21話 告白
よろしくお願い致します。
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あれから店を出た後、大事な話があると言って、彼女をこの場所へと連れ出した。
今、俺と久遠は、夜の公園のベンチに並んで腰掛けている。
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「ごめんな、こんな場所に連れてきて……寒くないか?」
今はゴールデンウィーク手前。時節柄そんなに気温は低く感じないが、一応そう声を掛ける。
「ううん、大丈夫だよ」
彼女はそう答え、そしてその後、しばらく無言の時間が流れた。
──よしっ!!
「あのさ、俺、今から久遠に大事な話をするつもりなんだ」
「うん」
「でも、その前にひとつだけ聞いておきたい事がある」
「うん、分かった……なに?」
久遠は顔を横にいる俺へと向けてくる。それに対し、俺も正面の地面に落としていた顔を上げ、横にいる彼女の視線と合わせた。
「最初に初めて久遠と会った日、その時に俺が聞いた事。確かお前、彼氏がいるって言ってただろ。なのに、何故俺と会ってくれるんだ? それと花言葉……その、いつもくれるあのヘアピン……何でなんだ?」
俺のその言葉に、今度は彼女が正面に向き直り、そして地面へとその視線を落とした。
「……私ね、生まれてきてから、一度も恋をした事がないんだ……」
「──え? じゃあ、何で彼氏なんて……」
俺はそう問い掛ける。それに反応し、久遠はゆっくりと顔を上げ、そしてそのまま夜の空を見上げた──
「今の私のいわゆる彼氏ってのはね、幼稚園以来からの私の幼馴染みなんだ。家も隣同士で、物心ついた時から何をするのもいつも一緒だった……小、中学。そして高校まで──互いの家を行き来したり、外に遊びに出かけたり、ずっと仲のいい友達、“親友”──少なくとも私はそう思ってた。それでも彼も含め、私達はそんなつもりは全くなかったんだけど、いつの間にか周囲が……気付けば私達ふたりは、友人や互いの親が認めるカップルになっちゃってたんだ……そしてこの中途半端な関係が、今になっても何となく続いてしまっている──まあ、こんなになっちゃうまで放っておいた私が悪いんだけどね……」
…………。
久遠はまだ夜空を見上げていた──
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「……久遠は、その……彼の事が好きなのか?」
「好きか嫌いかって言えば、もちろん好きだよ。だって、付き合いが長い幼馴染みだもん……でもね、この“好き”は、友達としての“好き”っていう感情──」
そして彼女は、俺の方へと顔を向けた。
「言ったでしょ? 私、今まで、恋っていうものをした事がないって──」
そう言いながら俺の目を見つめてくる。
「そう、君に逢うまでは──」
──そうか、そうだったんだ……彼女も俺と同じだったんだ──
俺は彼女と見つめ合ったその状態のまま、声を絞り出した。
「……久遠、俺も今まで誰かに対して恋愛感情を抱く事ができなかった。俺は多分、そういう人間なんだろうって、ずっと思ってた──もう誰かを好きになる事なんてないだろうし、恋をする事もないだろう……どこか人とは違う、そういう感情を持つ事ができない、そんな人間なんだと……」
久遠は真剣な面持ちで俺の事を見つめている。その頬に、キラリと光る一筋の涙が──
「だけど、あの日、久遠──お前と出会ってから今に至るまで、俺の中でお前の存在がどんどん膨れ上がってきて……ずっとお前の事ばかり浮かんできて……とにかく愛しいんだ! ずっとお前と一緒にいたいんだ! 俺は久遠、お前の事が……だ、だから、俺の──」
もう大声で叫んでしまっていた。情けないけど、もしかしたら涙も溢れていたかも知れない。だって、仕方がないじゃんかよ──俺だって、こんな気持ちになるの初めてなんだから──
そしてそんな俺の顔の両頬を……久遠はその手でやさしく包んでくれた。
「洸、ありがとう。私の事、そんなに想っててくれたなんて──ぐすっ……君と会ってから、ずっと不安だったんだ。多分、私と同じ気持ちでいてくれてるって、信じてたけど……私、こんな気持ちになったの初めてだったし……とにかくずっと不安で、せつなくて……だから今は、うん、とっても嬉しい。初恋で両想いだなんて……でも、その先の言葉を言うのは、ちょっとだけ待って……」
彼女は泣いていた──だけど、その表情は静かに微笑むものとなっている。
「私の今のこの人間関係を、ちゃんと精算してくる。こんな状況になっちゃったのは私自身の責任だから──だから、待ってて……」
「久遠……」
「君の告白の言葉を、余計な思いなど一切ない、心からの喜びで受け取りたいから……だから──ね?」
俺は顔を、彼女の両手で包まれたままで答える。
「うん、分かった。待ってる──」
「ぐすっ……えへへ」
久遠は涙で濡れる笑顔で、今度はハッキリと力強くニッコリと笑う。
「──ずっと、待ってるよ……」
「うん……ぐすっ、ありがとう。私、がんばるから……」
そして俺達ふたりは見つめ合った。
──この状態のまま、少しの間、時間が流れる。
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しばらくして、久遠が俺の顔に添えていた両手を離し、次にその手で自分の両頬をパチンと音を立てて叩いた。
「よ~しっ、これで自分に対しての宣戦布告完了! なんかやる気出てきたっ!」
いつものように俺に向けて舌をチロっと出し、悪戯っぽくウィンクする。その仕草にドキッと心臓を踊らせながらも、俺は彼女に声を上げた。
「おう! ちゃんと完全勝利を納めて、俺の所に凱旋してきてくれよ。任せた!──戦乙女、久遠殿!!」
そして少しおどけて片手を胸に掲げ、いわゆる騎士の礼をとって見せた。
「洸、なにそれ……くすっ──あははははっ!」
「へへっ──ははははっ!」
静かな夜の公園に、俺達の笑い声が響く──
「そういえばさ、俺の事、最初に見た時、なんか気になったって言ってたじゃん。何が気になってたんだ?」
その俺の問いに、なぜか急にジットリとした目を向けてくる久遠……。
「……それ聞きたいの? 多分、今までの感じからすると、聞かない方がいいと思うけど?」
??──しかし、そう言われると、余計に聞きたくなるのが人間って言う者の性である。
「いいから聞かせてくれ。すっごく気になる!」
「……最初に君の顔見た時──私、トキメいちゃったんだ……なんてあどけなくて可愛いんだろうって……そっ、その、私のすっごくタイプだったから……」
顔を真っ赤にして、うつ向きながら恥ずかしそうに呟く久遠。
むう……ここに及んでもくるか。俺のコンプレックスともいえる幼い顔立ちが……。
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俺の理想はそうだな。キャラクターでいえば、片手がサイコな銃である宇宙海賊とか、シティな狩人っていう、少し下半身がおちゃめな便利屋さん。普段は冴えない三枚目だけど、ここぞって時は、ビシッてメチャクチャにカッコ良く決めるっ! そんな大人の魅力溢れるダンディーな男に憧れてんのさ──まあ、もう色々と無理がある事は自覚しておりますが……残念無念──
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それにこの事が、久遠と出会えて、彼女の気を引き寄せた要因となったのなら、そうまんざら捨てたもんじゃないのかも。ちょっとは感謝しないとな。
……でもその時、ひとつの疑問が俺の頭の中ををよぎった……。
「……もしかして、久遠って、ショタコン?」
「──って、なんでそうなんのよっ! 洸の見た目が幼いったって、せいぜい高校生ぐらいでしょっ! そ、それに可愛いのもホントの事だし……って、で、でも、実際どうなんだろう? 今まで考えた事もなかったけど……私って──」
久遠は大げさに頭を抱える仕草をする。そして──
「──もしかして、ショタコン?」
「いやいやいやいやっ、そこは認めんなよっ、否定してくれ! 俺、この自分の顔立ち気に入ってないんだからさっ!!」
「そんなに大声出さなくてもいいでしょ! それに私、知ってるんだから。君も初めて会った時、私の事、見とれてたよねーーっ!?」
……ぐぐっ、全く以て否定できん! 実際がっつり見とれてたからな──ぐふっ。
「だけど、もういいじゃないそんな事。それはきっかけ、見た目から好きになって始まる──これも立派な恋愛だよね? それに、今はその事も含めてお互い想い合っているんだから。ね?」
「……うっ、うっす!」
面とう向かってそう言われると、さすがに、こっ恥ずかしい……互いに初心者ながらも、恋愛スキル成るものは、どうやら久遠の方が僅かながら上のようだ……ちょっとだけ悔しい。
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やがて、彼女は例によって俺の髪を掬い上げ、手にしたヘアピンで止める──近付く久遠の顔。その髪には見慣れたいつものピンクの花、スターチスが──
「はい、洸、これは今の私の気持ち──ふふっ、今日も外したらダメだよ。家に帰るまでちゃんと付けててね」
付け終えて身体を戻す彼女に、俺は答えた。
「もう何回目だと思ってんだよ。そのヘアピンの言葉は凄く嬉しいんだけど、付けて帰るのはなぁ~……結構変な目で見られるんだぜ」
「──えぇっ、どうしてっ! そんなに似合ってるのにぃぃーーっ!」
……いや、そう思ってるのは久遠さん。おそらく貴女だけですよ。
「はいはい、どうせ俺の顔は子供っぽいですよ。それにもう慣れた……」
「──ふふっ」
そんな俺に、久遠はもう一度、いや、何度でもそのやさしい微笑みを、俺に対してくれる──
「そんな君の顔も、それに恥ずかしそうにしてるその仕草も、全ての君が──洸、君の事。私もとても愛しく想っているから──」
◇◇◇
自宅である部屋。ベッドの上で仰向けになりながら、俺は右手を上に上げ、その手にぶら下がっている物を今はただ、ぼんやりと見つめている。
大きな星の形の白い花──アングレカムと彫ってあった。
──『いつまでもあなたと一緒』──
薄暗い部屋の中で、俺はただそれを見ていた──
──深い眠りに落ちるまで──
──ずっと、見ていた──




