23話 虚偽と名乗る男
よろしくお願い致します。
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テーブルの上にコーヒーが注がれたカップがふたつ、カチャリと音を立てて置かれる。
「まっ、こんなご時世だし、インスタントであまり美味しい物でもないけど、良かったらどうぞ」
そう話し掛けながら、男は俺の向かい側の椅子に腰掛けた。少し間が空いた後、再び男が口を開く。
「とんだ災難だったね。あの場所にいて生き残っていたのは君だけだったよ。まあ、そんなに酷い外傷はなかったようだし、僕が君をこの場所まで運んできたんだ。で、具合はどう? 何か凄くうなされていたみたいだったけど?」
その問いに対する答えを無視し、俺は逆に再び同じ質問を男に繰り返した。
「お前は誰だ? そして最初からお前もあの場所にいた……そうだな?」
男はコーヒーの入ったカップをその口元へと運ぶ。そして一口飲んだ。
「君の年齢は20 、そして『能力体』──そうなんだろう? 僕は見てたよ……ふふっ アレは凄まじい『能力』だね! 綺麗な青白い光の超高温エネルギー。──君は体内からアークプラズマを発生させる事ができるんだね! ホント、凄いよ。あんな特殊な『能力』、僕は今まで見た事も聞いた事もなかったよ!──完全に攻撃に特化した『能力』、あるいは『能力体』を容易に倒せる事の可能な唯一の“力”……いや、君はそれ以外にも別の特別な、“何か”なのかも知れない。僕にはそう感じるな──」
少し興奮しながら一気に言葉を捲し立てる男の姿に、俺は若干引いた……見れば頬も赤く紅潮させているようだ。
──あーーっ、取りあえずはひとまず落ち着け。どうどうどう──
それで……こいつは本当に、一体何なんだ?
俺は嬉々として話すその男の姿を、正面から睨み付けた。
「──おっと、ごめん。じゃ、まずは君の名前は何て言うのかな?」
「アッシュだ」
「アッシュ──か、成る程、ふふ、いい名前だね」
男は小さく笑う。
「僕の名前は……そうだな。君が今を“灰色”と形容するのなら、僕は“虚偽”、略して“フォルス”とでもしようか……年齢は20、そして君と同じ『能力体』でもある──」
“フォルス”──そう名乗った男はカップをテーブルの上に置く。
「俺は気を失う時、あの場所で近付く何者かの気配を感じた。そして実際にいた。あれはお前だったのか? あんな状況に陥れた原因を作ったのはお前なのかっ!?」
フォルスの整った口元が少し歪む。
「鉄塔に縛り付けられていた『変異体』の事? それなら確かに僕がやった事だよ。あれは……いや、彼女はあの巨大な彼の半身だったみたいだね。怒り狂ってたよ。ちょっと可哀想な事しちゃったかな……ふふ──」
楽し気な口調で話すフォルスに、俺は声を荒らげた。
「てめぇ、ふざけんなっ! あのでかい『変異体』はただ眠ってただけだったんだぞっ! それなのにあんな惨い……それにそのせいで何人の人が死んだと思ってんだっ! 一体何の目的であんな事をやったんだよ!!」
「まあ、そう熱くならないでよ。僕が知ってる全ての事。それを今から説明するからさ……そうだな。どこから話そうか──」
そう答えると、フォルスは笑っていた顔を急に引き締め、俺に冷淡とも思える視線を向けてきた。
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「僕の今の目的はね、この世界中に存在する多数の『能力体』──それらに会う事なんだ……いつかくる。その時の為に……」
「?……」
「君の集落をアレに襲わさせようとした今回の企みも、その目的の為だった──実際それは功を成し、今こうやって君と無事に対面できてるって訳だ……だけど、おかしいな。この前調べた時は、もうひとつ強力な『能力体』の存在を感じ取れた筈だったんだけど……あれ?……どういう事なの?」
……それは、あいつの事か。
「お前、さっきから何を訳の分からない事を言ってんだ!」
声を上げる俺をなだめるように、フォルスは人差し指を自分の口元に押し当てる仕草をする。そして──
「僕の『能力』のひとつにね。意識を遥か遠方に、しかも光速を超える速度で移動させる事ができるんだ──透視、精神感応や瞬間移動。そういった“力”の「複合能力」だと、僕は推測しているのだけど……って、まあ、こんな話は今はどうだっていいか……」
フォルスは続ける。
「要するに念じる事によって、僕は一瞬で遥か彼方の場所、その光景を視る事ができるのさ──アッシュ。君はその時、目の前にはどんな世界が広がっていると思う?」
「………」
その質問にひとつ、俺は思い当たる事がある──それを口に出して答えた。
「もしかして、それは……何もない。真っ白なだけの空間か……?」
フォルスはニヤリと笑みを浮かべる。
「へぇ~、やっぱり君は視た事があるんだ。まあ、“どうやって視た”──その事に関しては後で改めて聞く事にするよ。ちょっと話の腰を折ってしまったね。とにかくだ──」
どうやらその件 を最初から始めるらしい……。
ちょっとそれはどうなんだ……はあ~~、やれやれ。
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「──僕は瞬間的に、しかも光速で遥か遠方へと意識を飛ばす──その時。目に飛び込んでくるのは、僕という意識を象った光る思念体以外は、辺り一面ただ真っ白な、点や線さえも一切存在しない言うなれば零次元空間! そしてその後を追う様に瞬時に文字配列集合のうねりが迫ってき、数え切れないそれらは、多種多様。全ての物を瞬間的に象っていく──大空や大地、海や山、あらゆる自然物。そして建築物や舗装された道路などの人工物……生きている生物や人間などでさえも!……ここに在るべき世界の光景が、僕の目の前で一瞬にして構築されていく!……そして気付けば自分自身の身体さえも──ね……」
熱を帯びて興奮気味に声をあげるフォルス──少し息が上がってるぞ? それと何となくは分かるんだが、悪い……今一要領を得ない。
「──で、何が言いたいんだ?」
フォルスのジットリとした目が俺の視線に突き刺さる。
……いや、ホント悪い。
「あーーっ、つまりはこの世界が偽りの世界──すなわち創られた“仮想現実”の世界だって言いたいのさ」
──!?
整った小さな口から発せられるその突拍子もない内容に、俺は大声を上げていた。
「えっ、なんで!? 誰が? 何の為に?」
「そんな事、僕が知ってる訳ないじゃないか。だけど、そうだな……推測はできるよ。あくまで仮説だけどね?」
「……話してくれ」
俺のその催促にフォルスは一度、大きく伸びをする。そしてテーブルの上にある冷めてしまったコーヒーを、一口飲んだ。
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「僕のこの“視る”『能力』を使用した経験上。君の、あの集落を偵察する為に使った時もそうだったけど、真っ白な空間の中で『能力体』。そう呼ばれる者達だけは、光る思念体としてその形を象ったまま確認する事ができるんだ……という事は、すなわち僕達『能力体』と呼ばれる者達は、仮想で創られたものではなく、現実に存在しているものだという事になる──」
「………」
俺は無言でフォルスの話す内容に聞き入る。
「僕はこの仮想現実の世界が、選出された者、『能力体』の候補者。つまりはその『能力』の育成。もしくは覚醒させる為に創られた世界だと考えている──僕やアッシュ。君を含め、この世界に散らばっている全ての『能力体』のね……」
カチャリと音を立て、再びフォルスの持つカップがテーブルの上に置かれる。
「誰が?─って事に関しては、それこそ色んな考察ができるんじゃないのかな。君も分かるだろう? 自身が持つ『能力』の強大さを──ちょっと映画や漫画じみたありがちな設定になるけど、例えば軍事目的とした国家がらみのサイキック兵士の開発。そんな類いのものなんかじゃないかな──あははははっ!」
皮肉めいた笑い声を上げるフォルス。
「……じゃあ、俺達はそのサイキック兵士とやらの被験者と言う訳か?」
「まあ、そんな所だろうね。あくまで僕が立てた仮説だよ。だけど、それがほぼ現実に近い事だと僕は確信している。そしてできれば、君もその事を信じて欲しい……」
今までこいつの話を黙って聞いていたが、俺にはとても信じる事ができなかった。
──この世界が創られた偽りの世界だって?……そんなバカな事が……。
そんな俺の心を察したのか、フォルスは俺に言葉を投げ掛けてくる。
「そういえば君、さっき何もない真っ白な空間って言ってたよね? 僕がその事を口にしていないその前に──どういう経緯でそれを視たのか知らないけど、その経験こそが僕の言った事の証明だよ──」
……確かにこいつの言う通り、俺にはその経験がある。特にここ最近に至っては、その現象が起こる頻度が多くなってる気さえする。
頭に割れるような激痛が走り、目の前全ての光景が、生じるノイズと共に消え去る──残るのは白いだけの無の空間。そこに俺だけが、ただひとりいる──
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最初に体験したのは今の集落に住み着いたばかりの頃だった──俺と、俺の相棒であるあいつと、そしてワカハちゃん。三人、外で談笑を楽しんでいた時にそれは起こった──
例によって激しい頭痛と共に、俺の視界から全ての光景が消えようとする──真っ白な世界。そして気付けばワカハちゃんの姿も消え失せ、残っているのは──
頭を抱え苦しそうにもがく俺の身体を必死で押さえ込み、涙で顔を濡らしながら、懸命に介抱しようとしてくれているその姿……あの何もない筈の空間の中で、“あいつ”の姿だけは、はっきりと見て取れた
……そうだ、あいつも俺と同じ『能力体』、そう……だからか?
その事に薄々感付いてはいたけれど、フォルス。こいつが言う事は本当なのだろうか?
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「おそらく僕達『能力体』の候補者はその被験体として、色々な薬品を投与されたり、様々な実験の試行をその身に施されていたと思う。『能力』を行使する事ができる『能力体』──その開発の為に……そしてそれが最終段階に辿り着き、僕達被験者は創られたこの仮想現実の世界へと送り込まれた。もちろん肉体的ではなく精神的にね。送り込まれた被験者達の年齢はおそらくは全員17歳……そしてあの惨劇が起こった──」
「ちょっと待ってくれ! なんで17歳って言い切れるんだ!?」
「言っただろ? 僕が今、この世界で『能力体』達を探して会ってるって……皆、年齢が20なんだよ。あれから三年経っているんだ」
つまらない事で話を止めるな──そう言わんばかりにジットリとした目で睨み付けてくるフォルス。
「君も覚えてるだろう? 三年前に起こったあの凄惨な出来事を……」
……ああ、もちろん忘れるものか!──かつての大切な人達をこの腕の中で失い、この手で失わせてしまったあの惨劇を!!
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「隕石の礫──そんな炎の雨が降り注いだあの時。被験者達は絶望した事だろう。自身やまた、自分の大切なものを失う、その恐怖に……空から弾丸のように落ちてくる隕石。それによって変化した『変異体』、その脅威に……必死になって抗った事だろう。そして皆、願ったはずだっ!」
………。
「“力”が欲しい──と」
……そうだ。かつての俺もそうだった……そして得たのだ。この“力”──『能力』を!
「その力を求める願望。その思考こそが被験者達の『能力』を覚醒させるためのリミッターだったのさ。別にその要因が、今回のような隕石の落下や『変異体』じゃなくてもいい。それこそ極端に言えば、宇宙人の侵略みたいな陳腐なものでも、大規模な世界大戦の勃発。そんな現実じみたものでもかまわなかった。要するに僕等、被験者達に大きな絶望を与え、力を求めさせる状況に陥れさせればそれでよかったんだ。とにかく、そんな非日常的な境遇に遭遇させる為に僕達、被験者はこの創られた世界に送り込まれた──つまりはそういう事さ」
ここまで話し終えると、フォルスは腕を組み天上を見上げる。
そして大きく深呼吸をした。




