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いつか醒める久遠  作者: Ayuwan
番外編 象のない『心』達
34/36

真理(マリ)

番外編となります。


よろしくお願い致します。


 ───


「ずっと、あなたの事が好きでした。だから、付き合って下さい」


 ──!?


 夕暮れ時。赤い夕日の光が差し込む教室前の廊下で、その声を耳にしたあたしは、咄嗟に身を屈めた。そして、屈み込みながらそっと教室の中を伺う。


 あたしの目に飛び込んできたのは、ひとりのクラスメイトの女子。その彼女が真剣な面持ちで、椅子に片膝を上げながら腰掛けて、机の上に参考書を広げているひとりの男子に向かい、そう声を上げていた。


 その告白の言葉を受け、固まっている男子。少しあどけない子供っぽい顔が真っ赤に染まっている。男のくせに可愛いと思えるその顔が、恥ずかしそうに、そして困った様に表情を変えている。


 それがまた、あたしにとっては凄く愛しく感じてしまう訳で──


 ───


 ──あたしのずっと近くにいる小学校以来の幼馴染みの男の子。それと同時にずっと想い続けているあたしの片思いの相手。


 …………。




                   ◇◇◇


          



(こう)。あんた今夜、家族の方いないんでしょ?」


「え? なんでお前がその事知ってんだよ?」


「いや、おばさんに頼まれてたんだ。今夜誰もいないから洸の事、お願いってね」


「あー、そう。取りあえずはそういう事。ちょっと野暮用があって皆で義父(とう)さんの実家の方に帰ってるんだ」


「そう、なんだ。じゃあさ、今夜うちにきなよ。あたしが洸の食べたいものご馳走してあげる」


「え、マジでっ! じゃあ、久しぶりに真理(まり)のアレが食いたいっ!! あのアレ! えーっと。ほらっ、アレだよ!!」


「いや、どれだよっ!?」


「だからアレだってば、真理の特製親子丼!! あのチキンカツ乗っかってるやつ!」


「とりあえず落ち着きなさい! 後、相変わらず主語が足りてない時がある。それとそんな事で興奮するな! くすっ、あんたは子供か。でもいいよ。この真理さんが腕によりをかけて作ってあげる」


「やった! ラッキー!!」


「その代わり今日の帰りに材料の買い出しに行くから、放課後付き合ってよ。あたし、生徒会の引き継ぎ会議があるから。帰らないで待ってて」


「ああ、そんなのお安いご用。お前の用事が済むまで俺は教室で調べ事しとくから。こう見えて俺も中々に忙しいんだぜ。だから気にせずに行ってこいよ。お前が帰ってくるまでずっと待っててやるからさ」


「……うん。分かった。パッと済ませて、ビュンって帰ってくるから、いなくならないでね? あたしの事、きっと待っててよ?」


「うん。心配すんな。ずっと待っててやるよ」


 え? もしかしてこれっていい感じ? もう今言っちゃう?


「じゃないと俺メシ食えねーじゃん」


 ぐぅ……こ、この鈍感っ! ポンコツ野郎め!!


「ど~ん、ど~ん、親子どーん。ふん、ふふー、ふーっ♪」


 即席のヘンテコな歌を能天気に口ずさむ彼。


 ……はあ~~。


「このバカ。ニブチン……」





                   ◇◇◇




 …………。



 あたしはそんないつもの無自覚な彼を尻目に、生徒会会長としての最後の責務を果たすために向かった。


 自分ができる全てを駆使し、最速でその業務を終了させる。そしてあたしは彼の待つ教室へと向かって行った。


 ……それでまさか、こんな場面に遭遇するなんて……。


 ─って言うか、告白してる子ってちひろじゃん! なんで? あの子も洸の事が好きだったの? あたしの一番仲の良い友達だって思ってたのに、そんな、あたし何にも聞いてないじゃないっ!!


 ……って──


 ううん、もういい。ホントはもう何となくお互い知ってた。彼女が洸の事、好きなんだって事が。そして、あたしが洸の事、好きなんだって事にも──


 そして、しばらくの沈黙の後、彼の口が開く。


 ……出てきた言葉は。


「……ごめんなさい。俺みたいな奴にそう言って貰えるのは嬉しいけど、それには応えられない。だからごめん」


 彼の口から出たその言葉に、あたしはちひろの気持ちも考えず、ただ安堵した。


「そう、なんだ……でも、なんでかその理由を聞かせて欲しい……じゃないとこのままじゃ、私は……」


 この時に初めて気付く。ちひろ。今の彼女の気持ちに。


 ごめんね、ちひろ……でも彼がそれに応えなくて“良かった”。そう思うこの気持ちも正直なあたしの気持ち。この事も重ねてごめんね。


 だけど、それでも、次の彼の口から発せられるその“理由”にあたしの心も少なからず打ち砕かれる事となってしまう。


「うん。それじゃ言うよ。気を悪くしないでくれ……まず第一にクラスメイトっていうだけで、俺は君の事を余り良く知らない」


「え? でもその事は付き合ってからでも、お互い知り合っていけば……」


「でもここで俺が承諾したら、それ以降、俺は君の彼氏で君は俺の彼女だ。そういう認識が少なからず世間一般に広がる。俺は君の事ほとんど知らないのに……それにそんな状態で付き合い始めても上手くいく保証はない。そうは思わない?」


「確かにそうなんだけど……」


「それと一番肝心なのは、今俺は、自分“自身”の事だけで精一杯なんだ。これからどうやって生きて行こうとか。どうやって充実させて行こうかとか。とにかく今は自分の事だけで手一杯なんだ。とてもじゃないけどそれ以外の事に気を使う余裕がない。それでこの状態がここしばらくは続くと思う。そんないい加減な状態で仮に付き合ったとしても、多分上手くいく筈がない。いや、上手くやっていく自信が俺にはない……だから──」


 ──!!


 洸。彼の口から出たその言葉にあたしは思わず絶句する。


 そ、そんな……じゃあ、ちひろじゃなくてあたしでも? ずっとあなたの近くにいる“幼馴染み”のあたしでも?

 

 何かが胸に込み上げてきて、急に目頭が熱くなる。


 ヤバい。このままじゃあたし、多分泣いてしまう。


「……分かった。うん。ありがとう。ちゃんと理由を言ってくれて。卒業して会えなくなるまでに告白しなきゃって、今日はがんばったんだけど。ぐすっ、ちゃんと言えて良かったよ……ごめんね」


「いや、俺の方こそごめん」


「ホントもう気にしないで……じゃあ、また明日ね。バイバイ」


「ああ、また明日……」


 そして、ちひろ。彼女は小走りに教室から飛び出し廊下にその姿を現せる。


 ……って。やばっ! このままじゃあたし見つかっちゃうじゃん!!


 あたしは彼女が廊下に飛び出すのと同時に、身を屈めながら教室の中へと逃げ込んだ。そしてそのまま彼の目から逃れるように静かに机の下に隠れる。


 しばらくこのままで待つ事、およそ1、2分くらい。やがてちひろは廊下を駆け去り、その気配はなくなった。


 そして今、この教室にいるのは、彼と隠れてるあたし。ふたりっきり。


 ど、どどどどうしよう? この状況で紡ぎ出される次の展開が全く予想できないっ! せめて隠れてるって事になってなきゃ……ぐすん、さすがあたし。肝心な時に残念過ぎる!!


「……っていうかさぁ、真理。お前そんな所で一体何してんの?」


「え? なんであたし見つかっちゃってんの! か、隠れてるのにっ!」


「……お前、それで隠れてるつもりなのか? 例えそうだとしてもさ、お前の無駄に大きいポニーテールが、さっきからずっとはみ出てピョコピョコ揺れてんだけど……」


 な、成る程。そ、そういう事ね……。


「さすがは洸、我が観音隠れを看破するとは、お見事。やはりお主はただ者ではないな!!」


「バカ言ってないで、さっさと起き上がれよ」


 う、うぅ……確かにちょっと恥ずかしい……。


 あたしは立ち上がり、彼に向かいバツが悪そうな表情を作って見せた。


 ええいっ、ついでに悪戯っぽく舌も出してやろうか?

 

「ご、ごめん。えーっと、そ、その……待った?」


「待ったかじゃねーよ。っていうか、いつからそこにいたんだよ……もしかしてさっきのあれ、聞いていたのか?」


「……うん。聞こえてた」


 勿論、その事に関しては正直に応える。


 だって、あたしにも大いに関わってくる大事な事だから──


「まあ、とりあえずもう帰ろうぜ。今から買い物するんだろ? 俺もちゃっちゃっと片付けちゃうからさ」


「……うん」


 そして彼は立ち上がり、机の上に広げていた難しそうな専門書を鞄の中にしまい込む。


 あ、そういえば何日か後になんかの国家試験があるって言ってたっけ。確か、洸が次に行く事になる職場にあれば、有効な機械作業の資格って言ってたよね。


 みんな進路が決まって、のほほんってしてるこの時期に……。


 あんたは……そっか、またがんばってんだね。


 そう。この4月から彼は大学には行かず、サラリーマンになる事が既に決定している。そして実家を出て、ひとり暮らしを始めるその事も。ちなみにあたしは地元の大学生。


 ……そうなんだ。4月がくれば彼の一番近くにいれたあたしが、近くにいれなくなってしまうんだ──


「何やってんだよ。帰るぞ」


「あっ、待ってよ」


 ──待って、待ってよ。あたしを放って置かないで!──





                   ◇◇◇





 今、学校からの帰り道。あたし達は自宅の最寄りのスーパーに向かい歩いている。彼が少し前に、あたしはその後に続く。


 いつもだったら、他愛のない冗談で笑い合いながら歩く普段の帰り道。だけど、おそらく先程の告白の出来事をあたしが目撃してしまっているからなのだろう。


 今は互いに言葉なく、学校を出てからずっと無言のままだった。


 ──あたしの少し前を歩く男の子。


 その彼の事をあたしはいつから好きになってしまってたんだろう?


 小学低学年の時に彼は突然やってきた。あたしの実家。そのすぐ隣の家庭の養子として。


 それで人見知りのしない好奇心旺盛なあたしは、もちろん必然として彼の所に近付いて行ってしまう事になった訳で。


 小学高学年、そして中学、高校と。ずっと彼の近くに付きまとっているうちに、あたしは次第に彼に惹かれていった。 


 多分、彼の決して順調とは言えない複雑な境遇。それに立ち向かうように、ただひたすら一生懸命にがんばっているその姿。


 自分以外何者も寄せ付けない雰囲気を醸し出しながら、実は自分以外のものに対して、めちゃくちゃにやさしいっていう本人でさえ自覚できていないその本性に。


 おそらくは自分の傷みを知るからこそ出せる他の人にはないその気遣いに。


 あたしはどんどん彼の事を好きになっていたんだ──


 ──告白? 


 うん。その事は今までに何回もしようと決心した時があった……だけど、彼のその、がむしゃらにがんばっているさまから、女子と付き合うっていうのが何となく想像できなかったし、実はあたしは気が強そうに見えてそんなに思ってるほど強くないんだ。だから、何より彼にその事を拒否されたら?……それが怖くてとてもじゃないけど無理だった。


 うん、そうだよ。どうせあたしは意気地無しですよっ!……ぐすん。


 でも、それでも時々思う。あたしは告白して彼と恋人同士の関係になりたいのだろうか?


 ……ううん。あたしは彼の近くにいたいだけ。ずっとその傍に居続けたいだけ。それ以上の事は彼が望まない限りあたしからは別に強く望まない。


 ただ傍にいさせて欲しいんだ。だったら、今のあたしには他の誰にもない彼の“幼馴染み”っていう定義が存在している。だから、今のあたしは他の誰より最も彼の傍にいられる……そしてその定義をあたしにくれた“神様”。もしもそんな者が本当にいるのなら、きっとあたしは全力で感謝するのだろう。


 ──ああ、本当にありがとうございます。神様!!


 だけど今、ここ最近になってその事が大きな間違いだった事に気付く。


 うん。そうだよ。言わなくても、もう分かるよね?


 ……そう、二度目になるけど、この4月にあたしは、大学に。そして彼は自宅を離れ社会人に──


 そうなんだ。住む環境が……いや、世界が今までのあたし達とは変わってくるんだ。根本的に今までのあたし達じゃいられなくなるんだ。


 もうこうなったらとてもじゃないけど“幼馴染み”の関係だけじゃ彼との関係を繋ぎ止められない! 


 あたしは彼の一番近くにいたいんだ!!


 その為にはまず、“幼馴染み”の定義を打ち破る必用がある。


 だから今、これからあたしは告白を敢行する事にする。


 洸。彼の傍にずっといるために──


 ──真理。ただ今より突貫します!!


「……ねぇ」


「あん?」


「あたし、洸。あんたにすっごく大事な話をしたいと思ってる。だから、ちょっとだけでいいから公園に寄っていいかな?」


「そりゃあ、別に構わなねぇけど。珍しいな、真理がそんな改まって話なんて。どうしたんだ?」


「……ちょっとね」


「……お前、まさか、ずっと前から気になってたんだけど、お前ってさあ、すっごくがさつで性格がメッチャ男前だろ? もしかして女である事をやめて男になりたいって相談なら俺は反対だぞ! お前は女としてのスペックは基本、高いんだからさ。第一勿体ないとは思わないのか?」


「……っていうか、あたしがそういう相談する事は決定なんだ?」


「……違うのか?」


「……いいから黙って追いてこいっ! その減らず口をたたく口に、あたしの拳をぶっ込んでやろうかっ!!」


「うぐっ!……了解した」


 この、無自覚ポンコツ野郎め! ああ、神様。あたしはもう心が折れそうです!


 ……って、いやいやいや、そうじゃない! がんばるんだ。あたしっ!!


 そして目的の公園にたどり着き、ちょっとお決まりかなって思ったけどブランコの上に腰かけた。


 それはやっぱりこれから話をする時にじっとしてるのは辛いかなって思ったから。こうやってブランコの上にいたら、自然に身体を動かせる事ができるもんね。


 それに合わせるように隣のブランコに座る彼。


 あたしはとりあえず、切り出すきっかけを見出だすために彼に話し掛ける事にした。


 ──ああ、やっぱじっとしてられない。良かった、ブランコ選んでて。

 

 あたしは静かにブランコを揺らし始めた。そしてポツリと話し出す。


「……さっきのあんたに告白してた女の子ね、あたしの友達なんだ」


「──え、そうなのか?」


「うん。それでさ、洸。あんたってさっきみたいに告白された事って今まであるの?」


「いや、ねぇよ……でも、そうだな。最近ちょこちょこっとあるかな?─って別に隠してた訳じゃねーぞ!」


 えーと、これってもしかしてちょっとムキになってる?─って事は少しは脈有りって考えていいのかな?


「そんな事くらいであたしは怒んないよ。でも多分それは卒業が近いからじゃない? みんなもうバラバラに別れちゃうからさ」


「ふ~ん。そういうもんなのかね」


「うん。そういうもんだよ。あんたは自覚がないからそんな感じだけどね……洸はわざと他人を遠ざけるようなところがあるけど、見た目はいい感じなんだから。え~とそうだな、カワイイ系イケメン?」


「いや、だから“かわいい”って言うな! 俺、そう言われるの嫌いだって知ってるだろーが? それにそういうお前はどうなんだよ。なんかこの前やってた学年三大美女のひとりに選ばれてたじゃねーか。さぞかしおモテになるんだろーよ?」


「そんなの全部断ったよ。それに今はあたしの事なんてどうでもいいの。今はあたしがあんたの事を聞きたいんだから……で、その告白の返事は今までどうしてたの?」


「それは……今日のさっきみたいな感じで断ってた」


「理由も?」


「ああ、さっきと同じ理由だよ」


 よしっ! 切り口は見出だした……後はあたしの想いの丈を、彼に全力でぶつけるだけ!!


 あたしはゆっくりと動くブランコの動きを止めた。


「洸。あんた、相手の事を良く知らないからダメだって言ってたよね?……だったら、あたしじゃダメ?」


「──え?」


「あたしなら、ずっとあんたの近くにいた“幼馴染み”のあたしになら、あんたの事なんでも理解してるつもりだよ。あんたの太ももの付け根にある大きなほくろの事だって。あんたが人知れず、ずっとがんばってる事だって……それにあんただってあたしの事、良く知ってくれてるよね?」


「お前……」


「あんたは自分“自身”の事で精一杯と言ってた。その事は良く分かるよ。だってあんたいつもがむしゃらにがんばってるもん。まるでそうしないといけないみたいに……だから……」


「…………」


「そのあんたの“自分自身の事”の中に、あたしの事も含めてくれないかな?」


「……お前、一体急にどうしたんだよ?」


「急じゃない! 急じゃないよ!!……ずっと前から、ううん。多分、出会って間もない頃から、洸の事が好きだったんだ……ずっと、ずっと大好きだったんだ──」


「……真理」


「今までずっとあんたの傍にいられるようにやってきたけど、今回はさすがにもう無理……“幼馴染み”っていう存在じゃ、絶対にあんたとの関係を繋ぎ止められない……もうこの4月から物理的に離ればなれになっちゃうんだから……だからお願い!」


「…………」


「あたしはずっと洸の近くにいたい……だから、あたしの彼氏になって!……あたしを、洸の“幼馴染み”から“恋人”の関係でいさせて……!!」


 ああ、神様。どうかお願い。あたしの願いを聞き届けて! どうかあたしに“幼馴染み”の定義を打ち破らさせて!……どうか、どうか──


「……分かったよ。俺のどこがそんなにいいのか分かんねーけど、それでお前が満足なら。泣かないで笑ってくれるんだったら……」


「……ホントに?」


「ああ、お前は俺にとって知らない奴じゃない。ずっと近くにいる大切な“幼馴染み”だからな。だから、そんなお前の事を悲しませたくはない」


「……うん。ぐすっ、ありがとう……」


「でも聞いてくれ。俺は真理。お前の事を大切な存在だと思うけど、それでもこの感情が、“誰かの事を好きになる”……そういうものなのか、今の俺には良く分からないんだ……だから、それでもいいんだったらだけど……」


「うん! それでもいい。近くにいさせてくれるんだったら……だから、これからよろしくね。あたしの彼氏さん!」


「うん。分かった。よろしくな!」


 あたしはブランコから勢いよく立ち上がった。


 そして心の中で大きく宣言する!


 神様。どうもありがとうございます!……それと少しの間だけど貴女の大切な人をお借りしますね?


 あら、そんな怖い顔して心配なさらなくても大丈夫ですよ。あたしと彼がどんなに仲良くなろうと、どうせ貴女にとって、これは夢の中の出来事でしかないんですから。だから──


 へへん! どうだ! 神様、ざまぁ見ろ! これでしばらく洸はあたしのもの。誰にも邪魔はさせないんだからっ!!


 あたしはそう、神様。おそらくは“彼女”に向かって宣言してみせた。


 そして彼に向かい手を差し伸べる。


「それじゃ、行こうよ。もうお腹ペコペコなんでしょ?」


 彼はニカッと笑いながらあたしの手を掴んだ。


「もちろん。完全に待ってました状態だっつーのっ! さあ、早く行こうぜ」


 そして彼は立ち上がる。その彼の腕を、あたしは飛び付くように自分の胸の中へと抱き込んだ。


「えい、とりゃ!~って。へへん!」


「……お、お前、それはちょっと積極的過ぎるんじゃないのか? 色々と当たっちゃって、感じちゃいけない感触を今、俺は感じてるんですけどっ!!」


「えーーっ! 今さら何恥ずかしがってんの? こんなの今まで何回もやってたじゃない? それにあたし達はもう付き合ってんだよ?」


「……いや、さすがにこんなに過度のスキンシップは俺の記憶にはない。それに付き合ってるって事が自分の中で認識してるんだかどうだか分かんねーけど、とにかく今、俺はメチャクチャに恥ずかしい。だから早急に俺から離れる事をお前に提案する!─っていうか離れろっ!!」


「くすっ、ええのう、ええのう、かわいいのう。ほら、構わぬからもっとあたしの近こう寄れ。たっぷりと可愛がって上げるでのう……ぐふふふ」


「うわぁ~~。本気で引くわ……ってか、メッチャ怖いんですけどっ! やっぱ真理、お前は肉食系だったのかよっ! たまには野菜を食え。偏食は良くないぞ!っていうか、とりあえず一端離せ!!」


「あたしの事をビッチみたいにゆーな!! それにあたし達は“恋人同士”。こんな触れ合いなんてもう日常茶飯事の事となっていくのよ! そしていずれ、洸。あんたにはあたしの初めてを貰ってもらうつもりだから。覚悟しておいてよね?─って……あうう。ちょ、ちょっと恥ずかしい……だ、だからこんな事ぐらいで恥ずかしがってる訳にはいかないのよ! そう、こうやって世の恋人達は大人になっていくんだ!!」


「おい。ひとりで自分の世界に入って暴走してんじゃねーよ! いいから離れてくれよ。もう俺は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなんだからさ……っていうか、お願いします。勘弁してっ!!……げふっ」


「ったく。もう、しょうがないな~。あんたこそ野菜ばっか食べてないで、たまには肉を食べなさいよっ! えーっと、好き嫌いは良くないぞ!!」


 そしてあたしは腕を抱えたまま、彼の唇に自分の唇を無理矢理押し付けた。


 そう、洸。彼の記憶の中に、たとえほんの少しでも、あたし。真理の存在を刻み込む。


 その為に──


 ───


 しばらくその唇を重ねた静寂の時は続き。


 そして──


「……真理。お前、急にびっくりするだろーが!」


「ふふっ、洸。ちゃんと覚えててね?」


「……あん?」


 あたしはもう一度、彼に手を差し出す。


「じゃ、今度はホントに行こうよ。あたしもお腹すいちゃった」


 再度繋ぎ合わせられるあたし達の手。


 今はこの温もりを大切に感じていたい。


「……心配すんな。俺、真理の事。絶対に忘れないから──」


「うん。ありがとう。洸……」


 そしてあたし達は、夕日に赤く染まる道を歩き出す。


 ───


 今のあたし達、ふたりはこの道をこれから先、どれだけ進めれるのか、それはあたしには分からない。だけど──


 神様。さっきはごめんね。だから、もうちょっとの間だけ。洸とあたしのこの幸せな時間をどうか、提供して下さい。


 だって、貴女には、後に彼と久遠とも思える時間を共有できるのだから──


 その時。あたしの頭の中で、長い黒髪の美しい女神様が、ふてくされたようにそっぽ向いた。


 そして呟く。


『……しょうがないな。ちょっとの間だけだからね。ちゃんと後で私に返してよ? わ、私は大人だから、こんな事ぐらいでは動揺しないのだ。だから、あなたもその間、幸せになれるといいね……い、いやホントにそう思ってるよ! うん……た、多分……』


 その声に、あたしは思わず吹き出してしまいそうになる。


 ……全く、神様。あんたも大概、素直じゃないんだね……くすっ。


 まあ、そのお言葉をありがたく頂いて、あたしは今の幸せと思える時間を、思いっきり堪能させて貰うから!


「──洸」


「うん? なんだ」


「あたし、真理はあんたの事。すっごく大好きだから!!」


「……う、あうう……」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつ向く彼。


 ふふっ……ああ、あたしは今、最高に幸せだ─



 ─────



 ──“心”


 それは象のないものだけれど──今、こうやって感じているあたしの気持ち。それだけは創られた偽物なんかじゃない。


 うん。そうだよ。きっとそれだけは“実在する”ものなんだ。だから──


 そう思える心を創ってくれて。


 ──“ありがとう”──




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