29話 再会
よろしくお願い致します。
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………。
『──洸──』
俺を呼ぶ声がする──
『──洸──コウ──』
誰かが、俺の事を呼んでいる──
「──コウ……」
アッシュと言う偽名ではなく、俺の実の名前を呼んでいる。聞き慣れた声だ──そしてとても大切な人の声──
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「──コウ、起きて! いつまで寝てるつもりなのっ、ねぇ、返事をしろっ!──コウっ、コウってば!」
狂おしく愛しいとも思える声。でも愛らしくもそのけたたましさに、俺の頭の中の意識は徐々に覚醒し始める。
覚醒していく中。現実と夢とでの記憶が混濁して、自分が今どちら側にいるのか──いや、どっちの自分が本当の俺と言う存在なのか、最早分からなくなり、少し混乱する……だけど、それはほんの僅かの間で、直ぐに俺と言う意識は明確に感じ取れるようになった。
───
「聞こえてるんでしょっ! 起きなさいってばっ!」
……うぅ、まだ眠いな……でもなんだろう? 何か凄く酷い夢を見ていた気がする。長くてひたすらに悲しい夢を……でも、どうしてなんだ。
「─って、いい加減無視するなーーっ!! 起きろっ! コウ──!」
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そういえば、あいつ今日帰ってくるって言ってたっけ。それにしても朝早ぇ~な、俺はまだ眠てぇんだよ……。
……ん?──待てよ。確かこいつに何か怪しげな薬を、睡眠薬だと言って貰ってたな……もしかすると、それを飲んでから……?
──!?
はっ、思い出したぞ! 確かこいつは俺に『仕返ししてやる』──そう言ってた!! あれが、あの夢がその──“仕返し”──なのか?
───
全てのピースがはまり、完全に覚醒しきった俺は、ガバッと勢い良く上半身を起こした。その俺の目に飛び込んできたのは──
ベッドの横で両腕を組んで立ち、ふてくされた様な憮然とした表情で、ジットリとした目を俺の方へと向けている──黒髪の美しい女性。その長い艶やかな髪をピンクの花飾りの付いたヘアピンで止めていた。
──『永久不変』スターチスの花。彼女のトレードマークだ。
普段、こいつは能力者である事を隠す為。必要以上に顔が晒されるのを嫌がり隠している。フード付きの服であったり、少し濃いめのサングラスだったり。でも今は俺達ふたりだけなので、半袖のパーカーと半ズボンといったラフな部屋着となっていた。
そしてこの女性はこの集落では──“エテルナ”と言う偽名を名乗っている。
俺の相棒であり、同居人であり……そっ、その……恋人だ──コホン。
俺はそんな彼女に向けて、指を差して大声を上げた。
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「てめぇ~、あの睡眠薬! あれに何か盛りやがったな! そうだろっ─“クオン”!!」
その俺の言葉に、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「別にぃ~。身体に害がある物は何も入れてないよ。ただちょっとだけ、能力の精神感応と遠隔感応をより良く鮮明に、君の夢の中で再現させる為に必要な成分を付け足しただけ。私が考えた君に与える為の罰ゲーム。そのシナリオを忠実に再現させる為のね──」
そう説明しながら、クオンは自分の口元に人差し指を立てて見せた。
「私、言ったよね? 君に『仕返ししてやる』─って──」
彼女は屈みながら、ベッドに乗り出す様にして俺に顔を近付けてくる。
──ぐふっ!
……あの~凄く近いんですけど……うん。今、俺は確実にドギマギしちゃってます……。
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「大体、あんなケンカになったのは、元はいえばコウ、君が悪いんだからっ!……で、どうだった? 私の『仕返し』は? このクオンさんが君にとって、どれだけ大切な存在かっていうのが良く理解できたでしょ?」
ドヤ顔でそう言い放つクオン──腹立たしいが事実そうだった。俺は見た夢の内容を思い出し……そしてその悲しい結末に、思わず肩を落としうなだれてしまう。
「……ちょ、ちょっと、泣いてるの、コウ? 涙が……」
「──ばっ、ばか。そんな訳あるかっ……って、俺、涙出てんじゃねーか。何なんだよ、これは……」
確かに俺は今、自身の両目から涙を流していた……それはあの夢の内容が、俺にとってあまりにも惨く悲しいものだったから──
俺とクオンが決別して未来永劫。決して交わる事がない世界の夢……あんな思いはもうたくさんだっ! 思い出したくもないっ!!
だけど、“現実”のこの世界では、クオンは俺の傍にいてくれている。俺達は”ふたりで一緒にいられてる”……その事実がひたすら嬉しくて、感極まって……もう色んな感情が一気に押し寄せてきて……。
だから、泣いてしまっていたのかも知れない。
そして俺のそんな姿を見て、クオンはやさしくその胸の中へと、俺の事を抱き締めてくれた。
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「……こめんね。コウ、私、ちょっとやり過ぎちゃったみたい……君に私達ふたりが結ばれない結末の世界を少しだけ見せたかっただけで……ただ単純にそう捻じただけなんだ。まさか君が泣き出しちゃうような、そんな酷い内容になるなんて思ってもみなかったから……でも大丈夫、安心して。私とコウはいつも。ううん、いつまでも一緒だよ……だって、ほら──」
クオンは抱き締めていた俺の頭を少し離し、俺に自分の左手を見せてくる。その薬指には何か金属製の指輪が嵌められていた。
「私とコウは先週に結婚の誓いを立てたばかりでしょ? この指輪はその時にお互いの薬指に嵌め合った物──まあ、いつかの廃墟で偶然見付けただけの安物のペアリングなんだけどね……」
クオンは自分の薬指に嵌められている指輪を、見入るように視線を送っている。
───
──ぐはっ!……そういえばそうだった。こんな大事な事を忘れていたなんて!!─って……。
いや、忘れてた訳じゃない! 今まであまりに近くに居過ぎて、その何ていうか、そういう結婚したって実感があまりなかっただけなんだよ。察してくれ! 男ってそんなもんだろう?─って……この期に及んで何言い訳してんだよ! 俺は、なんてどアホなんだ!
そして交換所のおっさん。いつぞやは頭爆発させちゃってゴメンなさい──俺もリアルに充実してました……ぐふっ、その何ていうか……。
……無自覚って怖いよね?
───
「いつか使える時がくればいいな──そう思って拾って大事に持ってたんだ。そして実際に使える時が訪れて……私、とっても嬉しかったのに。ホント君って奴は、あんな事をするなんて信じらんないっ! 大体、自分勝手過ぎるんだよっ!──ホント、最低っ!!」
……確かに今考えてみれば、それはもっともな事なんだと思う。いや、全くその通りなんだけどもさ……でも、やっぱりそこは男と女の感性の相違ってのがある訳で……とにかく、いくらポンコツな俺でもそこだけは譲れない!
それにあれだけの仕打ちを受けておきながら、言われっぱなしってのが少し癪になり、俺は僅かな反撃を試みた。
「おい、クオン。だってさ、俺だって男なんだぜ? 男ってもんはさ、それこそ女にはない自分だけの浪漫ってもんがあるのさっ! 何ていうか、死と常に隣り合わせっつーみたいなそんな感じの、少し影のある大人の渋い魅力溢れるみたいな──!?……ぐふっ、舌噛んじゃった……と、とにかく、その男の俺がさ、いつまでも薬指に指輪なんて恥ずかしくて嵌めてられるかっつーーのっ!」
どうだ! ビシッと決めてやったぜ。参ったか、クオン!──ドヤあああぁぁーーっ!!
だが、しかしその俺の言葉に、クオンはより一層強めた軽蔑の視線を向けてくる。
「……何それ。君のくだらない男の定義なんてどうでもいいよ。それに例えそうだとしてもさ。新婚なんだよ? そんな事ぐらいちょっと我慢して付けてくれててもいいじゃない!……それにあろう事か君、それをなくしちゃったよね?」
──むぐっ!……そ、そうだった。
そもそも俺とクオンが大喧嘩をした最大の原因はそれだった……。
繰り返すけどホント、無自覚って怖いよね?
おそるおそる彼女の方へと目を向けてみる……そこにはてっきり怒ってむくれていると思っていたクオンが、涙で少し瞳を滲ませながら、フルフルと身体を震わせていた──
…………。
「……ごめん、クオン。全部俺が悪かった。お前に見せられた仕返しのあの夢。あれでお前が俺にとって、どれだけ大切な存在かって思い知らされたよ。本当にごめん。ケンカしちゃった時。俺、腹立ててそんな事くらいどうでもいいだなんて事、言ってしまってたけど……今の俺にはその事で、どんだけお前の事を傷付けたってのが良く分かるんだ──本当にすまなかった」
俺の、あの夢を体験したからこそ出てくる、率直な心からの謝罪の言葉だった──
真剣な面持ちで、黙って俺の言葉を聞いていたクオンが、クスリと笑った……そして俺の左手を手に取る。次にその薬指にあのなくした筈の指輪をそっと嵌めてきた。
「え、なんで? 見付けたのか……一体、何処にあったんだ?」
クオンがニヤリと怪しい笑みを、綺麗な顔に浮かべる。
「……君のエロいコレクションを隠していた二重式ロックの金庫の中……なんで私がいるのにあんな物が必要なの?──ったく……ちなみにロックなんて物は私の前では全くの無力。そして中にあった全ての内容物は、私の最も得意とする能力、発火能力によって、跡形もなく灰となっております──はい」
……そうか、そこに入れてたのか。すっかり忘れてた……トホホ、なんてこったい。このご時世、めちゃくちゃ苦労して集めた俺の秘蔵のマイトレジャーが──
「──そ、そんなトレジャアァァーーーっ!!」
「……いや、コウ。何が言いたいのか良く分かんないけど、多分、それ一言も合ってないから──」
……ぐすっ。いいんだよ。ちょっとノリで叫んだだけだよ。それよりも原因はお前にだってあるんだぞ! そ、それは……その……最近、そっちの方はご無沙汰じゃないかよ……。
「……コウ、君。何かさっき、やらしい事考えてたでしょ?」
「……へ?」
クオンがジットリとした目で俺を睨み付けている。
──お前は超能力者かっ!!……って、うん。確か、貴女もそうだったね!
「あ~。エロい、エロい……」
なおもジト目でそう呟く。
全部俺が悪いのだが……さすがにイラッとしてきた。
「大体お前、あの夢さ。なんで俺がネガティブな設定な訳? そのせいで俺にとっての精神的ダメージがハンパなかったんですけどっ!!」
「だって私と出会う前。君、実際ネクラだったじゃない」
「お前だってそうだっただろっ!」
「い~え、違いますっ! 私のあれはネクラではありません。クールビューティーというものです!!」
あ~っ! 止めた。こいつと口でやり合っても全く勝てる気がしない──俺は諦めた。
「あーっ、そうだね。確かにそうでしたよ。お前はクールショタコンだもんな!?」
「うん。分かればよろしい……って、誰が“冷静な少年愛好家”なのよっ!!」
「えーっ? 何だって? 俺はそんな表現してねぇよ。それに実際そうだろっ!」
「──違うわっ!!」
そうそうこの感じ。これが本来の俺とクオンの姿。すっげー楽しい──めちゃくちゃに満たされる!!
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「この際だから言わせて貰いますけどねぇ。君、集落のいかついおっちゃん達に色目使うの止めて頂けます? 特にケンジさんっ!」
「──ぶほっ! お前、一体何言ってんだ! 色目なんて使ってねぇよ。あれは憧れ! 羨望の眼差しって奴なんだよ! 変な勘違いすんなっ!!」
「……へぇ~、そうなんだ。そういう便利な言葉があるんだね。まあ、私としてはそれが聞けてすっごく安心したよ。あーっ、良かった。ダンナがホ○じゃなくってっ!!」
「……いや、お前……今時の若い娘が、ホ○なんて言うなよ。あーっ、ホント、色々と残念過ぎる……」
「……でも、好きなんでしょ?」
「──ん?」
「私の事──」
……そうだな。そんなのはもう、分かり切っている。
「勿論──すっごく愛しい!」
そしてしばらくの間、他愛もない冗談を楽しむ俺達がいた。
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……だが、その時はおそらく近付いている。その証拠に微かに感じるあの頭の痛みが──
………。
──世界が終わろうとしている──のか?




