22話 虚像
よろしくお願い致します。
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──そこは白い世界だった──
空もなく地面もなく当然、視界に捉えるべき光景もない。何もない──ただ、ひたすらに白いだけの無の空間。
そんな空間の中に俺はひとりいた。そして何かを求めるように、ただ歩く。時間の流れさえ感じないその空間の中を、ひたすらに歩き続ける。
やがて俺という意識が徐々に覚醒していった。
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……ここは何処だ……なんでこんな所に……。
ぼんやりとそう、思考をし始めた……そして俺の前方にひとつの人影が現れる。その後ろ姿に俺は見覚えがあった。
──職場の同僚だ!
白い無の世界に突然出現してきたその姿へ、俺は走り出し、後ろから彼の肩を掴んだ。
「──おい、高橋!」
そして振り向いた同僚と目が合った瞬間──その姿は跡形も無く消え失せた。
──え?
次にまたひとり別の後ろ姿が目に入る。前と同様に後ろから声を掛け、振り向かせる。
「──係長っ、井上係長!」
また目が合い、そしてその姿は、またもやかき消えた。
───
それを何回繰返したのだろう? 会社の同僚、友人、かつての家族、記憶の中にあるあらゆる知人。
そしてそれ等全てが、目が合うと同時に消滅する──
この異様な状況に思考が追い付いてこない……というよりも、もしかしたら考える事をやめようとしていたのかも知れない。ただ、俺の心の中に削り取られるような、そんな寂寥感だけが生じてくる。
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そう思いに耽っていると、またひとつ前方に後ろ姿が現れた──少し茶色がかった肩までのセミロングの女性。俺はその元へと駆け出し、彼女の肩に手を伸ばした。
「若葉ちゃん!!」
彼女はその声にゆっくりと振り返り、目が合う。彼女は静かに微笑み──そして消え去った。
…………。
彼女の姿が消えるのと同時に、今度は大きなポニーテールの後ろ姿が──
「おいっ! 真理!!」
俺の声に彼女もまたゆっくりと振り向き、目が合った。彼女は柔らかい表情で小さく笑った──そして同様に消え去っていく。
……な、何故……。
もう寂寥感さえ感じなかった。残ったのはただひとつ。
──“虚無感”──
そして最後に、ひとりの女性の後ろ姿が現れる──背中まで伸びる艶やかな黒髪、その右側面にチラリと覗くピンクの花飾り。
俺はたまらずその姿に向かって駆け出した……だが、手を伸ばす事に一瞬ためらいを感じて、そのまま立ち止まってしまっていた。
……ふと前を歩いていた彼女の足も止まった。俺は小さい声で彼女の名を口にする。
「……久遠……」
俺の声に反応し、彼女もまた他の皆と同様にゆっくりと振り返った……そして目が合おうとする瞬間!
──怖くなった俺は目をそむけ、閉じながら地面にその目を落としてしまっていた。
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……久遠、お前はどっちなんだ? お前も皆と同じ様に消えちゃうのか?……俺だけを残して──
そ、そんなの──そんなのは絶対に嫌だっ!!
そう考えがよぎった時。ふわりと何かに包み込まれる様な感覚が俺に感じ取れた。
身体に感じるあたたかい温もり。脈打つ命の鼓動。そして穏やかな息遣い……。
俺はゆっくりと目を開けた……そこに──
俺の胸の中に、顔を埋めている久遠の姿が確認できた──背中に回されている彼女の両腕の力が強くなる。
「……久遠?」
その声に、彼女は上目で俺の目を見つめてきた……そして俺の身体を抱き締めたまま、久遠は言葉を口にする。
──『私はここに実在するよ』──
◇◇◇
──────────
……………。
…………。
………。
───
目が覚めると、俺はベッドの上で仰向けになっていた。目に入ってくるのは、全く見覚えのないコンクリート張りの天上。
──!?
俺は咄嗟に上半身を起こす。
「──痛っ!!」
微かに痛む頭痛に、頭を押さえる。
───
「やあ、気が付いたかい?」
不意に横から声が聞こえ、俺はその方向へと顔を向けた。
そこに部屋の壁に背を預けるようにして、両腕を組み立っている、おそらく男であろうと思われる人物が目に入ってきた。
金色の髪が肩まで伸び、女性ともとれる中性的な顔立ちの青年だった。
「ようこそ──特別な“力”を持つ『能力体』くん」
ふと周囲を見回す──コンクリートの壁がむき出しになった狭い部屋だ。中には俺が今、使っているベッド以外の物は何も見当たらない。
「……ここは何処なんだ? お前は誰だ?」
俺はその男に向かい問い掛ける。その質問に、男は少し表情を和らげながら答えてきた。
「ここは僕の隠れ家のひとつさ……で、僕が何者かっていうと……」
男は言葉を途中で止め、壁にもたれていた身体を戻し、俺の正面に立った。
「こんな所で話もなんだし、隣の部屋にでも行こう。具合はもうそんなに悪くないんだろ? 何か飲み物でも用意するよ」
そう言いながら、金髪の青年は不敵な笑みを浮かべた。




