


「なんで棒読み……っていうか、なんかすっごくイラつくんですけど……もしかしてお姉ちゃん、あたしの事バカにしてる?」 


「──ぷっ……ふふふっ。ごめん。萠黄、私ちょっとふざけ過ぎちゃった。くすっ、あはははっ!」


「もう、お姉ちゃんったらホントに天然なんだから……って。ぷふっ あはっ、あはははっ!」


「本当にあんた達は。ふふっ、あはははっ!」


「本当に面白いな。はははっ!」


 そして家族四人で食卓を囲みながら笑い合った。そして笑いながら思う。


 ──私は今、幸せなんだと。



 

 ──『本当にそうなのかな?』──




 私の頭の中でそう呟く“私自身の声”。その錯覚とも思える声に、私は心の中で必死になって言い返す。



 ──『本当よ、本当にそう思ってる。これは私の思い込みなんかじゃないっ! 寂しいからって、何か物足りないからって、そう思い込んでごまかしてる訳じゃないんだ!』── 





                   ◇◇◇





 ──え? 私、今ここで何してたんだっけ? なんでこんな事になっちゃってるの?


 ───


「だからさ。若葉、もう一度と俺とやり直してくれ! 俺はお前の事が忘れられないんだ。もう前みたいに無理強いはしない。それに酷い事も絶対に言わない。だから……」


 ───


 ここは在学中の大学付近にあるとある喫茶店。今は大体昼過ぎ位の時間帯。午前の講義を終えた私は、友人と待ち合わせのこの場所にひとり、店内の一画。目立たない場所のいつもの端のテーブルに陣取り、落ち着いていた。

 テーブルの上には私の好きなミルクティーと、あと少しで読み終える文庫本。これを読み終える頃までには私の友逹はくるかな? 


 一息つき、ふとそう思って再び本の続きを読み始めようとする……そんな時だった。

 

 突然、向かいの席に人の気配を感じ、私は手元の本から視線を外して自分の正面へと目をやった。そこにいたのは予想していた私の友人ではなく。私の昔付き合っていた男の人。


 半年前くらいに別れた私の“元彼氏”だった。


 ───


「え? 嘘っ。なんで──」


「若葉、やっと見つけた。俺、お前に凄く会いたかったんだ!」


 私は咄嗟に立ち上がり、この場から逃げ出そうとした。だけど、彼の強い腕力によって肩を押さえ付けられ無理矢理席に戻される事になってしまう。


「なんで逃げようとすんだよ? 俺、お前の事ずっと探してたんだぜっ!……好きなんだ。今でも……あの時の事は俺が悪かった。お前と少しでも関係を進めたくて……もう絶対にあんな事はしない。お前がその気になるまでずっと待つからさ。今度は酷い事言ったりしないから。だから俺ともう一度──」


 そして彼は私の手首を乱暴に掴んできた。


 ──嘘だっ! 絶対に嘘だ!! 


 だって、あなた今まで何回もその言葉を繰り返してきたじゃない! 私にその勇気ができるまで、その時まで待っていて欲しいって私、ずっと言ってたじゃない……それなのに私の唇を無理矢理に奪って……。


 だから、私は今まで以上に男の人の事が怖くなってしまって、信じられなくなってしまって……それで別れを告げて逃げ出してきたのに!


「離してっ! 私はもうあなたの事、好きでも何でもない。だから話す事も、その必要もない!」


「な、何だって!? ずっとお前の事を思ってた俺に対してその仕打ちかよ! じゃあ返せ!! 半年間お前の事を思っていた時間。いや、付き合っていた時間を含めて、無駄になってしまった俺の時間、全てを今直ぐ返せよ!!」


「え?……あなたは一体何を言っているの……?」


「いいから返せ! この際もうどうでもいいよ。お前の身体でも何でも使って無駄になった俺の時間を返せよっ!! こうなりゃ引っ張ってでも連れて行くからな!」


 私の捕まれた手首に力が強められる。


 ──やだっ! 怖い、怖いよ……助けて、誰か助けてっ!!


「だ、誰か。助けて……」


 私は捕まれた手首の痛みに耐えながら目を閉じ、そう呟いてしまっていた。



 ………。



 ……って。あれ、おかしいな? いつの間にか掴まれていた手首が自由になってる。次に目を閉じている私の耳に、彼の苦しそうな声が聞こえてきた。


 ───


「ぐうっ、うう……は、離せ! 何なんだてめえはよっ!!」


「あんたこそ一体誰? なんでわかに酷い事してんの? もうこのままこの手首を捻挫させちゃおうか?」


 !?……私はその声に反応し、ぱっと目を開ける。


 そこには大きなポニーテールの女性が、彼の手首を掴み、その場にねじ伏せていた。彼女の端正なその顔から鋭く光る切れ長の目が彼の事を捉えていた。


 そう、その人はこの場所で待ち合わせをしていた私の友人だった。


「──真理ちゃん!!」


「よっ、若葉、お待たせ。でもなんか色々と訳ありみたいだね? まあ、とりあえずは……ほい、よっと──!」


「──い、痛いっ!! わ、悪かった。俺が悪かった! だ、だから一旦離してくれっ! なあ、た、頼むっ!!」


「……そうだな。じゃあ、あんたは若葉の何なの? まずはそれに答えてよ」


「お、俺はそいつの元彼氏だ! 元カレ!!」


「ふ~ん元カレね。ねぇ若、こいつが言ってる事って本当なの?」


「……うん」


「ふ~ん。そんじゃまあ、とりあえずはいっか」


そしてそういったやり取りの後、真理ちゃんは彼の束縛していた手首を離した。彼は掴まれていた手首を押さえながら憎々しげな視線で真理ちゃんの事を睨み付けている。


「くそっ、てめえこそ若葉の何なんだよっ!!」


「え~、あたし? あたしは若葉の……そうだな~~」


 真理ちゃんはその言葉を受けチラリと私の事を一瞥する。そして悪戯っ子のように口元を歪めた。


 ……な、なんだろう。なんか嫌な予感が……。


 私の背中に何故か悪寒が走った。


 真理ちゃんはその顔をどんどん私に近付けてくる。


 ──えっ、これってまさか!


「あたしと若葉の関係はねーー」


 真理ちゃんの顔はどんどん私の顔に近付いてき、やがてそれは零距離になった。


 ちなみに私は今、真理ちゃんの口で唇を塞がれている状態……いわゆるキスを女の人としちゃってます……。


 ……な、何なんだコレ。


 そして唇を離した真理ちゃんは彼に向かって言い放つ。


「これで分かってくれた? あたしと若葉の関係はアッツアツの恋人同士。だからあんたの立ち入る隙間なんてもうどこにもないの。納得してくれたかな? “元彼氏”さ~ん。ふふふっ」


 その真理ちゃんの言葉に私は……。


「ええええぇぇぇーーーっ!!!」


 ───


「ちっ、なんだそう言う事かよっ! はっ、若葉。お前はそっち方面に走ったのかよ。全く、てめえといい俺には理解不能だわ……もういい。シラケちまった。もう帰るわ、もう二度お前の前には姿を見せねぇからよ……」


 彼は捨て台詞を残して去っていった。


 ───


 ほっ。良かった……。


 でも真理ちゃん。さっきの言葉はどういう事なんだろう? いや、はっきり言ってたんだし、もうそういう事で間違いないよね? どうしよう。私、そんな趣向は全くないんだけど。

 ……私は将来ずっとひとりでいるって自分の中でそう決めた。でも、真理ちゃんとならなんか楽しくやっていけそう……だから。


「あのー、真理ちゃん? 私の方からも改めてよろしくお願いしますっ!!」


 その私の告白の言葉に真理ちゃんは。


「は? 何の事?」


「……いや、さっきの私達が恋人同士ってやつ……」


 ううっ、何コレ。メチャクチャに恥ずかしい。ほとんど罰ゲームじゃないですかーーっ!!


「え? あんたあれ本気にしてたの? あははっ、やだなぁ~ あれは演技だよ。あの男を追っ払うための演技!」


「あはっ、そ、そうなんだ……」


 ……で、ですよねーっ! でも真理ちゃん。その割りにはあのキスは私にとって刺激的過ぎますっ!!


「それにあたしは彼氏いるじゃん。若もその事知ってるでしょ?」


「で、ですよねーっ!」


「もう、相変わらず若は天然なんだから。あははっ」


「うぅ~。皆して私の事、天然って言う……あうう」



 ───



 そして私達はお互い向き合って先程のテーブルの席に着いていた。


 テーブルの上には真理ちゃんが注文したカフェオレと私が新たに注文し直したミルクティー。


 ───


「それにしても若に付き合ってた彼氏がいたなんてさ……ちょっと意外だった」


「なんでそう思うの?」


「だってさ。何となくだけど、あんた微妙に男の事避けてたじゃん? まあ、あたしはあんたが男の事になんか苦手意識みたいにな物でもあんのかなって思ってたから……」


 ………。


「さっきの人ね、私にとっては二人目の付き合う事になった人なの……二人共結局は私が嫌になっちゃって逃げ出したんだけど……」


 やだ。私、また涙が……やだな。私ってホントに最近涙もろくなっちゃったよ。


 でも、真理ちゃんはそんな私の事を気遣ってか、テーブルの上の私の手に、そっと手を添えてきてくれる。


「ねぇ、若葉。私達って友達、いや親友だよね? そう思ってたのはあたしの方だけ? でも、もしそうじゃないのなら、あんたが胸に抱え込んでしまっているその嫌なもの全部、今ここで吐き出しちゃいなよ。その全部をあたしが受け止められるか、それは分からないけれど……でも、分かち合う事はできると思う。だから、せめて一緒に悩もうよ」


 真理ちゃんのその言葉に、私は添えられてた手をぎゅっと握り返す。涙の方は……ごめんなさい。もう我慢できそうにありません。


 ……だからもう泣いちゃいます……。


 そして私はひとしきり泣いた。


 もう何回もこんな事を繰り返してきた気がする。やがて、真理ちゃんが私に向かいハンカチを差し出してくれた。それを受け取りながら自身が落ち着くのをしばらく待つ。


 その後、私は真理ちゃんに向かって過去の経験を話し出し始めた。



 ─────



 私は元々男の人がちょっと苦手だった。でも私自身、恋愛っていうものにすごく憧れていて。


 そんな時だったかな。高校二年の時にある男子生徒が私に好きだと告白してきた。


 私はその男子に特別な感情を抱いた訳じゃなかったけれど、恋愛の経験をしてみたかった私は、断る勇気もなかったので、とりあえず彼と付き合ってみる事にした。そして付き合っているうちに、私はだんだん彼の事を好きになりかけ始めていた……と感じていた。


 その気持ちが本当の“好き”という気持ちだったのか、それは分からない。


 だって、彼とは直ぐに別れる事となったから……。


 そう、彼はなんだかずっと焦っていた。だんだん必要以上に私に触れてこようとしてくる。そしてある日に、私は彼に無理矢理にキスされて……怖くなった私は、泣きながら彼を突き飛ばし、その場から逃げ去った。


 これが一回目の恋愛とおぼしき経験。


 そして今度は、高校卒業後。私は旧友達とある温泉地に小旅行に出掛けた時の事だった。


 旅館で財布を落としてしまったその時。一緒になって懸命に探すのを手伝ってくれた見知らぬ青年。そのやさしい姿に、今度は私の方が心を惹かれた。


 だけど、以前の出来事で男の人の苦手意識に拍車がかかった私は、その想いを伝える勇気も勿論なくて。


 でも、それでも嬉しい事に、彼の方からきっかけの言葉を私に掛けてきてくれた。


 私達は連絡先を教え合い、そして何回か出会った。


 やがて、それを重ねていくうちに私達は付き合う事になった。この時の私の彼に対する気持ちも、“好き”というものなのか、結局分からずじまいに終わってしまった。


 そう、二人目となる彼とも別れる事となったから……。


 別れた原因と理由は、ひとりめの彼と絵に書いたように同じ境遇に陥る事になってしまったから……。


 これが二回目の恋愛とおぼしき経験。


 私は付き合っていた二人の男の人の事を好きだったのか……?


 嫌だった事、怖かった事が大き過ぎて、付き合っていた間の楽しく感じていた事が全部消し飛んでしまって、もう、何が本当の“好き”なのか? そういう気持ちが全く分からなくなってしまっていた。


 でも、付き合っていたんだから少なからずそういった感情はあったんだと思う。


 だから、その気持ちを大切に育てていくためにも、私には時間が欲しかった。


 “好き”という気持ちを育てていくその為に……。


 私は待ってて欲しいって言ったのに。“好き”だという気持ちが充分に育ったら、その要求にも応じるつもりでいたのに……。


 結局、私がどれだけお願いしても彼等は聞き入れてはくれなかった。


 男の人の事が苦手で怖い。なのに人並みに恋愛願望はある。それで幸せになろうだなんて。なんてお前は矛盾した事を言ってるのだと、おそらく人は私の事を笑う事だろう。だけど、それはもうどうしようもない。だって私はそういう性分。ううん、設定の元に生まれてきたのだから──


 だから、私はもう諦めた。そして決めたの。


 あんな怖くて辛い思いをするくらいなら、例えその代償としてどんなに寂しい将来が待っていようと。もう、いいの。


 もう、いいんだ。私はずっとひとりで生きていく。


 そう。私は彼等から逃げ出した時からと同時に、ずっと憧れていた恋愛からも逃げ出していたんだ──!!



 ─────



「ありがとう。若葉。ちゃんとあたしに話してくれて。嬉しいよ……」


「……うん」


「男の事が苦手で信じられない。だからひとりで生きていく……あんたと同じように感じて、そしてそれを実践している人は多分、この世の中に少なからずいると思う。それにその生き方をあたしはとやかく言うつもりはない。だって人は考え方はそれぞれだからね。人によってはそれは幸せな生き方なのかも知れないし……」


「………」


「だけど、あんたはそうじゃないでしょ?」


「え、なんで?」


「だってさ。あんた恋バナとか大好きじゃん。後、見ててこっちが恥ずかしくなるような恋愛ドラマとか、砂糖ドバドバ吐き出したくなるような恋愛もんの小説とかさ。あんた好きでしょ?」


「確かに好きだよ。でも、それが?」


「だって、それが大好きって事はさ。あんた、要するに恋する事にまだ憧れてるって証拠だよね? もう恋愛に未練タラタラ……もう認めちゃいなよ。本当は恋愛したいんだって。誰か自分が“好き”と思える人と思いっきり恋を楽しみたいんだって──」


「……真理ちゃん」


「大丈夫。怖がらないで……さあ、がんばってみようよ。あたしが……いや、あんたの未来の旦那さんとなる人が、きっとどこかで待ってくれてると思うよ。だからさ」


 そう言いながら真理ちゃんは私に手を差し伸べてくれた。


 私はその手を強く握り締める。


「うん。ありがとう。真理ちゃん。あなたがそう言ってくれるのなら、私、もう一度……」


「チャレンジしてみる?」


「──うんっ!」


 その瞬間、私達の握り締め合った手はそのままに、真理ちゃんはうつむき加減となって息を殺しながら笑い出した。


「──ふふふふふふふふふふふ……言っちゃったね?」


 真理ちゃんの綺麗な切れ長の目が、キラリと妖しく光る。


「ちょうどよかったよ。あたし、今夜飲みに行く予定があるんだよね~っ。だから若、あんたも一緒にこない?─っていうかきなさい。もう強制参加ね。その時にあんたに紹介したい人がいるから」


 え? これってもしかして私、真理ちゃんにハメられた?


「で、でも真理ちゃん。私、そんなふうに答えちゃったけど……まだそんな気になれないっていうか、覚悟ができていないっていうか……」


「あーっ、大丈夫、大丈夫。そんなに真剣に身構える必要なんてないから。ほら、もーっと気楽にね」


「で、でも……」


「それに紹介したい人って、さっきみたいなあんな下衆い奴じゃないから」


「うん。それは分かってる。だって真理ちゃんが私に紹介したいって言ってくれるくらいだから、いい人なんだって事は……でも」


「──って。だっーーーっ!! ええい、もう煩わしい! あんたは正直に言ってくれたから、あたしももう素直に言っちゃうわっ!」


「ほへ?」


「えーっと。今日あんたに紹介したいって奴はね。そ、その……あたしの元彼氏なんだ……ちょっと訳ありで別れちゃったけど……でもそいつとは今でも仲良くやってる。あたしの幼馴染みで“親友”、すっごくいい奴……あたし。そいつの事、まだ好きなんだ。うん。別れる事になっちゃったけど、今でもずっと大好き──」


「えぇ! でもそれじゃ、真理ちゃんの今の彼氏さんが可哀想なんじゃ……」


「それは大丈夫。今の彼氏は、ソコんとこも含めてあたしの事、好きでいてくれてるから。ホントあたしなんかには勿体ないくらいの彼氏。そんな彼の事、あたしも大好きだから……だから、大丈夫」


「真理ちゃん……真理ちゃんもありがとう。私に素直な気持ちを話してくれて。くすっ、これで私達は正真正銘の“親友”だね?」


「うん。そうだね。だから、そんなあたしの大好きな“親友”、ふたりにはぜひとも幸せになって貰いたいんだよ。だから今夜きて会ってくれるよね?」


「……うん。分かった。私、その人と会ってみる」


「ふふっ、そうこなくっちゃね……若。今夜あんたの事をあたしの幼馴染みに紹介する。それによってあんたは彼にとって“紹介された女の子”っていう存在になる。でも互いの関係が、今夜一度だけ会うだけの関係で終わるのか、それとも会う事を重ねていずれ恋人同士になるのか、それはあたしには勿論、あんた達にだって分からない。でもがんばってね!?」


「うんっ!」


「その事をがんばる。きっと、その“がんばる”っていう過程こそが、恋愛しているっていう実感を一番強く感じられる瞬間だと、あたしは思うから!」


「うんっ!!」


 真理ちゃん。ありがとう。こんなにも私の事に親身になってくれるなんて。こんな親友を持てて私は幸せ者です。


 それからお父さん。お母さん。心配かけてごめんなさい。私、もう一度がんばってみます。後、萠黄もごめんね。お姉ちゃんがんばってみせるから!


 と、意気込んではみたものの、ここはやっぱり私も恋愛に興味がある普通の女の子な訳で……。


「あの~、真理ちゃん。え~っと具体的にはその男の人はどんな感じの人?」


「え?……そうだな。とにかくやさしくて、真っ直ぐで、何事にも一生懸命で、後は……凄く鈍感で、お節介で、自分に対して自信なくて、そのくせやたらクソ生意気で……極めつけはなんと言ってもあの無自覚さっ!! な、なんか思い出したら腹立ってきた。や、奴め……ぐ、ぐぬぬ……!!」


「えーっと、真理ちゃん。その人の事、誉めてんだよね? それって貶してるんじゃ……」


「う~ん。どうだろ。もう分かんないや。でもそうだね、あんたとよく似てるかな? 恋愛の価値観が他の人とちょっと違う所とかね?」


「ま、真理ちゃん?」


「でも、そっか。無自覚に天然か……もしかしたら、案外あんた達お似合いなのかもね。あはははっ!!」


「あ~! また私の事、天然って言ったー! 後、なんで笑っているのかその意味も分かんないー!!」


「あはは。ごめん、ごめん。でも少なくとも見た目は、男が苦手なあんたとしてはOKだよ」


「??」


「とてもじゃないけどあいつの外見は、男らしいってのとは程遠いから。まあ、その事を言ったら奴はまた怒るんだけど……あははっ、それがまた楽しくってさ……って、そうじゃなくて──」


「真理ちゃんってその人の事よっぽど好きなんだね? 真理ちゃんにそんなに想われているなんて、きっとその人はとてもいい人なんだ」


「うん。そうだよ。だから幸せになる事に、あんたはがんばんなさい」


「うん。“幸せになる事”に私、がんばってみる!」


 ───


 ふと私の頭の中で、夢に出てくるアッシュブロンドのあの人の姿が思い浮かんできた。


 夢の中で私が恋している人。今日出会う人がそんな夢の中の人と同じような人だったらいいな。


 ───


 でもこの時の私は知らない。


 後日。彼の“紹介された女の子”とされた存在からその関係を、恋人という存在に昇華させるために。


 恋愛という強大な“unknown”と対峙する事になる私の姿を──


 だけど、私は負けない! 勝つ! そしていつか……告白しちゃいます!!



 ───



 ──後編に続く。


 

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